02
次に目をさましたとき、ユキは自分がどこにいるのか、すぐにはわかりませんでした。
いつもなら、ベッドにいるから、ねぐらの白い天井が見えるのです。
それから、ねぐらの外に出ると秋の終わりの景色が、雪のふる前の茶色い土色の森があるのです。
だけどいま、目をさましたユキが見たのは、見たこともない一面の緑でした。
それは決して、冬ではなかったのです。
「ここ、どこ? そうだ、わたし、すぐには眠りたくなくて……」
ユキはあわてて、ねぐらの中に行きました。
大広間の中では、みんなおとなしく眠っています。
寝息の大合唱のなかで、ユキは、あいている自分のベッドと、そのとなりに眠る母親を見つけました。
「母さん、ねえ、母さん。起きないの? ねえ、母さんってば」
ユキは、母親のことを何度かゆすって起こそうとしました。
けれど、目を覚ましそうもありません。
ゆすられていることすらわからないみたいで、気持ちよさそうに眠りつづけています。
「ダメか……」
それから、ユキは仕方がなく、ベッドに横になってみました。
しかし、目をつぶってみても、少しも眠くありません。
ふつう、冬の精たちはくすりがないと眠らないのです。
そして、ねむりのくすりの作り方はふつうの妖精は知らないのです。
妖精たちの中でも一番えらい、長老と呼ばれる妖精でなければ。
ベッドに横になったまま、ユキはポケットの中をさぐりました。
ビンを取り出し、ふたを開けてみましたが、くすりはもう、すっかりなくなっていました。
寝ているあいだにこぼしてしまったか、それとも、すっかりかわいてなくなってしまうほど長い時間がたってしまっていたのか。
しぶい顔をした後、ユキはベッドから飛び起きました。
「起きてしまったものは仕方がないわ。ここは、いつなんだろう?」
そういって、ユキはねぐらの外へ行きました。
相変わらず、一面の緑です。
いつもは自分たちが真っ白にしている森が、そんな風な姿をしているのを見るのは、ユキにとってははじめてのことでした。
どうなってるの、これ。
へんなの。
この色、あんまり好きじゃないな。
外を見ながらそんなことを考えていたそのとき、ユキはふと、森のあいだできらきらとあたりに光をかがやかせて飛ぶ何かを見つけたのです。
「あれは……?」
その光に、ユキは近づいていきました。
※※※
「ねえ、あなた」
ユキが後ろから声をかけたのは、ユキと同じぐらい小さい、黄色い男の子でした。
彼が、両手から光を出していたのです。
「…………」
男の子は、すぐには何も答えませんでした。
はじめて見るユキのことを、あやしく感じたのかもしれません。
しかし、ユキは気にせず、ほほえんで手をあげてみせました。
「はあい。元気? ところでさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
今度は、男の子が答えました。
「……なにを」
「見たところ、あなたも妖精みたいだから聞くんだけど。今ってさ、いつ?」
ユキのことを上から下までじろっとながめてから、男の子はいいました。
「夏」
「……ナツ? ナツって、何?」
ユキは、夏のことを知りませんでした。
なにしろ、今までユキはずっと冬にしか起きていなかったのですから。
自分たちの前には秋、自分たちの後には春が来ることを知ってはいましたが、夏なんて季節は聞いたこともありません。
「季節だ。知らないのか」
「知らない。季節って、春が来て、秋が来て、冬じゃないの?」
「……フユ? フユってなんだ?」
「冬も知らないの? 冬っていうのはね、寒くって……」
「寒い?」
「寒いっていうのはね……」
ユキはそう言いかけたのですが、男の子が手のひらをふってその言葉を止めてしまいました。
「ああ、別にいいよ。いまは忙しいんだ。それじゃ」
そういって、男の子は飛んでいってしまいました。
そして、両手から光を出して、きらきらとあたりにふりまいていました。
やっぱり、妖精なんだ。
夏っていってたから、夏の精なんだ、あいつ。
それにしても、無愛想なやつ。
あ、そういえば。
ふと気がついてユキは、光を振りまきながら遠くへ行く妖精に、大声で呼びかけました。
「ねえ、あなたの名前、なんていうの?」
男の子が遠くでちらりと振りむくと、光をふりまきながら、大声で返事をしてきました。
「知ってどうする?」
そんなこというぐらいなら、さっさと教えればいいのに。
「わたしはユキっていうの。名前ぐらい、教えてくれてもいいでしょう?」
返事は、少しの時間のあとにやってきました。
「ナツ。俺は、ナツっていうんだ」
その男の子、ナツはそういうと、もっと遠くへ飛んで行ってしまいました。
けれど、彼は途中でちらりと振り返り、ユキはそんな彼に手をふってみせました。
「季節もナツっていうんだし、あいつもナツっていうんだ。変なの」
すっかり彼の姿が見えなくなってしまった後、ユキはそうつぶやきました。
「さあ、これからどうしよう」