13
そして季節は巡ります。
暑さは増し、木々は栄え、夏は最盛を迎えるのです。
やがて日が短くなるにつれ秋が忍びより、草木は色づき、空の色は薄くなり、熟して甘い匂いを放つ果実が森に恵みを与えます。
夏の精たちはすでに眠りにつき、忙しく働いていた秋の精たちもいずれ、秋の時間が終わろうとしていることを知るのです。
秋の精たちが眠ってしまうと、森はすっかり静かになりました。
秋をふりまく妖精たちがいなくなってしまうと、虫や動物たちもすっかり姿を消してしまったのです。
そしてまもなくここには、雪が降ろうとしています。
冬の番がやってきたのです。
※※※
目をさましたとき、ユキは、なにか長い夢を見ていたような気がしました。
開いた目が映したのは、いつもの白い天井でした。
ユキはちゃんとベッドに入っていて、まわりからはまだ規則正しい寝息が聞こえてきます。
いつもより少し早かったかな。
体を起こしてみると、隣にいる母親はまだ眠っていました。
けれど遠くの方から、かすかな話し声と遠慮がちにベッドを片付けている音が届いてきました。
ユキはそちらの方へ目をやり、働きはじめた冬の精の仲間たちを見ながらつぶやきました。
「残念、一番乗りじゃなかったか」
ベッドを片付けるのはあとまわしにして、ユキはねぐらの外へと向かいました。
入り口の扉を開くと、目に入ってきたのは、秋が終わったばかりの森でした。
枯れた草木と、木枯らしが枯れ葉を吹き飛ばした後の、むき出しになった地面。
まだ少し暗い朝。
一面に茶色いその姿。
「間違いなく、冬。でもわたし、全部覚えてる。……秋のあいだに、どうしてこんな風になっちゃうんだろう?」
ユキは飛び立つと、夏の精のねぐらに向かって、まっすぐ進んで行きました。
森にはまだ、冬の精たちはひとりも出てきていませんでした。
「誰か働いていると楽だったのになあ。ちょっとがんばらなくちゃいけないみたい。……もうすこし寝ててくれるかな、あいつ」
※※※
目を覚ます前、ナツも、なにか長い夢を見ていたような気がしました。
まだ見たことのない新緑の春の森のなかで、ユキとともに桜色の服をきてあちこちをとび、やがて季節が移り変わるとふたりは、黄色い服をきて周囲に夏をふりまき、そのうちにまだ知らない秋がきて、茶色い服になったふたりは落ち葉でふかふかになった地面の上をはねまわり、そうして、やがて、いま……。
ナツは目をひらきました。
眠りからさめたときいつもそうであるように、黄色い天井が見えました。
また、夏がきたのか。
まだ少しねぼけた目をこすったあと、ナツはあわてて体を起こしました。
夏の精たちがたくさん眠っている大広間は、ひっそりと静まりかえっています。
そうして、ナツは思い出したのです。
「ユキ。……ユキは?」
いそいでベッドから出ると、ベッドの上を飛び、外へと向かおうとしました。
ねぐらの入り口で物音がしたのは、そのときでした。
それは、扉の開く音でした。
「ふう」
やがて、どこかで聞いたことのある、ため息の音。
「ああ、疲れた。やっぱりひとりでやるのってたいへん。みんな手伝ってくれなかったし。起きたばかりじゃたいへんだって。そんなの、わたしもなのにさ。まあ、でも、わたしだけでやることに、意味があるのかもしれないしね」
それは、懐かしい声でした。
ナツはまだ、どこか信じられない思いで、ゆっくりとねぐらの入り口へと近づいていきました。
扉のわきの壁に、ユキはもたれかかって立っていました。
ナツに気がつくと、目を向けて微笑みながら、ナツがそばに来るまで見守っていました。
そうしてユキは、軽く手をあげて、口を開くのです。
「はあい。元気? ……ナツ、いま起きたところでしょ」
「……ユキ。大丈夫だったんだな」
うなずくと、ユキはゆっくりとナツの体に手をまわして、ぎゅっと抱きしめたのです。
「ナツのおかげ。ありがと」
ほっとした気持ちで、ナツは、その小さなささやきを聞きました。
少しの時間のあと、なんだか照れてしまったナツは、ユキから体を離して、わずかに見える扉の外へ目をやりながら聞きました。
「ところで、今はいつだ?」
ユキはにっこりと笑いました。
「それ、わざわざ聞いて確かめること? ……でも、ナツ、目覚めるのが今でよかった。秋の終わりもいいけど、わたしはやっぱり、ちゃんとしたこの季節を見せたかったから」
ユキは一歩ねぐらの入り口へ近づくと、その扉を大きく広げました。
そこには一面に真っ白な森が見えました。
ナツが一度も見たことのない景色。
ユキがつくった雪の世界。
ユキは先に扉の外へ出て、まだねぐらの中にいるナツを振りかえりました。
そしてナツに手を差し伸べると、こういうのです。
「冬に、ようこそ」
いま、冬がはじまろうとしていました。
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