12
ユキは目を開きました。
最初に見えたのは、白い天井と、ユキを見下ろすように立っているナツの姿でした。
はっとして、ユキは体を起こしました。
それから、自分の手をながめました。
体が動くようになっていたのが不思議だったのです。
元通り、というほどではありませんでしたが、あの砂の大地で力尽きたときに比べれば、体はずっと楽になっています。
まだ頭がぼんやりとする中、ユキはナツに聞きました。
「……なんで? どうなったの、わたし。それに、ここ」
「連れてきたんだ。やっぱり、ユキの体にはここの方がいいんだな」
そこは、冬の精のねぐらでした。
自分のベッドに、ユキは横になっていたのでした。
ナツはゆっくりとあたりをみわたしたあと、ユキに目を戻すと首を横にふりました。
「だけど、ここにいたっていつまでももたない。冬の精は夏の精にはなれない。ユキ、やっぱりお前は眠らないといけないんだ」
「だけど、ねむりのくすりは……」
「あるよ」
そういってナツは、ユキの目の前に手をさしだしました。
その手には、くすりの入ったビンが握られていたのです。
信じられない思いで、ユキはそのくすりを受けとりました。
手の中のものをまじまじと見ます。
ビンの中の液体は、ほんとうに、ねむりのくすりのようでした。
「ないはずじゃなかったの?」
「長老がわたしてくれた。だからユキ、早く飲め。お前はすぐにでも眠らなければならないんだ」
真剣な顔でそう急かすナツに、ユキはうなずいてみせました。
口をつける前に、ユキの頭には一瞬、冬に戻るってことはつまり、もうナツには会えないってことなんだ、そんな考えが頭の中によぎりました。
だけど、このままでもいずれ、ナツとは別れることになってしまうのです。
ユキは、一息でそのくすりをのみほしました。
のんでしまうと、少しづつ、冬に戻れるというほっとした気持ちと、夏を離れるさびしさが一緒にやってきました。
目をおとし、静かにその気持ちを整理したあと、ユキはナツに、お礼とさよならをいおうとしました。
「はじめからこうすればよかったんだ」
先に口を開いたナツは、ほほえんでいました。
ユキの頭の中に埋もれていた記憶が閃いたのは、その言葉を聞いた瞬間でした。
ねむりのくすりはどこから出てきたの?
長老がうそをついただけのこと?
いいえ、それは違う。
だってわたし、……聞いていたんだもの。
長老の声を。
『ナツ、お前を失うわけにはいかない』という声を。
「ナツ……このくすり、あなたのものなの?」
ナツは、笑顔を浮かべているだけで、何も答えてはくれませんでした。
「そうなんでしょう? ねえ、答えてよ。……何でそんなことしたの? ナツはもう、眠れないんじゃないの? そうしたら、わたしの代わりにナツが……」
そんなことは、信じたくありませんでした。
ユキは、じっと見つめる目の奥が熱くなるのを感じていました。
けれどナツはまだ笑っていて、片手でユキの肩をやさしく、ぽんぽんと叩きました。
「大丈夫。俺、まだ眠れるんだ」
「……えっ?」
ナツは、ポケットに手を入れると、さっきと同じようなビンを取り出しました。
驚いた顔をするユキに、ふたをあけて中身を見せたのです。
ねむりのくすりは、たしかに、そのビンの中に入っていました。
「気がつかなかったか? さっきのくすり、いつもの量の半分だ。そうしないとお前、また夏に目覚めてしまうだろう? ……ほら、もう横になるんだ。ねむりのくすりがきいてくる」
ナツのいうとおり、ユキのまぶたは重たくなってきていました。
うなずいて、ベッドに体を寝かせたユキに、ナツは続けました。
「だから、またな、ユキ」
眠りがすぐそばに近づいていたユキには、今のナツの言葉を少し考える必要がありました。
ナツの手にあるねむりのくすりは、いまユキが飲んだのと同じ、残り半分しかありません。
それってつまり、ナツも……。
わたしと同じように、いつもの半分だけ眠り、そして、目覚めるんだ。
やっとナツの言葉を理解すると、ユキは満面の笑顔をうかべました。
「でも、ナツはそれでいいの?」
「それでいい。お前と話していたら、俺も、他の季節が見たくなった。だから、……これで、ちょうどよかったんだ」
「じゃあ、また、会えるのね」
「ああ。きっと」
「迎えに行くから。だから……夏の間は、ちゃんと仕事してるのよ。そしてその後は、ぐっすり眠るのよ」
「もちろん」
「それに、……しっかり目覚めるんだからね……もしいなかったら、承知しないから。わたしも起きたら、すぐに会いに行くから……」
「わかってる」
「あとさ、……冬の長老にも話をしよう……もしかすると、ねむりのくすりを多く作ってもらえるかもしれないし……」
「そうだといいな」
「もちろん……そうじゃなかったら、わたしのもわけてあげるし……ナツがしてくれたみたいに……」
「ありがとう」
「それに……ナツ……ねえ……わたしのこと……あなたは……」
「いいから、もう寝ろ」
「……うん」




