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 ユキは目を開きました。


 最初に見えたのは、白い天井と、ユキを見下ろすように立っているナツの姿でした。

 はっとして、ユキは体を起こしました。

 それから、自分の手をながめました。

 体が動くようになっていたのが不思議だったのです。

 元通り、というほどではありませんでしたが、あの砂の大地で力尽きたときに比べれば、体はずっと楽になっています。


 まだ頭がぼんやりとする中、ユキはナツに聞きました。


「……なんで? どうなったの、わたし。それに、ここ」


「連れてきたんだ。やっぱり、ユキの体にはここの方がいいんだな」


 そこは、冬の精のねぐらでした。

 自分のベッドに、ユキは横になっていたのでした。

 ナツはゆっくりとあたりをみわたしたあと、ユキに目を戻すと首を横にふりました。


「だけど、ここにいたっていつまでももたない。冬の精は夏の精にはなれない。ユキ、やっぱりお前は眠らないといけないんだ」


「だけど、ねむりのくすりは……」


「あるよ」


 そういってナツは、ユキの目の前に手をさしだしました。

 その手には、くすりの入ったビンが握られていたのです。


 信じられない思いで、ユキはそのくすりを受けとりました。

 手の中のものをまじまじと見ます。

 ビンの中の液体は、ほんとうに、ねむりのくすりのようでした。


「ないはずじゃなかったの?」


「長老がわたしてくれた。だからユキ、早く飲め。お前はすぐにでも眠らなければならないんだ」


 真剣な顔でそう急かすナツに、ユキはうなずいてみせました。

 口をつける前に、ユキの頭には一瞬、冬に戻るってことはつまり、もうナツには会えないってことなんだ、そんな考えが頭の中によぎりました。

 だけど、このままでもいずれ、ナツとは別れることになってしまうのです。

 ユキは、一息でそのくすりをのみほしました。


 のんでしまうと、少しづつ、冬に戻れるというほっとした気持ちと、夏を離れるさびしさが一緒にやってきました。

 目をおとし、静かにその気持ちを整理したあと、ユキはナツに、お礼とさよならをいおうとしました。


「はじめからこうすればよかったんだ」


 先に口を開いたナツは、ほほえんでいました。 

 ユキの頭の中に埋もれていた記憶が閃いたのは、その言葉を聞いた瞬間でした。


 ねむりのくすりはどこから出てきたの?

 長老がうそをついただけのこと?

 いいえ、それは違う。

 だってわたし、……聞いていたんだもの。

 長老の声を。

 『ナツ、お前を失うわけにはいかない』という声を。


「ナツ……このくすり、あなたのものなの?」


 ナツは、笑顔を浮かべているだけで、何も答えてはくれませんでした。


「そうなんでしょう? ねえ、答えてよ。……何でそんなことしたの? ナツはもう、眠れないんじゃないの? そうしたら、わたしの代わりにナツが……」


 そんなことは、信じたくありませんでした。

 ユキは、じっと見つめる目の奥が熱くなるのを感じていました。

 けれどナツはまだ笑っていて、片手でユキの肩をやさしく、ぽんぽんと叩きました。


「大丈夫。俺、まだ眠れるんだ」


「……えっ?」


 ナツは、ポケットに手を入れると、さっきと同じようなビンを取り出しました。

 驚いた顔をするユキに、ふたをあけて中身を見せたのです。

 ねむりのくすりは、たしかに、そのビンの中に入っていました。 


「気がつかなかったか? さっきのくすり、いつもの量の半分だ。そうしないとお前、また夏に目覚めてしまうだろう? ……ほら、もう横になるんだ。ねむりのくすりがきいてくる」


 ナツのいうとおり、ユキのまぶたは重たくなってきていました。

 うなずいて、ベッドに体を寝かせたユキに、ナツは続けました。


「だから、またな、ユキ」


 眠りがすぐそばに近づいていたユキには、今のナツの言葉を少し考える必要がありました。

 ナツの手にあるねむりのくすりは、いまユキが飲んだのと同じ、残り半分しかありません。


 それってつまり、ナツも……。

 わたしと同じように、いつもの半分だけ眠り、そして、目覚めるんだ。


 やっとナツの言葉を理解すると、ユキは満面の笑顔をうかべました。


「でも、ナツはそれでいいの?」


「それでいい。お前と話していたら、俺も、他の季節が見たくなった。だから、……これで、ちょうどよかったんだ」


「じゃあ、また、会えるのね」


「ああ。きっと」


「迎えに行くから。だから……夏の間は、ちゃんと仕事してるのよ。そしてその後は、ぐっすり眠るのよ」


「もちろん」


「それに、……しっかり目覚めるんだからね……もしいなかったら、承知しないから。わたしも起きたら、すぐに会いに行くから……」


「わかってる」


「あとさ、……冬の長老にも話をしよう……もしかすると、ねむりのくすりを多く作ってもらえるかもしれないし……」


「そうだといいな」


「もちろん……そうじゃなかったら、わたしのもわけてあげるし……ナツがしてくれたみたいに……」


「ありがとう」


「それに……ナツ……ねえ……わたしのこと……あなたは……」


「いいから、もう寝ろ」


「……うん」

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