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 ナツの体の影が、ユキの体をつつんでいました。

 夢や幻ではありません。

 たしかにそれは、ナツだったのです。


「ああ、ナツ。ほんとに……?」


 まだ口は、動かすことが出来ました。

 ユキがほほえんでそういうと、ナツは厳しい顔のままでうなずきました。


「大丈夫か」


「ダメみたい」


 首を横に振ろうとしても、そのわずかな動きさえユキの体は許してくれませんでした。


「……どうしてここに?」


「夏の精のみんなに聞いたの。わたしのせいで、ナツが遠くにいっちゃったこと。だから、会いに来た。……ナツは、何で?」


「俺は、いまこのあたりで仕事をしてるんだ。砂一面で退屈だけど、それでも夏はやってくる」


「そっか……」


 ふたりは寄り添ったまま、しばらく口をききませんでした。

 やがて、しずかにユキがいいました。


「ねえ、ナツ。わたし、あなたにいわなくちゃならないことがあるの。まだ、いってなかったよね。わたしが、どうして夏に来たのか、ってこと」


「うまく眠れなかったんだろう。前に、そういっていた」


「うん。そうなんだけど、ちゃんと原因があるの。簡単なことなんだ。でも、今まで誰もしなかったこと。わたし、ねむりのくすりをちゃんと飲まなかったんだ。冬が終わるのがさびしくて。それに、他の季節のことを考えていたくて……半分ぐらいしか飲まなかった。ちゃんと飲まないままに、眠っちゃった。バカみたいでしょ」


「……そうかな」


 ナツは、それ以上何もいいませんでした。

 ユキがいったことは、妖精にはとても考えられないことでした。

 彼らは、その季節を生きるために、この世界に生まれてくるのです。


 けれど、今のナツには、ユキの気持ちがわかるような気がしました。

 それは、すごく不思議なことでしたが。


「だから、わたしのせいなんだ。わたしのせいで、ナツにたくさん迷惑をかけちゃったね。わたし、そのことを謝りたかった。それにありがとうって言いたかった。ナツにもう一度、会いたかった……」


「…………」


「ねえ、わたしには、やっとわかったんだよ。……わたしはもう消えちゃうけど、それでもこう思うようになったんだ。わたし、夏が好きだ」


 ユキは、ゆっくりと目をつぶりました。


「夏、この季節のことが。それに、たぶん、……ナツ、あなたのことも」



   ※※※



「じゃあ、ダメだ、ユキ。消えちゃダメだ」


 うつろな意識のなかで、ユキはナツのその言葉を聞きました。

 そうして、ナツが自分の体をかかえあげる感覚がありました。


 それからは、まるで、眠りの中にいるようでした。

 自分がどこにいるのかもわからず、いまがいつなのかもはっきりとしない、そんな時間が続きました。


 ときおり、遠くの方から声が聞こえてきました。

 ナツが何度も自分に呼びかける声。

 ユキとの思い出を語る声。

 一緒に冬を見よう、そんなナツのつぶやき……。

 やがて、ナツと夏の長老との話し声が、ユキの耳にとどいてきました。


「ダメだ。それは許されん。ナツ、お前は夏の精だ。夏をまっとうしなければならない」


 どうして?

 聞こえてくる声に、ユキはそう考えました。

 さっきまでわたしは、ずっと遠くの砂一面の大地にいたのに……。


「長老、俺はちゃんと夏を終えるつもりです。すべてはそれからです。長老の命令に背くわけでもない。今は、この子を眠らせるだけで」


「ダメだ。なぜそこまでする必要がある? その子は冬の精だ。われわれではない。そのために、お前を失うわけにはいかない」


「いいえ、長老。この子も同じ妖精なんです。それに、俺は帰ってきます。きっと。ユキは、そうしてくれるはずです」


 こっちは、やっぱり、ナツの声だ。

 あなたたちは、何を話しているの?

 ナツを失うってどういうこと?

 そしてわたしは、どうなっているんだろう。


「もしうまくいったら、長老に全部話して聞かせますから。知りたいことはすべて。長老だって、他の季節のこと、今まで一度も見たことがないんでしょう?」


 少しの間、何も聞こえなくって、それからまた長老の声がしました。


「たしかに、そのとおりだ。……そこまでいうのなら仕方がない。ナツ、約束は守れよ。必ず帰ってこなければならん」


「ありがとう、長老」

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