11
ナツの体の影が、ユキの体をつつんでいました。
夢や幻ではありません。
たしかにそれは、ナツだったのです。
「ああ、ナツ。ほんとに……?」
まだ口は、動かすことが出来ました。
ユキがほほえんでそういうと、ナツは厳しい顔のままでうなずきました。
「大丈夫か」
「ダメみたい」
首を横に振ろうとしても、そのわずかな動きさえユキの体は許してくれませんでした。
「……どうしてここに?」
「夏の精のみんなに聞いたの。わたしのせいで、ナツが遠くにいっちゃったこと。だから、会いに来た。……ナツは、何で?」
「俺は、いまこのあたりで仕事をしてるんだ。砂一面で退屈だけど、それでも夏はやってくる」
「そっか……」
ふたりは寄り添ったまま、しばらく口をききませんでした。
やがて、しずかにユキがいいました。
「ねえ、ナツ。わたし、あなたにいわなくちゃならないことがあるの。まだ、いってなかったよね。わたしが、どうして夏に来たのか、ってこと」
「うまく眠れなかったんだろう。前に、そういっていた」
「うん。そうなんだけど、ちゃんと原因があるの。簡単なことなんだ。でも、今まで誰もしなかったこと。わたし、ねむりのくすりをちゃんと飲まなかったんだ。冬が終わるのがさびしくて。それに、他の季節のことを考えていたくて……半分ぐらいしか飲まなかった。ちゃんと飲まないままに、眠っちゃった。バカみたいでしょ」
「……そうかな」
ナツは、それ以上何もいいませんでした。
ユキがいったことは、妖精にはとても考えられないことでした。
彼らは、その季節を生きるために、この世界に生まれてくるのです。
けれど、今のナツには、ユキの気持ちがわかるような気がしました。
それは、すごく不思議なことでしたが。
「だから、わたしのせいなんだ。わたしのせいで、ナツにたくさん迷惑をかけちゃったね。わたし、そのことを謝りたかった。それにありがとうって言いたかった。ナツにもう一度、会いたかった……」
「…………」
「ねえ、わたしには、やっとわかったんだよ。……わたしはもう消えちゃうけど、それでもこう思うようになったんだ。わたし、夏が好きだ」
ユキは、ゆっくりと目をつぶりました。
「夏、この季節のことが。それに、たぶん、……ナツ、あなたのことも」
※※※
「じゃあ、ダメだ、ユキ。消えちゃダメだ」
うつろな意識のなかで、ユキはナツのその言葉を聞きました。
そうして、ナツが自分の体をかかえあげる感覚がありました。
それからは、まるで、眠りの中にいるようでした。
自分がどこにいるのかもわからず、いまがいつなのかもはっきりとしない、そんな時間が続きました。
ときおり、遠くの方から声が聞こえてきました。
ナツが何度も自分に呼びかける声。
ユキとの思い出を語る声。
一緒に冬を見よう、そんなナツのつぶやき……。
やがて、ナツと夏の長老との話し声が、ユキの耳にとどいてきました。
「ダメだ。それは許されん。ナツ、お前は夏の精だ。夏をまっとうしなければならない」
どうして?
聞こえてくる声に、ユキはそう考えました。
さっきまでわたしは、ずっと遠くの砂一面の大地にいたのに……。
「長老、俺はちゃんと夏を終えるつもりです。すべてはそれからです。長老の命令に背くわけでもない。今は、この子を眠らせるだけで」
「ダメだ。なぜそこまでする必要がある? その子は冬の精だ。われわれではない。そのために、お前を失うわけにはいかない」
「いいえ、長老。この子も同じ妖精なんです。それに、俺は帰ってきます。きっと。ユキは、そうしてくれるはずです」
こっちは、やっぱり、ナツの声だ。
あなたたちは、何を話しているの?
ナツを失うってどういうこと?
そしてわたしは、どうなっているんだろう。
「もしうまくいったら、長老に全部話して聞かせますから。知りたいことはすべて。長老だって、他の季節のこと、今まで一度も見たことがないんでしょう?」
少しの間、何も聞こえなくって、それからまた長老の声がしました。
「たしかに、そのとおりだ。……そこまでいうのなら仕方がない。ナツ、約束は守れよ。必ず帰ってこなければならん」
「ありがとう、長老」




