表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/13

01

 冬がまもなく終わりを迎えようとしていました。

 なぜかというと、いま、冬の精たちが眠りにつこうとしていたからです。


 森の中の奥深くに、冬の精たちのねぐらがありました。

 小さくて白くて丸い、人間の目には見えない家なのです。

 そこは周りよりも少し寒くて、その中で、冬の精たちは次の冬が来るまで眠り続けるのです。


 もう、多くの冬の精たちがベッドに入っていました。

 たくさんのベッドの中でみんなすやすやと寝息を立てていて、ほとんど声も聞こえません。

 しかし、ちょうどいま、ねぐらの中から大きな声が聞こえてきました。


「ユキ? もう時間だよ!」


 そして、ユキと呼ばれたその冬の精は、まだねぐらの外にいたのです。

 ユキは、ねぐらの入り口で、すっかり雪につつまれた周りの景色を見ていました。

 今はこんなに真っ白なのに、もうすぐ冬が終わるのです。


 ユキが小さく手のひらをふると、空気の中から、雪のかけらがいくつか生まれて、ふわりと風に乗っていきました。

 ユキは、冬が終わってしまうのが少しさびしかったのです。


「ユキ? ……ユキ! ほら、何やってるの?」


 また、開いているねぐらの入り口の扉から声がして、ユキは仕方がなく返事をしました。


「はあい」


 ユキは、小さな白い冬の精で、女の子でした。

 冬の精は、冬になると起きてきて、まわりに冬をふりまくのです。

 彼らが起きるから冬がはじまり、彼らが眠るから冬が終わってしまうのです。

 そして今は、冬が終わるところでした。


 なごり惜しそうにもう一度雪景色を見てから、ユキはねぐらに入っていきました。


 みんなが眠っている大広間にひとつだけ、空いているベッドがありました。

 それはもちろん、ユキの分です。


 その隣のベッドには、体を起こしてユキのことをにらんでいる冬の精がいました。

 それはユキのお母さんで、ユキがベッドに腰を下ろしても、お小言はまだ続きました。


「遅いわよ。どうしてたのよ? いまごろ外に出るなんて。……ベッドの準備はしておいたから。くすりは飲んだ? まだなの!? ほら、早く飲まないと。私はもうくすりを飲んでいるのよ。すぐに眠ってしまうんだからね」


「はいはい。飲めばいいんでしょ、飲めば」


 ユキは、服のポケットからねむりのくすりを取り出しました。

 これは、冬がおわるときに冬の精たちが飲むもので、くすりを飲むと次の冬まで、ぐっすりと眠れるのです。

 ユキは小さなビンに入ったそのくすりを、こくり、と飲んでからベッドに入りました。


「よし、それでいいのよ。さ、また次の冬が来る。しっかり眠って、準備をしておきなさい。ああ、もう私も眠いわ。さようなら、ユキ。私の娘。またね……」


 お母さんがベッドに横になり、ユキも目を閉じました。

 やがてねぐらの中に残ったのは、みんなの寝息だけになりました。


 しかし、ユキはまだ起きていました。

 さっき、くすりをちゃんと飲まなかったのです。


 お母さんが見ていたので、少しだけは飲んだのですが、全部は飲まず、多くをビンの中に残していたのです。

 だって、まだ眠りたくないんだもん。


 ユキはベッドから出ました。

 寝息のあいだをくぐり、また、ねぐらの外へ。


 そしてユキは入り口のところで腰を下ろし、外の雪をぼんやりと見つめました。

 きれいな雪景色。

 これが終わってしまうなんて、なんだか残念。

 だけど……。


 ユキは冬が好きでした。

 自分たちの作り出すその景色が。

 しかしユキには、自分たちの季節より、もっと気になることがありました。

 それは、季節の移り変わりのことでした。


 冬がおわると春がくる。

 そして秋がきて、冬がまたくる。


 なのに誰も、他の季節のことはちゃんと知らない。

 みんな、この後に春が来るのはわかってる。

 だけど、春がどういうものかは、聞いたって教えてくれない。

 冬の精の誰ひとりとして、見たことすらないから。


 なぜわたしたちは雪を降らせるんだろう。

 なんで冬がやってくるんだろう。

 どうしてわたしたちは生まれてくるんだろう。

 冬を冬にするため?

 それは本当のこと。

 だけどそれだけ? 

 冬がおわって春がくる。

 春がおわれば秋がくる。

 そして冬が来てわたしたちは雪をふらせる。

 それは、なぜなの?

 どうしてなの?


 ユキにはすごく不思議でした。

 だから、雪をふらせていないときは、いつもそんなことばかり考えてしまうのです。


 いまユキは、目を閉じていました。

 冬のあとの春のことを考えていたのです。

 春は、ユキは見たことがありません。

 秋も、終わったばかりの頃は見たことがあっても、ちゃんとした秋は見たことがないのです。


 どういう季節なんだろう……わたしの知らない季節……。


 やがてユキから、すぅすぅ、という寝息が聞こえてきました。

 いつのまにか、自分でも知らないうちに、ユキはその場で眠りについてしまったのです。

 くすりもちゃんと飲まないままに。

 ベッドの中にも入らずに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ