01
冬がまもなく終わりを迎えようとしていました。
なぜかというと、いま、冬の精たちが眠りにつこうとしていたからです。
森の中の奥深くに、冬の精たちのねぐらがありました。
小さくて白くて丸い、人間の目には見えない家なのです。
そこは周りよりも少し寒くて、その中で、冬の精たちは次の冬が来るまで眠り続けるのです。
もう、多くの冬の精たちがベッドに入っていました。
たくさんのベッドの中でみんなすやすやと寝息を立てていて、ほとんど声も聞こえません。
しかし、ちょうどいま、ねぐらの中から大きな声が聞こえてきました。
「ユキ? もう時間だよ!」
そして、ユキと呼ばれたその冬の精は、まだねぐらの外にいたのです。
ユキは、ねぐらの入り口で、すっかり雪につつまれた周りの景色を見ていました。
今はこんなに真っ白なのに、もうすぐ冬が終わるのです。
ユキが小さく手のひらをふると、空気の中から、雪のかけらがいくつか生まれて、ふわりと風に乗っていきました。
ユキは、冬が終わってしまうのが少しさびしかったのです。
「ユキ? ……ユキ! ほら、何やってるの?」
また、開いているねぐらの入り口の扉から声がして、ユキは仕方がなく返事をしました。
「はあい」
ユキは、小さな白い冬の精で、女の子でした。
冬の精は、冬になると起きてきて、まわりに冬をふりまくのです。
彼らが起きるから冬がはじまり、彼らが眠るから冬が終わってしまうのです。
そして今は、冬が終わるところでした。
なごり惜しそうにもう一度雪景色を見てから、ユキはねぐらに入っていきました。
みんなが眠っている大広間にひとつだけ、空いているベッドがありました。
それはもちろん、ユキの分です。
その隣のベッドには、体を起こしてユキのことをにらんでいる冬の精がいました。
それはユキのお母さんで、ユキがベッドに腰を下ろしても、お小言はまだ続きました。
「遅いわよ。どうしてたのよ? いまごろ外に出るなんて。……ベッドの準備はしておいたから。くすりは飲んだ? まだなの!? ほら、早く飲まないと。私はもうくすりを飲んでいるのよ。すぐに眠ってしまうんだからね」
「はいはい。飲めばいいんでしょ、飲めば」
ユキは、服のポケットからねむりのくすりを取り出しました。
これは、冬がおわるときに冬の精たちが飲むもので、くすりを飲むと次の冬まで、ぐっすりと眠れるのです。
ユキは小さなビンに入ったそのくすりを、こくり、と飲んでからベッドに入りました。
「よし、それでいいのよ。さ、また次の冬が来る。しっかり眠って、準備をしておきなさい。ああ、もう私も眠いわ。さようなら、ユキ。私の娘。またね……」
お母さんがベッドに横になり、ユキも目を閉じました。
やがてねぐらの中に残ったのは、みんなの寝息だけになりました。
しかし、ユキはまだ起きていました。
さっき、くすりをちゃんと飲まなかったのです。
お母さんが見ていたので、少しだけは飲んだのですが、全部は飲まず、多くをビンの中に残していたのです。
だって、まだ眠りたくないんだもん。
ユキはベッドから出ました。
寝息のあいだをくぐり、また、ねぐらの外へ。
そしてユキは入り口のところで腰を下ろし、外の雪をぼんやりと見つめました。
きれいな雪景色。
これが終わってしまうなんて、なんだか残念。
だけど……。
ユキは冬が好きでした。
自分たちの作り出すその景色が。
しかしユキには、自分たちの季節より、もっと気になることがありました。
それは、季節の移り変わりのことでした。
冬がおわると春がくる。
そして秋がきて、冬がまたくる。
なのに誰も、他の季節のことはちゃんと知らない。
みんな、この後に春が来るのはわかってる。
だけど、春がどういうものかは、聞いたって教えてくれない。
冬の精の誰ひとりとして、見たことすらないから。
なぜわたしたちは雪を降らせるんだろう。
なんで冬がやってくるんだろう。
どうしてわたしたちは生まれてくるんだろう。
冬を冬にするため?
それは本当のこと。
だけどそれだけ?
冬がおわって春がくる。
春がおわれば秋がくる。
そして冬が来てわたしたちは雪をふらせる。
それは、なぜなの?
どうしてなの?
ユキにはすごく不思議でした。
だから、雪をふらせていないときは、いつもそんなことばかり考えてしまうのです。
いまユキは、目を閉じていました。
冬のあとの春のことを考えていたのです。
春は、ユキは見たことがありません。
秋も、終わったばかりの頃は見たことがあっても、ちゃんとした秋は見たことがないのです。
どういう季節なんだろう……わたしの知らない季節……。
やがてユキから、すぅすぅ、という寝息が聞こえてきました。
いつのまにか、自分でも知らないうちに、ユキはその場で眠りについてしまったのです。
くすりもちゃんと飲まないままに。
ベッドの中にも入らずに。