私の好きなひとは、私の親友と付き合うそうです。失恋ついでにネイルサロンに行ってみたら、生まれ変わったみたいに幸せになりました。
「実はわたしたち、付き合うことになったの。親友のあなたにも、ちゃんと報告をしたくて。葵、もちろんお祝いしてくれるわよね」
客で賑わうとあるカフェ。せっかくの休日だから一緒に過ごそう。親友からそう誘われていた葵は、頼んだコーヒーを前に呆然としていた。
親友――美結――は幸せそうに、自身の隣に座る男と腕を絡める。お相手も満更でもないようで、人目をはばかることもなく親密な様子を見せつけてくる。その彼は、葵がずっと片思いしていたひとだった。
(どういうこと?)
美結には長年付き合っていた男性がいたはずだ。結婚間近だというふたりは葵にとって憧れの恋人同士。だからこそ、葵は彼女に恋愛相談をしていたのに。
『彼のどこが好きなの?』
『体格も良くてちょっと強面なのに、休憩中にお菓子を食べながらはにかんだように笑うところが可愛くて』
そんな会話をしたのは、つい先日のこと。その時には、すでに彼らは付き合いはじめていたのだろうか。彼女の左手の薬指には、記憶にあるものとは異なる指輪が光っていた。
(どうして?)
目の前でふたりのおしゃべりが盛り上がっているようだったが、葵にはただの雑音としてしか認識できなかった。
コーヒーの苦さだけが、これは現実なのだと伝えてくる。
(ずっと好きだったのに……なんて言っても無意味な話なのよね。気持ちは言葉にしなくては伝わらない。だから、彼女のことを恨んではいけない)
自分に言い聞かせながら、葵は彼らの会話が途切れたタイミングで尋ねてみた。
「美結のどんなところに惹かれたんですか?」
「俺はちょっと要領が悪くて……。飛び込みの営業とかは得意なんですけれど、その後の契約書や資料の作成が苦手で……。それを手伝ってくれたのが、彼女なんです。そうやって支えてくれる優しさに気がついたらすっかり惚れ込んでしまって」
彼の笑顔が胸を刺す。なぜなら、そのサポートとやらは、すべて葵がやっていたことだからだ。
(わざわざ手伝ったことをアピールするなんてみっともない。資料はそっと置いておけばいい。そう美結は話していたのに、自分が手伝ったことにしていたということ?)
ちらりと見た親友は、驚くほど優しくて綺麗な顔をしていた。
(ああ、ここにはいられない)
これ以上ここにいたら、自分はきっと取り乱してしまう。「親友」に言ってはいけない言葉を叩きつけることになる。蓋をしていた醜い気持ちが噴き出してしまうのが恐ろしくて、葵は急いでコーヒーを飲み干した。
「ちょっと用事を思い出してしまったの。先に帰るわ」
「ごめんなさいね、あなたも彼のことが好きだったって知ってたのに。わたしも彼のことを好きになってしまったの。大事なあなただからこそ、嘘はつきたくなかったのよ」
「……ううん、気にしないで」
(どうして、今それを言うの。彼の前で言う必要はあったの?)
一瞬、頭に血が上り、恥ずかしさで顔が赤く染まったような気がした。
葵の話を何一つ覚えていてくれない方が、よっぽどマシだった。美結は、葵が彼を好きだったことをわかっていたのか。その上で、付き合っていた恋人から葵の想いびとに乗り換えたなんて、知りたくなかった。
「良ければ、彼に頼んで誰か葵に紹介してもらおうか?」
あたかも葵のためと言わんばかりの提案に、指先が震えた。彼女は、男性陣に葵のことをなんと伝えるのだろう。自分の恋人に横恋慕して、失恋した可哀想な女の子を慰めてあげて。そんな風に、話のネタにするのだろうか。
(……あんまりだわ)
「……大丈夫。ありがとう」
頭にのぼっていたはずの血が、今度は一瞬で引くのがわかった。思いやりという名の施しに胸がえぐられる。
それでも、葵には怒鳴ることなどできなかった。どうせ葵が怒ったところで、彼女の気持ちは伝わらない。ちょっとしたことで怒る彼女が悪いのだと、馬鹿にされたり、笑われたり。それなら全部飲み込んでしまった方がマシだ。
「どうぞごゆっくり」
「え、ちょっと、葵。やだあ、怒ってるの?」
「ううん、大丈夫だから」
そう、葵は彼らに怒ってなどいない。何より悔しいのは、どれだけ馬鹿にされても言い返せない自分自身なのだから。
ふたりの顔を直視できないまま、席を立つ。葵は自分のぶんの支払いを済ませすると、早足で店を後にした。
***
(やっぱり、どれも似合わないな)
店を出て買い物でもしようと思った葵だったが、ショーウィンドウに映る自分の顔を見てまた気分が下がった。
(やっぱり、元がイマイチだとどうしようもないってことかしらね)
こんな取り柄のない自分だから、好きなひとも自分ではなく親友を選んでしまったのだろうか。
せっかく今日はお休みだというのに。このまま家に帰っても、泣くか、ふて寝するくらいしかできない。せめて、もう少し有意義に時間を使わなければもったいない。どうせ明日になれば、同じ職場に勤める「親友」に声をかけられるのだ。
『大丈夫? あの後、どうしていたのかわたしたち心配していたのよ』
柔らかな声色まで想像できて、葵はため息をつく。ひとりで楽しく買い物をしていた、そう伝えれば彼女は納得するだろうか。
(せめて、嘘をつかなくてもいいように、何かひとつでも買って帰りたい)
けれど、最近若い女性の間で話題のセレクトショップに入ったところで、きっと挙動不審になってしまうだろう。
値札が見えない商品を手に取り、店員さんに見つからないようにこそこそと確認する自分がありありと想像できて、なんだか葵は疲れてしまった。
(ああ、本当はあのカフェでパンケーキを食べる予定だったのになあ)
普段なら頼まないブラックコーヒーを頼んだのは、クリームたっぷりの甘いパンケーキとの組み合わせを見越したから。結局、コーヒーだけを飲み干す羽目になったことを思い出し、ため息をついた。
(これが、本当の「苦い思いをする」ってやつね)
思い出せば、空腹が身に染みる。そこへおあつらえ向きに可愛らしいカフェを発見した。
(こぢんまりして、いい感じだなあ。えーと、お店開いてるのかな?)
「いらっしゃいませ。こんにちは」
こっそりと中を覗いたつもりが、店の扉が開いた上に、店員さんから声をかけられた。
(イケメンだ! 目がつぶれる!)
「だ、大丈夫です。すみません、見ているだけです!」
「そうですか。せっかくですので、中に入ってご覧になりませんか。ご新規さま向けのキャンペーンもやっているんですよ」
「え?」
「気分転換に、ネイルをしていかれませんか?ちょうど予約のお客さまもいらっしゃらないので、今ならすぐにご案内できますよ」
(うそ、ここ喫茶店じゃなかった!)
慌てた葵は、断るタイミングを逃したまま、イケメンに連れられて店に足を踏み入れた。
***
ネイルサロンの中は、不思議なほど静かだった。落ち着くような甘い匂いに、ゆっくりと息を吸い込んでみる。
「ネイルサロンのご利用は?」
「ありません。時々自分で塗るくらいで」
「もったいないですね。ネイルをするために生まれたような手と爪の形をしているのに」
思いがけない言葉に、面食らう。一体このひとは、何を言っているのだろう。やはりイケメンは、陰キャと違って脳の構造そのものが違うのだろうか。
「な、なるほど?」
「どうでしょう。ご新規さまキャンペーンではなく、ネイルモデルとして、僕の練習のためにネイルをさせていただけませんか。お代はいただきません」
「え、あの、それは」
(いや、ネイルサロンのネイルって、結構かかるはず。無料なんて、そんな悪いし……)
「その代わり、僕の好みで彩りますので。ね?」
「は、はい……」
「もしも、タダなんて申し訳ないと思うなら、次から僕を指名してくださいね。はい、これ、店の名刺」
(イケメンの笑顔と強引さには勝てなかった……)
葵は頬をひきつらせたまま、「要」と書かれた名刺を握り、うなずくばかりだ。
「ご自分で塗られるときには、どんな色合いですか?」
「だいたい、ピンクベージュばっかりですね」
(よれたりはみ出したりしても目立たないからね)
「なるほど。それじゃあ、今日は思いきってビタミンカラーにしてみましょうか。これからの季節にぴったりですし、何より気分が明るくなって元気が出ますよ」
その言葉に葵は目を丸くした。
「悲しいことがあったって、わかりましたか?」
「悲壮感たっぷりでしたね」
あまりの言われように、少しだけ笑いがこみ上げてくる。どんよりとした影を背負った女がひとり、追い込まれた顔で店を覗きこんでいるなんて確かにひどい構図だ。
「ネイルサロンに来たのが初めてなのはどうして?」
「美容室もそうですけれど、知らないひとと何時間も話すなんて苦痛じゃないですか」
「あれ、僕と話すのも苦痛ですか? 悲しいなあ」
(いえむしろ、人生初というくらい楽しくおしゃべりできて怖いくらいです!)
ここは、ネイルサロンという名前のホストクラブなのではないか。葵がそう心配するくらいには、要とのやりとりは楽しいものだった。
「初めてネイルサロンに来ましたが、すごいですね。まるで魔法みたい」
自分の指先にまるで花が咲きこぼれるような感覚。ネイルを塗る作業も、完成したネイルも、どれだけ見ていても飽きることはなかった。
もっさりとした自分から抜け出せたなら、もっと言いたいことが言えるようになるかもしれない。どうせ自分なんてと下を向かずに済むかもしれない。ネイルに彩られた手を見ていると、そんな力が自分の中にわき出てくるような気がするのだ。
「そう思ってもらえたら、何より嬉しいですね」
「とはいえ、なかなかシンデレラになるのは難しいみたいで」
変わりたくても、どこから手をつけたら良いのかさっぱりわからない。苦笑する葵に向かって、要はいいことを思いついたと言わんばかりの笑顔でこう告げた。
「それじゃあ、僕が葵さんの魔法使いになってあげます」
***
(カルテを書いたあとにナチュラルに名前を確認し、速攻で下の名前呼びを始めたあとは、魔法使い宣言? イケメンってどうなってるの?)
それでも、「魔法使い」云々の発言が似合ってしまうのは、やはりイケメン特権なのかもしれない。
「でもね、この魔法には守ってほしいことがあるんです」
「夜中の12時を過ぎたら、全部元通りになってしまう?」
葵の言葉に、要が吹き出した。
「約束してほしいことはね、そんなに難しいことじゃないです。できるだけ、自分に嘘をつかない。それだけ」
「嘘をつかない、ですか」
「大人になったら、本音と建前を使い分けなくてはいけないことはもちろんありますが。無理をする必要がないところでは、気にせず自分の心を大事にしてほしいんです」
嘘をつかないこと。それはたぶん自分が思っているよりもきっと難しい。だって、自分の気持ちに蓋をできない。心に向き合わなければいけないということなのだから。
難しい顔をしながら小さく頷く葵に、にっこりと微笑まれて、葵は思わずみとれた。確かにこのひとなら、魔法使いになれるのかもしれない。そう思わせるような笑顔だった。
「よかった。葵さんが笑ってくれて、ほっとしました。あ、でも魔法をかけるっていうのは、冗談じゃありませんからね」
「わかってますよ。ネイルのお手入れをしに、定期的にお店に来ますから。ちゃんと要さんを指名しますから、安心してください」
葵が伝えてみれば、要が「そういう意味じゃないんだけど」と言いながら肩をすくめた。
「それじゃあ、ネイルも完成したことですし食事に出かけましょうか」
「え?」
「ちょっと時間がかかってしまってすみません。お腹、空いていますよね」
「え、なんでお腹が空いているって……?」
「お店を覗きこんだ顔を見て、喫茶店に間違えたんだとわかったので」
(喫茶店と間違えたの、バレてた? どんな顔をしていたの、私?)
「え、でも、店長さんに怒られない?」
「ここは僕の店なので大丈夫です。好きなときに休みが取れます」
「じゃあ、指名とか意味ないのでは?」
「あははは、そんなことないですよ。要さんって、葵さんに呼んでもらえて嬉しいです。そうでもしなきゃ、葵さんは僕のことを『店長さん』でゴリ押ししそうですからね」
(思考回路が、いろいろバレてる!)
おすすめだという喫茶店への道すがら、葵が呟いた。
「私なんかがこんなおしゃれをしてもいいんでしょうか?」
「当然。僕のことを信用してください。明日職場に行ってみたら、みんなに褒められますから。もしこれで何も言わないひとがいたら、それはあなたのことを見下しているひとです」
「そういうものでしょうか」
「ええ。だから、相手にしなくていいんですよ。子どものワガママより理不尽なんですから」
翌日。職場で、葵は同僚の女性たちに声をかけられていた。いつもなら出勤時と退勤時の挨拶しか交わさない同僚とも会話がはずむ。
「あら、ネイル新しくしたの?」
「素敵ね」
「ありがとうございます」
「どこで?」
「先日教えていただいたセレクトショップの近くの」
他愛のないおしゃべり。とはいえ予想通り、 職場ですれ違った美結は、挨拶はおろか、指先の変化に触れることもない。
けれど葵は、不思議なほど美結のことが気にならなかった。
***
「すみません、美結から最近相談を受けていませんか?」
「……いったい何のことでしょう?」
かつての想いびとから声をかけられたのは、それからしばらくあとのことだった。
(美結と喧嘩でもしたのかしら……)
内心疑問に思いつつも、葵は首を振った。あの日以降、まともに美結と会話をしていない。挨拶をしようと声をかけても、あからさまに美結が無視している状態なのだ。美結の近況など知るはずもなかった。
「あの、何かありましたか?」
「最近、美結から避けられているようで……。俺のプロポーズのタイミングが早すぎたみたいでして」
「プロポーズ、ですか」
確かに、年齢的に結婚を視野に入れていてもおかしくはない。けれど美結にとっては、「結婚を前提にした付き合い」ではなかったのだろうか。
「まあ、そうだったんですね」
片思いをしていた相手の情熱を見せつけられたはずなのに、葵の胸は意外なほど痛まなかった。
「俺の実家は、同業でしてね。この会社で修行をさせてもらい、いずれ家を継ぐために戻るつもり予定でした」
「なるほど」
「結婚相手は、もともと両親が選ぶ予定でしたが、そんな地方独特のしがらみが嫌で……。そんなときに美結と出会ったんですよ」
「美結にはそのことを話したんですか?」
「ちょうど近々親戚も集まるので、手土産を持って両親に会いに行こうと誘ったんですが。女手も必要でしょうし。それが美結はびっくりしたみたいで」
相手の話を聞けば聞くほど、葵は美結が逃げ出したのがわかる気がした。美結にしてみれば寝耳に水だったに違いない。
(美結は生粋の都会っ子でお嬢さまだから。男尊女卑が強めの田舎で、夫を立てて生活するのはちょっと難しいかもしれない。そもそも、義理の両親から歓迎されない可能性が高いとわかっていて、行きたがる女性がどこにいるのかしら……)
「美結の気持ちを聞いてやってはくれませんか」
「それは……」
言外に説得してくれと言われて、葵は眉をひそめた。
(本当に大切なことは、自分の言葉で伝えないといけないのに。私が間に入ったところで、こじれるだけ。入りたくもない。美結は負けず嫌いだから、しきたりを覚える根性はあるはず。お嬢さまだから、立ち振舞いに問題はないし、もしかしたら意外といい組み合わせなのかもしれない)
ちょっとだけ、不慣れな田舎でしごかれてしまえばいいと思ってしまったけれど。要領のいい美結のことだ、案外姑たちの懐に入り込み、幸せな結婚生活を送れるのかもしれない。
ちらりと廊下の向こう側で、美結の元カレがこちらを見つめているのがわかった。フロアが違うとはいえ、同じ社内なのだ。別れかたに問題があれば、容易く修羅場になる。
(美結がどんな未来を選ぶにせよ、まずはしっかりと話し合いが大事ね)
もちろん、巻き込まれるのは御免こうむる。
「私にもわからないことが多いので、この件についてはお力になれないと思います」
「でも、君たちは親友だと」
「私、生まれ変わったんです」
(魔法使いと約束をしたんだもの。もう、自分に嘘はつかないって。かけてもらった私が、魔法を信じなくてどうするの)
頭を下げて、葵はさっさとその場を離れた。
***
退社後、葵は要の店に向かっていた。
(大事なことは言わないと伝わらない。きっと今を逃したら、私はまた何も言えないままで終わってしまう)
この想いを伝えてしまえば、きっともう店には行けなくなるだろう。
(迷惑な客として嫌われたくはないもの。それなら言わなければいいのだろうけれど、自分の気持ちに嘘はつかないと約束したから)
それでも、何も始まらないまま終わってしまったいつかの恋よりもずっとずっと素敵だと思えた。秘されたまま消えるのではなく、好きという想いを一瞬でも咲かせることができるのならば。
私の恋を無駄死にさせない。それは私にしかできないこと。
店の扉を開けば、ゆっくりとドアベルが鳴った。初夏の風が店の中に入っていく。
「あ、葵さん。こんにちは。どうされましたか。ネイルは、先日付け替えたばかりですし……。まさか、ようやくフットネイルをやる気になってくれましたか。僕の前で足を出すのが恥ずかしいと赤面する葵さんも可愛いですけれど、その足を彩る醍醐味もまた」
にこにこと話しかけてくる要の言葉を、葵は初めて遮った。いつまでも聞いていたくなるような心地よい声だったけれど。
「要さん、あなたに伝えたいことがあって。私、あなたが好きです。それじゃあ、今までありがとうございました。さようなら!」
「え、ちょっと葵さん?」
「迷惑をかけてすみません。どうぞ犬に噛まれたと思って忘れてください!」
走り出そうとして、つんのめる。そこをさっと抱き抱えられて、葵はパニックになった。
(手を離してください。引き留められるなんて予想外です!)
「いや、犬に噛まれたら忘れられないでしょう。狂犬病防止のために、注射も打たないといけないし。ねえ葵さん、告白しておいて、どうして返事も聞かずに出て行こうとしているんですか」
「だって、気持ち悪いでしょう? 美容師さんとか、お客さんに言い寄られて困るってよくテレビで聞きますし。まさか自分が同じことをするなんて。本当にごめんなさい」
「でも、その気持ちを伝えに来てくれたんですね」
嬉しいという言葉とともに、葵の唇に何か柔らかいものが触れた。思った以上に近くにある要の顔を見て、それが相手の唇だったことに思いあたる。
「か、か、要さん?」
「ふふ、真っ赤になって可愛いですね。初めて出会った日、どうしてあなたが落ち込んでいるのがわかったと思います?」
「暗い顔をしていたから?」
「いいえ、真っ赤になった目をうるうるさせながら、寂しそうに店の中を覗いていたからです」
(お店の中から、丸見えだったんだ。もう恥ずかしい)
「そうだったんですね」
「まずどうして泣いていたのか気になりました。それから慰めてあげたいと。泣くならいっそ僕の腕の中でとか、涙をなめてみたら甘いだろうとか、うさぎみたいにぷるぷる震えて可愛いとか、組敷いたらきっと可愛い啼き声をあげるんだろうとか」
「待ってください。要さん、なんか後半、おかしくなかったですか!」
「そうですか? 実際に話してみたら、我慢強くて頑張りやさんで、落ちるにきまっているでしょう。いつまでたっても、お客さんと店長の関係止まりで。どうやって意識してもらおうか悩んでいたくらいです」
「えーと、つまり?」
「告白は成功ですよ。だって好きになったのは、僕の方が先なんですから」
「待って、え、ちょっと待って」
「すみません、待てません。待ちません」
ぎゅうぎゅうに抱き締められた葵の指先で、カラフルな花々が、きらきらと輝いていた。