ある夏の不思議な出来事
クーラーをガンガンに効かせた部屋で、ポテトチップスとあったいカフェオレを飲みながら映画を見たり本を読んだりするのが好きだった。
天気が晴れであれば、なおのこといい。
それはリエの口癖だった。
「あ、この男…死んだね」
一緒に映画を見ながらリエにそう言う。
今日はリエの部屋でホラー映画を見ている。平気なふりをしているが、ホラー映画は苦手だ。
リエは俺と違いホラー映画が好きだ。
映画の効果音と相まって、なおさら怖い。
つらつらと言葉が出てくる。
「物音がするとか言って、別行動するとか馬鹿だと思う」
「タカヤはビビりだからね」
「いやいや、ビビりとか関係ないからな。別行動とか馬鹿すぎだし、よくないことが起きてるって思うなら行かなきゃいいんだよ。君子危うきに近寄らずって知ってるか?」
「はいはい」
危うきに近寄らなかったら、物語は進まないだろうと思うが口には出さない。
「まじめな話さ、解らないから怖いんじゃない?」
「解らないのが怖いってどういうこと」
「例えばノックの音がして、ドアを開けなければお化けか人間か解らない。だから怖い。想像の怪物を超える恐怖はないからね。けど、確認したらそれは恐怖ではないわけだ」
私は解らない方が怖い。とリエは続ける。
あぁ、リエはそうだろう。
きっと映画の男のように、確認しなければ納得できない。ノックの向こうを確認したい衝動を我慢できないのだ。
きっと、彼女は一番最初に死んでいく。
「確認してお化けがいるから、怖いんじゃないか」
「いやいや、映画と現実ごっちゃにしないでよ。九分九厘、ノックしてるのは人間だからね」
確認せずにただひたすらノックされる方が怖いでしょと続ける。
そう笑いながら、話をしている。
ピロン
スマホの通知音で目が覚める。
映画を見ながら寝てしまったようだ。
部屋の中には赤い西日が差しこんでいる。
時間は4時。
頭の下にはリエのお気に入りのクッションが敷いてある。
ピロン
もう一度、スマホの通知音が鳴る。
リエはどこに行ったのだろう。
あぁ、眠い。目を開けていられない。
俺はスマホに手を伸ばす。
なんとか、身体を起こしてあたりを見回す。
ベッドの上に、座っている日本人形が西日に照らされて赤く染まっている。
この人形はリエが大事にしている人形だ。
「リエ?」
返事がない。
クッションに改めて頭を乗せる。
コトリ
ふと思う。
あの日本人形はいつも、本棚の上にのっていたはずだ。
部屋に来た時からベッドの上に座っていただろうか。
俺はベッドに背を向けたことを後悔した。
さっきの音はなんだ。
リエはどこに行った?
西日があたって、じんわりと汗をかいてきた。
部屋の中は涼しいのに。
考えないようにしているのに、気がつくとあとからあとから自分の記憶の中にある『日本人形』の情報が溢れだしてくる。
曰く、髪がのびるだとか。
曰く、涙を流すだとか。
曰く、人の魂が宿るだとか。
曰く、…歩きまわる、だとか。
サァーと血が引く音を聞いた気がした。
耳鳴りがする。
ピロン
スマホの通知音が鳴る。
リエはどこに行った?
人形がこちらを見ている気がする。
ベッドから立ち上がって、こちらを見ている。
ピロン
また、通知音が鳴る。
背後に気配がする。
人形がこちらに向かって歩いてくる。
怖い
怖い
怖い
恐怖に耐えられない。
頭を上げて勢いよく、後ろを振り返る。
人形は変わらず、ベッドに座っていた。
俺はなんだか馬鹿らしくなってしまった。
何を怖がっていたのか。
あぁ、これがリエの言っていた確認することで恐怖をなくすということかと思った。
映画の男がどうして、あんな行動をしたのか唐突に理解した。
再度クッションに頭を乗せる。
スマホをひらくと、リエからの連絡のようだった。
「なんだ、コンビニに出かけているのか」
返事を打とうとして、酷く眠かったことを思い出した。
カチャカチャカチャ
食器を洗う音がする。
「タカヤ起きた?」
「…リエ?」
「よく眠ってたね。晩御飯どうする?ピザでも頼む?」
よくある日常の風景に笑みが零れる。
時計をみれば5時を指していた。
あれから1時間ほど、眠っていたようだ。
「聞いてくれよ」
そういって俺は、さっきあった出来事を話した。
あったといっても、俺が勝手に勘違いして怖くなっただけだが。
「え、あの日本人形今ないよ?」
「嘘だろ?」
「本当だって、着物が汚れたから専門店にクリーニングに出してるもの」
部屋を見渡す。
ベッドの上にも、いつもの本棚の上にも人形はなかった。
「嘘だろ?」
きっと寝ぼけていたんだ。
そう思い込もうとするが、西日の中で見た日本人形の姿が目に焼き付いていた。
私は、一番に死ぬタイプのモブです。