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01 エイプリールフールはまだ先なのに



「お嬢様、おはようございます」


 ぽかぽかとした太陽の日差し。その心地よさに思わず目を閉じたまま二度寝を決め込もうとする。

 肌触りの良すぎる布団に顔を押し付け、光から目を背けて、さてもう一眠り。まさに至福の時間。


「起きてください」


 催促する声は当然無視する。あと五分ぐらいいいでしょ。

 大丈夫、遅刻した理由は寝坊じゃなくて信号待ちしていたお婆さんの荷物を一緒に運んだところお礼にとお茶をいただいていたことになるから。そう、学校の近くの角っこの古い一軒家。まぁ先週から空き家になってるんだけどね。あぁ、お婆さんは死んでないわ、大丈夫大丈夫。息子さんの家庭と一緒に暮らすことになっただけだから不幸があったわけじゃないよ。

 この言い訳は3回目だけどあの先生は面倒ごとが嫌いだから騙されたフリをして許してくれる。学校の先生も所詮金のために働いてるだけなんだから、熱血とかドラマに憧れたとかそんなのはほんの一部。

 なりたいからなったわけじゃなくて、なれたから教師になるの。


 夢や希望は金にはならない。労働の義務を果たすために人は妥協して心を折る。自分は特別な人間ではないのだと理解して聖剣を捨てる。魔王を倒すのは勇者であって平民じゃない。選ばれて生まれない子供は脱皮したってただの人。

 成長することは諦めることだ。

 身の丈を知り、満足する。それが大人になるということだと、大人は誰もが知っている。バカみたいに広い世界を回すのはたった1%の特別な誰かで、それ以外の99%はただの世界の部品の一部。誰かのスペア。ほんと、嫌になる。

 それでも働かなきゃ生きていけないんだから大人になんてなりたくないよね。


 先生だって本当は生意気な子供達の相手やモンスターペアレントに怯えないで定時で早く帰りたいよね。面倒ごとを抱え込みたくないって顔にしっかり書いてあるもの。手のかかる生徒でごめんなさいね、反省なんてしないけど。


………って、ちょっと待って。




「んん!?」


 ばっと、勢いよく起き上がる。



 ーーーなんで布団?



 私は確かに階段から落ちたはずだ。身体がまだあの浮遊感を確かに覚えている。憎しむ瞳も、滲む後悔も、たしかに過ぎさった走馬灯も。夢だと割り切るにはあまりにもリアルすぎた。

 心臓がどくりと跳ねる。思わず胸に手を当てた。


 どくん、どくん、どくん。


 血液が流れてポンプが動き、どくりとここに命があるのだと臓器は主張する。柔らかな脂肪の塊の奥で、確かに命が息をする。


「は……?」


 真白いシーツの海から視線を周囲に移す。百歩譲って生き延びて病院、ならば理解できる。死にそびれたのだろう。


 けれどここは、この場所は違うと確信できた。


 大きなシャンデリアに天幕付きのキングサイズと呼ばれる見たこともない大きさのベッドに手触り最高かつふかふかの羽毛ぶとん。住んでいたマンションよりも広い吹き抜けの一室。高そうな絨毯に大きな姿見、そして隣には踝まで隠れるクラシカルなメイド服を着た見知らぬ女性の姿。白と黒が逆に眩しい。


「誰、貴女」


 メイド服を着た女は能面のような顔のパーツを感情なくわずかに動かした。


「また記憶喪失ごっこですか?もうその手には引っかかりませんよ。ご起床の時間です、既にご当主様が食卓でお待ちになっておりますのでお早く身支度の準備を……」

「いいから答えて。貴女は誰、ここはどこ」


 はぁ、と忌々しそうにメイドはため息をついた。答えて、と催促するように問えば緩慢とした動きでようやく体をこちらに向けた。

 ヒールのある靴の踵を合わせ、腰を直角に折り曲げ人形のように凍った表情を地面に向ける。


「私はライア様に使える侍女のユズリハにございます」

「ライア……?」

「はい。ここはこの城の主人であるパパラチア公爵が唯一の愛娘であるライア・パパラチア様ーーーつまり貴女様の寝室でございます」


 わたしのへや、

 わたしのなまえ、


 わたしのたちば。



「……面白くないね、その嘘」


 私はくすりと笑って評定を下す。


「私はただの雀。舌切り、じゃなくて舌切れ雀よ。そんな大層な名など持って生まれてきてなどないわ」

「スズメ、ですか。お嬢様はそのような可愛らしい生き物とは天と地ほどもあると思いますが。容姿すらもかけ離れておいでです」


 何を言っているのだ、この女は。

 雀の名にふさわしいひょろくがりがりで成長の劣った平均身長にも届かない背丈に、染めていないにもかかわらず茶色に傷んだ髪。サイズの合わない学校指定の茶色いブレザーを羽織った姿はまさに雀に似ていると自分でも入学式の写真撮影の時から思っていた。かけ離れてる、と断言するのは嘘だ。

 やっぱりこのメイド、嘘つきだ。


 公爵、娘、知らない名前。知らない部屋に知らないメイド服を着たコスプレ趣味の女。


 手の込んだ嘘ではあるが、私としては楽しい嘘ではない。

 生きているのなら早く帰って洗濯物を干さなければいけないのだ、こんな場所で時間を潰してる場合じゃない。私は降水確率60%だといったあの女子アナの言葉を信じずに洗濯機を回してやるのだから。


「はやく家に返してもらえる?」

「ですからここが貴女様の家です」

「あら、貴族の娘だったのかしら私。私の血縁者を名乗る金持ちが現れて身寄りのない私の保護者になるとでも言ったの?まるでドラマね。あまりにも都合のいいありがちな設定と致命的なまでのキャスティングミスのせいで視聴率は一桁確定間違いなしだわ」

「何をおっしゃっているのかわかりませんが、はやくご準備を」

「だから、もういいってば!この嘘。面白くない」

「貴女様ではないのですから私は嘘をつきません。髪をとかしますので起きてください」

「別にいいよ。いつもとかしてないし、手のかかる髪質でもないもの」

「毎朝私がとかしているではありませんか。その癖っ毛と常日頃戦ってる私の努力を無かったことにしないでもらえます?」


 何を言っているのだこのメイド服を着たコスプレ女は。会話の点と点が繋がらない現状に呆れて自分の頭をかく。



 ーーーん?


 髪が長い。

 というか金髪?

 カツラかと思って引っ張っても取れはしない。普段のぱさぱさな髪質とは違う、緩くウエーブになったふわふわの髪。一体どれだけ高いリンスとシャンプーを使えばこんな感触になるというのか。

 え。今のカツラってこんなにもいい素材を使ってるの?知らなかった、もっと早く教えてくれればよかったのに。あ、カツラっていうと怒られるんだっけ。ウィッグ。確かそんなお洒落な名前で呼べばいいのよね。

(……それにしても本当に気持ちいい髪)

 そう、言うなれば洗ったばかりのゴールデンレトリバーのよう。私は猫派だし、犬も飼ったことはないからよく知らないけど。


 どこからどう考えもこれが人工のものであるとは思えない。もしかしてこれ接着剤でつけてる?引っぱると頭皮まで痛むのだけれど。こんなの毛根から植え付けてるとしか考えられない。最近の植毛技術ってここまで進んでたの?人が寝てる間に髪の毛を全部取り替えるなんてことがいつから可能になったというのか、浮気なんかよりもニュースで大いに取り上げられるべき発明だ。中高年の男の希望の星になること間違いなしだもの。


「お嬢様?」


 自分の髪を握りしめたまま石化した私をユズリハと名乗ったコスプレメイドが訝しむ。だからその退屈な嘘はやめてって言ったのにまだ続けるの?そう思いながらも言葉が喉から出ていかない。

 理解できない現状に、脳が追いついていないみたいだ。わからない。何もわからない。けれど固まっている場合じゃないとベッドから転げ落ちるように降りた。


 引きずられるように肌触りの良すぎる雲のような軽さの羽毛布団が地面に落ちたがそんなのを気にする暇なく馬鹿でかい姿見に向かって走る。部屋の中だというのに無駄に広いせいで目的地までが異様に遠い。


「お嬢様!?」




 息を切らした一人の少女がそこにいた。


「は……?」


 白く細い無駄のないすらりとした手足に陽に透けるブロンドの髪。空より高く、海より深い碧の瞳。子供らしい柔らかく肉のついた頰に、全体の顔のパーツもまぁ大きい。目なんて今にも落っこちてしまいそうなのに、鼻はすっと通り、口は小さいながらも桜色に淡く色づいた唇のなんと可愛らしいことか。日本人離れした美しい幼女が鏡ごしにこちらを見る。


 これはもう人生勝ち組の顔だ。成長して「んー?」って残念な結果を迎える可能性が考えられないぐらいの完全なる神様に愛された容姿。両親がトップモデルや俳優の勝ち組遺伝子を持って生まれたような整った、けれど愛らしさを存分に残す可愛らしい顔立ちは人生の勝利を宣言しても問題ない。染色体の時点から勝ってる。

 なに?この可愛すぎる幼女。どこの海外の子役モデルさんですか。たった今ファンになりました、是非サインください。

 鏡よ鏡よ鏡さん。この世で最も美しい、この少女は一体どちら様ですか。



「だれ……?」


 頬をつねる。痛い。鏡に映る少女も同じように痛がる。

 冷たい鏡に触れる。映像、じゃない。感覚がある。夢、ではない。



 これは私の嘘じゃない。

 息するように嘘をつく私でも、こんなに大掛かりな嘘は用意できない。


 初めて会うこのメイドの嘘でもない。だって私なんかを騙す意味がない。これだけの金を使って騙すならそりゃテレビや知名度の高い有名人を使わないと割りに合わない。私にただの視聴者ドッキリを頼んでくれるような友だちはいない。もちろん仕返ししてくれと呪うような知り合いならたくさんいるけど。

 だからってこんな整形して、骨を削って、髪を毛根から植えかえるなんて真似、できるはずがない。どこにも手術痕もないし、なにより歯並びすら変わってる。個人の特定にも役立つ歯型すら変える必要性は何一つない。


 これは嘘のような本当の話。

 夢のような現実の話。


 これは誰だ。階段から突き落とされたはずの私。死んだはずの私。なのに私は生きている。生きているのにここにいるのは私じゃない。

 私の体じゃないのに私の心の宿った体。



ーーー私は一体、誰になった?




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