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9:クソ食らった俺でも、可愛い女の子と昼飯食ったっていいよね?

「悪い……まどころっこしい手段取ろうとして。けど、全部が嘘ってわけじゃないんだ」


 水洗慈さんの手を握りながら、努めて彼女の目を真っ直ぐに見ながら告げる気持ち。

 だって、ヤクザの家だとかそんなの、今知ったことだし。

 最初からビビってたというわけでは断じてない。


 まずはここをわかってもらう必要がある。

 その上で事実を告げられても逃げたりする気はない、という意思表示にも繋げるつもりでいる。


「あ、うん……でも少しずつ食べちゃおう。時間、なくなっちゃう」


 割と頑張って演出したロマンチックな感じが、昼ご飯という現実によってぶち壊しにされた瞬間である。

 だが彼女の言うことももっともなわけで、俺は彼女の手から箸を受け取り、水洗慈さんに食べさせる準備をする。

 対する水洗慈さんは俺からパンを奪い取り、早くも中のパンを千切って俺の目の前にかざしていた。


「あの時ちゃんと返事しないで、俺から……もご……言おうって言ったのは、あの時返事したら流されてOKした、みたいになりそうだったから、っていうのもあるんだ」

 

 喋ってる端から食べ物を詰め込まれると、案外苦しい。

 これも今日初めて知ったことだ。

 次からは食べ終わってから、ゆっくり話すことを心がけようと思う。


「流されてOKしたとして……むぐ……ヤクザの娘だったってわかったら怖いから?」

「そんなの、俺が断る理由にすると思うか?」


 お互いに食べさせ合いながらの話し合い。

 見物人がゼロというわけではなく、どっちかって言えば人が人を呼んで、バカップルが学校でイチャコラしとる、みたいな目で見られているのがわかる。

 そして野次馬の中にシリアナ先生や、クサマンに皮被り野郎もいるのを見つけた。


「ていうか……とっとと食べちゃおう。割と人の目が痛い」

「う、うん……平気なつもりでいたけど、ちょっとだけ恥ずかしいかも」


 女の子に恥ずかしい思いをさせる……ある意味では男にとって、夢の一つかもしれない。

 だがそれは、正式にお付き合いをしてからの話であって、まだ未満な俺たちが踏み込んでいい領域ではないだろう。

 なのでお互いに食べさせる速度を速め……とは言っても俺の方が完全に量が少ないので先に食べ終わってしまうわけだが、その間にもどんどん見物人が増えているのを感じる。


 だが誰一人、一向に止めようとしない辺りきっと、水洗慈さんが明かした家の秘密が絡んでいる、ということなのだろう。

 水洗慈さん自身は至って大人しく、割と優等生な感じでやってる様に見えたんだけど……きっと教員連中はそういう目では見てくれていない。


「で……本題に入っていい?」

「この状況で?」

「この状況だから。言い逃れは一切出来ない。全員が証人。私もよりくんも、逃げることは出来ないよ」


 水洗慈さんの分も食べ終わったからって、大した根性だと思う。

 家が家だから、っていうのもあるかもしれないが、俺なんかは座ってるからわかりづらいだけで立ってたきっと足ガクガクに震えてしまってるだろうってレベルで緊張してる。

 そりゃそうだ、だって今まで生きてきてこんなにも人から注目された経験なんかないんだから。


 それに加えてここで白黒つけようぜ、みたいな昔の青春漫画みたいな展開になるなんて誰が想像したのか。


「はっきり言わなかった私が悪い、って今はちょっと思う。だけど、私もここで引くわけにはいかないの。だから……ちゃんと聞いてくれる?」

「…………」


 ここでちょっと待った! 俺から言うんだって!!

 とか言えたら……と思わなくはないが、言ったら後々コンクリ抱かされて東京湾に沈められたりとか……いや、彼女はそんなことしない。

 するのは組員とかお父さんとか……なるべく関わらずに生きていく方法とか模索した方がいいのだろうか。


「チョココロネをくれたあの日から、私はずっとよりくんが好きでした。こんなに私に優しくしてくれる男の子がいるんだって、そう思ったらもう止まりませんでした」

「……チョココロネ?」


 ああ、あの時か……初めて接触した時のことだな。

 どのパンがいいか、とか考えて渡したりしたわけじゃなかったんだけど、そうか、あの時チョココロネ渡したんだっけ。

 ナイスチョココロネだったわけね。

 

 呑気にもそんなことを考えていたら、忘れてたのかと言わんばかりに睨みつけられて、俺は軽く縮み上がった。

 ここは汚名返上しなければ、男が廃るというものだろう。

 まぁ廃るもクソも、元々俺の知名度なんか地に落ちたもんだし、現在進行形で食べ物が全部うんこに見えるクソ野郎ってのは変わってないはずなんだけどな。


「と、とにかく……私は言いたいこと、ちゃんと伝えた。よりくんは……どう思ってるの?」


 顔を真っ赤にしながら、真っ直ぐ涙目で見つめてくる水洗慈さん。

 よりにもよって、何で俺なんかに……そう思わないでもない。

 だってこんなに可愛い子が、俺みたいな凡俗の民に向ける視線は憐み。


 足を舐めさせてあげてもよろしくってよ、くらいのもので丁度いいんじゃないか、って思う。

 だが今の話を聞く限り……この態度を見る限り。

 この子、俺にベタ惚れじゃん。

 

 応えないわけには行かない……というより、俺の答えは元々決まってる。

 五分で考えろと言われた時、俺は本気で考えた。

 だけど、どんなに取り繕った言葉よりも、プレゼントよりも。


 水洗慈さんが俺に求めているのは本物の気持ち、答え。

 だから俺も全力で応えようと思った。


「えっ……?」

「わかった……ちょっと覚悟しててくれよな」


 すくっと立ち上がった俺を見て、水洗慈さんが目を丸くする。

 足の震えはもう、既に止まっている。

 決めるなら、今しかない。


 俺たちを取り巻く、野次馬どもを一瞥して俺はふっとほくそ笑む。

 自信満々の俺の顔を見て、水洗慈さんが怪訝そうな顔をするが、もうここまで来て引くことなど出来はしない。

 彼女の決意を、気持ちを直接本人の口から聞いてしまったのだから。


 それに……周りからしたらまだこいつら付き合ってねぇのかよ、くらいにしか思われていないかもしれないが、面白そうだ、と集まってくれたオーディエンスにも応えて差し上げなければ失礼というものだろう。


「聞こえてるか、有象無象どもおおおおおおおおおおおお!!!」


 校舎に向かって、俺は叫ぶ。

 腹の底から、さっき食ったパンが出ちゃうんじゃないか、って思うくらいに全力で。


「お前ら!! ここにおわす天使の様な女の子はなぁ、お前らが思う様な怖い女の子じゃねぇ!! まさしく天使!! 俺にとっては唯一無二!! この子がいなかったら、俺は生きていけねぇ!!!」


 もう途中から何を言っているのか、わからなかった。

 だが、俺はここでやめてしまったら彼女に顔向けできない。

 こんなに人の目がある中で、堂々と告白してきた彼女。


 その彼女の思いに応えるには……そんな彼女の思いを超えるには。

 俺の方がもっと好きなんだぞ、ということを伝えるには。

 これしか思いつかなかった。


「いいか、一回しか言わないぞ、よく聞いておけ!! 俺は!! 一年A組の雲黒斎便は!! 同じ一年A組の!! 水洗慈小用子さんのことが……!!」


 ここで呼吸を一通り使い切り、息継ぎ。

 歌でも水泳でも、呼吸とか息継ぎってやっぱり大事。

 今まで生きてきて、こんなに叫んだ経験はもちろんなく、こんなに息を吸い込んだことも当然ない。


 そんな俺が、おそらくはこの生涯において最初で最後の咆哮を上げる。


「好きだああああああああああああああああああああっ!! 手をつないで毎日登校したい!! 昼休みだってイチャイチャしながら飯が食いたい!! ここ数日何度か手をつないだけどな!! 超柔らかくてちっちゃくって!! すんげぇ気持ち良かったぞちくしょうが!! それから帰りにだってデートがしたいし、キスだってしたい!! シリアナ先生に散々煽られて照れてたけど!! 本当だったら行くとこまで行きたいって思ってるよ!! だって、俺は思春期真っ只中の、男の子だからなあああああああああああああああ!!!」


 中庭という、音が反響しまくる地形にあって、俺の声は全校生徒に届いたと言っていい。

 何でそんなことがわかるのか。

 それは、周りの盛り上がり方が半端じゃないからだ。


 だが、これじゃただただ俺の欲望を、願望を赤裸々に叫んだだけに過ぎない。

 きちんと、結末は締めくくらなくては。


「だから!! 水洗慈小用子さん!! 俺と、結婚してくれええええええええええええええええええええええ!!」


 決まった、と思った。

 極めて普通の、だけど一大決心をしての告白に対する俺の絶叫告白。

 何処か間違えたことを言った様な気がしないでもないが、もう自分でも何を言ったのかほとんど記憶にない。


 それくらい必死だったのだ。

 一瞬の沈黙が流れ、それからゆっくりと目尻に涙を浮かべて水洗慈さんが立ち上がる。

 そう、これぞフィナーレ。


 誰もが待ち望んだ形での、ハッピーエンド。


「よりくん……結婚って、本気?」

「え? あれ? 結婚って?」

「……は?」


 言った様な言ってない様な……というか結婚って何だよ。 

 俺は付き合ってくれ、って言ったつもりだったんだけど……この子がそう言うってことは、俺はきっとそう言ったんだろう。

 ……どうしよう。


「結婚、したいの? 私と?」

「えっと……」


 言い間違いでした、とはとてもじゃないが言えない雰囲気。

 更には言った記憶がありません、とか言ったらこの場で全校生徒にタコ殴りにされそう。


「あ、じゃ、じゃあ……け、ケッコンすっか」

「……何でそんなぎこちない言い方なの? 自分からしてくれって言ってきたくせに。お尻から尻尾でも生えてるの? 本当に生えてたら大変だから、ちょっと今ここで出してみてよ、お尻」


 ああ、やっぱ俺がそう言ったんだ。

 全校生徒が、証人。

 しかもあんだけ絶叫してたら言い逃れは不可能。


 現在絶賛童貞中、彼女いない歴イコール年齢だった俺は、絶叫告白をすっ飛ばして絶叫プロポーズをしてしまった、ということもあってこの日一気に有名人になってしまった。

 あと全校生徒の前で下半身丸出しは勘弁してください、と土下座で頼み込んで、何とかそれだけは回避することが出来た。

 平穏な生活など、食事が全てうんこになった時点で諦めてはいたが……まさか自らの手でその平穏を更にぶち壊すことになるなんて、思ってもみなかった。

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