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8:クソ食らった俺でも、彼女のことを少しずつ知りたいと思っていいですか?

「おーい、水洗慈さん」

「…………」

「す、水洗慈さんや」

「…………」


 翌朝。

 何と水洗慈さんは俺と目も合わせてくれなくなった。

 当然声をかけてもシカト。


「おい、何があったんだ?」

「えっと……まぁあれだ、色々あるんだよ」

「へぇ……ってことはあれか、お前らとうとう……」


 皮被乃がそう言った瞬間、水洗慈さんの目がくわっと見開かれて目が合った皮被乃はその場で漏らすんじゃないか、ってレベルで震えあがっていた。

 いきなり地雷踏みぬくなんて、さすがとしか言えないぜ、皮被乃……。

 それにしても、今朝にしても結局呼び出されることはなく、いつもなら朝の通学路で鉢合わせなんて珍しくもないのに、彼女は先に学校へ来ていた。


 うん、これは間違いなく避けられている。

 そんなにあのまま流されて付き合いたかった、ってことなのか。

 それともあれか、便秘とか生理とか。


 まぁ、たとえそうだったとしても俺がそれを口にしたら、俺はその場で切り刻まれたりしないだろうか、なんて考えて恐ろしくなった俺は、口を噤んだ。

 あの後実はすぐに帰宅を許された俺は、帰ってすぐに母に相談した。


『なぁ、母さんが実際にされたらグッとくる様な告白ってどんなん?』

『は? 頭でも沸いたかバカ息子。そんなことよりとっとと風呂にでも入ってきな』


 割と勇気を出して相談したってのに、なかなか酷い回答で面食らったが、きっと母には母の考えがあるのだろう。

 何でも助けてしまっては俺の為にならない、きっとそんな風に考えてくれてるのがあの母だ。


「な、なぁ水洗慈さん……何でそんな激おこプンプン丸なんだ?」

「……古い。あとウザい。話しかけないで」

「さ、刺さるなぁ……」


 普段あんなにも話しかけてくれていた水洗慈さんが、俺を完全にシカトしたという事実はすぐに教室内に広まり、もちろんシリアナ先生の耳にも入った。


「もー……何で君たちが喧嘩してるの」

「いや、喧嘩は別に……」

「…………」

「うん、よくわかった。雲黒斎くんが悪いのよね。ちゃんと謝ってさっさと仲直りすること。以上」

「な!? い、異議あり! 何でいきなり俺が悪いって決めつけるんですか!」

「男女の揉め事は、たとえ女が悪い場合でも男が悪くなることなんて、ザラだから。キスしてごめんね、って囁いたら一発だと思うけど」

「で、出来るかそんなこと!」


 周りが勝手に盛り上がっていく中、俺が叫ぶのを見ていた水洗慈さんは、更に冷ややかな目を向けてくる。

 昨夜、あの後でこの親子は何か会話をしたのだろうか。

 意図せずして、親子にとっての共通の敵みたいになっちゃったけどそれがあの親子の接点を作れたとしたら、俺の頑張り……いや特に何か頑張った記憶はないけど、無駄にはならなかったってことにならないだろうか。


 ……なるわけねぇな。

 ちょっと聞いただけだけど、あの親子のわだかまりはそんなに簡単に解消できるものでもない。

 何か衝撃的なきっかけでも出来たら別かもしれないが、そんなものを俺が作れるとも思えない。


 そんなことを考えながら授業を受け、ちょっとだけ憂鬱なお昼の時間がやってくる。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「……何で、置いていくの」

「え?」


 何となく、俺とは行動したくないだろうなぁ、なんてつまらない気を利かせてたまには一人で購買に、と思ったら後ろから付いてきて思い切り制服の裾を掴まれた。

 ふと教室の方を見ると、クサマンと皮被り野郎がニヤニヤしながらこちらを見ている。

 仲間になりたいなら、そう言えばいいのに。


「い、いや……何か今日ご機嫌斜めっぽいかなって」

「そう思うなら何で遠ざけるの!? 本当、わかってない!!」


 ……理不尽だ。

 話しかけてもシカトされた時のあの衝撃を、彼女はわかっているのだろうか。

 そんなことを考えた時、何故か俺の頭には食べる時の事が思い起こされていた。


 そういえば……俺たち、あの二人の前で……それどころかクラス全員の前で食べさせっこするのか? 

 さすがに公開処刑が過ぎると思うのだが、どうだろう。

 それとも爆発しろとか思われながら、見せつけてやるとか?


 それはそれでいいご趣味ですね、とか自分でも思うわけだが水洗慈さんはどう思うんだろうか。


「えっと……今日はどうするの? あいつらと食べるの?」

「何で?」

「いや……水洗慈さんが普通に食べられるなら、それでもいいんじゃないかって思うけど。あ、そういえば朝ちゃんと食べれたの?」

「……食べた」

「そ、そっか」


 それから俺たちは、黙々とそれぞれの昼食を買って、教室に戻るのかと思いきや連れてこられたのは中庭。

 割と人が少なく、のんびり過ごせそうな場所だと思う。

 ……こんな状態じゃなけりゃな。


「で、考えてきたの?」

「え、何を?」

「ぐ、グッとくる……とか何とかって言う……」

「ああ……あれね」


 正直に言うと、忘れてました。

 そんなことは言えない、なんて考えていたのだがその考えも一瞬で見抜かれたご様子。


「あと五分で考えて」

「は? いや、無理だろ。だ、大体俺たちお互いのことほとんど知らない様なもんだし……」

「何処まで知ったら満足なの? 体の隅々まで見たら満足する?」

「な、何言ってんだ。それもう、お付き合いして割と経ってるカップルとかじゃねぇのかよ、よく知らないけど……」

「やっぱり私なんかじゃ、ダメなんだね……」

「ま、待てって! そんなこと言ってないから!」


 まぁ、よくよく考えてみたら水洗慈さんからしてみれば、昨夜割と必死であのお母さんにあんなことを言ったのであろうと言うことはわかる。

 自分は親がいなければ何も出来ないわけじゃない、ということを少しでも証明したいのだろう。

 全部が正解とは思わないが、少なくとも反逆精神の様なものがあったんだとは思う。


 結果として俺はそんな彼女の覚悟を正面から打ち砕いた、というわけだから彼女が怒るのも無理はない。

 それに……全てがその反逆精神というわけではなく、純粋な好意であることはわかっているつもりでもある。

 だからこそ俺は、あんな風に勢いに任せたやり方ではなく、少し頭を冷やしてくれた方が、という意味合いも込めてあんなことを言ったわけだが……やり方がやや回りくどかったかな、と思って少しだけ後悔している。


「昨夜、うちによりくんを連れて行ったのはね、私のことを少しでも知ってもらいたかったからなの」

「知ってって……」

「私、よりくんとみっちゃんと皮被乃くん以外のクラスメートと絡んだこと、ほとんどないんだ」

「…………」


 そういえば、不思議に思っていた。

 こんなにも可愛らしい子が、クラスであまり話題にならないことが。

 普通に考えて、もっと持ち上げられて人気者になっていても不思議はない。


 それだけの愛嬌もあって、性格もよくてキャラもそれなりに立っている。

 それが何で、特定の人間とばっかり絡んでいるのか。

 それだけじゃなく、他の人間もシリアナ先生以外はほとんど話しかけようとかそういう意志を見せない。


「何でか知ってる?」

「いや……」


 確かに不思議ではある。

 いや、不謹慎かもしれないが俺からしてみたら水洗慈さんみたいな子が俺にべったりでいてくれる、というシチュエーションにときめきを感じるし、何となくこんな可愛い子を独り占め出来てるんだ、という優越感みたいなものを感じるから、このままでもいいかも、なんて考えてしまうのだが。

 

「昨日、私の家に来てどう思った?」

「どうって……広い家だなって」

「それだけ?」

「お母さん綺麗だなって」

「……死んじゃえ」

「えっ」


 素直な感想を言ったら死ねとか……ちょっとお口が悪いぞ、お嬢様……。

 いや、これもヤキモチなのかな、とか考えたらちょっと口元が緩みそうになるわけではあるが。


「昨日お父さんがいなかったのはね、傘下の組の……」

「え、ちょっと待って。組? 何それ。学校行ってるの、お父さん」

「……本気で言ってる?」

「…………」


 いや……俺たちのいる、一年A組とかみたいな組……とは違うわけですよね、そうなると……。

 という軽口すらも、口に出すことが憚られる。

 何故なら、俺の想像が正しいのであれば……というか多分正しいから。


「私のお父さん、ヤクザの組長なの」

「…………」


 聞くんじゃなかった。

 そう思う気持ちも正直ある。

 だけど、それ以上に思ったことがあった。


 どんな気持ちで、彼女はそれを打ち明けたのだろう。

 彼女が俺に対して持っている気持ちが、俺の思っている通りのものだとしたら。

 俺に避けられるかもしれない、と恐怖しながら、それでも自分のことを少しでも知ってもらいたい、という気持ちから意を決したのだ。


「びっくり、したよね。私もね、中学校でお父さんの関係でずっと避けられてたから、高校では気を付けてたんだけど……」

「うん……」

「同じ中学の子がいて、あっという間に噂が広まっちゃった」


 そう言った彼女の顔は悲壮感よりも諦観に近い表情に染まり、いつもならもりもりと食べている食事も昨日のことが後押しをしているのか、全くと言っていいくらいに進んでいない。

 しかしその話が俺の耳に全く入らなかったのは、何故なのか。


「よりくんが休んだ日にね、一気に広まったんだけど……皮被乃くんたちとシリアナ先生が一生懸命よりくんには絶対に言うな、って言ってくれてね」

「そんなことがあったのかよ……」


 何となく、俺が水洗慈さんと一緒にいるときに感じる疎外感というか、好奇の目というか……その正体がわかってスッキリした様な、逆に腹立たしい部分もあったりと、俺の頭の中も妙にゴチャゴチャしてくるのを感じる。

 気づいたら俺は、水洗慈さんの手を掴み、両手でぎゅっと握りしめていた。

 驚いた様な、どことなく嬉しそうな彼女を見て、俺は密かに決意した。

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