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4:クソ食らった俺でも、泣いてる女の子を連れ帰っていいですか?

「美味しかった?」

「あ、ああ……」


 きっと、俺は腹が減っていた。

 だから瞬く間に差し出されたパンを、人目も憚らずにペロリと一気に平らげてしまった。

 視覚で味わうことは出来なくても、嗅覚と触覚、それから味覚。


 それだけで食事は十分に堪能できるのだ、ということが今日、水洗慈さんのおかげで証明された。

 心なしか、水洗慈さんも満足そうだ。


「でも……もう、あんなことしちゃ、ダメだよ」

「あんなこと……ああ、あれか……」


 場所を変え、俺たちは公園で一息ついていた。

 彼女の言うあんなこと、とは昼間のあの事だろう。

 そう、俺にはうんこにしか見えなかったパン。

 

 あれを俺は教室内で床に投げつけた。

 思えばあの時、床にパンが接着しなかったのだろうか。

 もう既に胃に入ってしまっていることだし、気にしても仕方ないのはわかっている。


「そういえば、朝からって言ってたけど……」

「ああ、あの時さ、そういえば……あれ?」

「どうかしたの?」


 ここで俺は、朝と昼とに大きな違いがあることに気付く。

 朝、俺が見たのは、俺以外の家族の食事が至ってまともで、俺の分だけが皿や茶わんに盛りつけられたうんこだったと言う事実。

 しかし昼はどうだろう。


 パンを買った時、俺はそれがパンであると認識して手に取り、好みのものを購入したはずだった。

 一体何故、一瞬とは言っても元に戻っていたのか。

 そしてまた症状が出た時には、今度は食べ物という食べ物がうんこに見えていた。


「あ、そうだ……まだ少し足りなくない? 私、おやつにって持ってきたのがあるの」

「あはは、そうなんだ……でも、帰ったら飯あると思うから」


 辞退した理由としては、水洗慈さんがそれを食べたいから持ってきたのだろう、ということと母の飯を今度こそはちゃんと食わないといけないだろう、ということ。

 それからやっぱり何度も水洗慈さんがうんこを手にするところを見ているのは、精神的にくるものがある、ということだ。

 俺だってこんな風に人畜無害を装っていたって、健全な男子高校生なのだ。


 眠れず悶々とした夜を過ごす、というのは望むところではない、ということ。

 そう、新たな扉が開いてしまいそうになるのを、俺は必死で堪えている。


「まぁまぁ。こないだ助けてもらったお礼も出来てないし。良かったら食べて……えっ?」

「ん、どうしたの?」

「…………」


 愕然とした表情を浮かべ、わなわなと震えながら自らの手の菓子……だと思われるものを見つめる水洗慈さん。

 この世の終わりでも見てきたかの様なその表情は、普段見せる明るい表情からはかけ離れていた。


「何……これ。何で……」

「す、水洗慈さん? 大丈夫? 顔色すごいけど……」


 水洗慈さんの手から、ぽろぽろと零れ落ちるうんこ……多分お菓子。

 一体どうしたというのだろうか。

 あれだけ昼に激昂していたのに、自分から食べ物を粗末にする様なことをするなんて、尋常ではない。


「あの、あのね」

「う、うん……どうした? とりあえず落ち着いて……」

「私、うんくんの気持ち少しだけわかっちゃったかもしれない……」

「……はい? あとうんくんはやめよう……」


 水洗慈さんが一体何を言っているのか、俺にはわからない。

 俺の気持ちがわかるということは、即ち食べ物がうんこに見える、ってことなんだろうと思うが。

 ただ、それなら俺の様に取り乱して地面に菓子をぶん投げていてもおかしくはないだろう。


「だ、だったら何て呼べば……」

「いや、まぁそれは後で考えるとして……もしかして、その菓子? が違うものに見えてるってことか?」

「お、お菓子はね、普通なの。入れ物が……包装が、ね」

「…………」


 包装がうんこ?

 だとしたらそれはそれで地獄だろう。

 だって、うんこの中からお菓子が出てくるんだ。


 想像しただけでちょっと気分が悪くなりそうだ。

 けど、それなら包装を手に持ち続けている彼女は豪胆と言える。

 正直俺は、包装がきちんとされているうんこを持っていることさえ、耐えられなかった。


「包装が、お、おトイレなの」

「は? おトイレ?」


 正直な事を言うと、俺は水洗慈さんの頭がおかしくなってしまったのかと思うのと同時に、昼間の俺を見た時の水洗慈さんの気持ちが少しだけ分かってしまった気がした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「送ってこい、とは言ったけどうちに連れて来い、とまでは言ってないんだけどねぇ」

「……あー、とりあえず、色々あるんだ。今この子を一人にするのは、ちょっと危険かなって」

「便、あんた……その子に何したんだい?」

「し、してねぇよ!! ただちょっと話しただけで……」


 あの後、酷く取り乱した水洗慈さんは、焦点の定まらぬ目で俺を見て、どうしよう……と呟いてしまいには泣き出してしまった。

 女性経験皆無で、当然ながら童貞であるところの俺に、彼女を効率的に慰めてかつそんなつまらないことなど忘れさせてくれる! みたいなジゴロ臭い真似ができるはずもなく、色々考えて迷った挙句に辿り着いた答えは、連れ帰ってしまえ、だった。

 いやらしいことをしようとか、そういうことを夢見て連れてきたわけでは断じてなく、寧ろ逆だ。


 うちには女が二人もいる。

 不肖の姉とおっかない母。

 とは言え俺たちよりも人生経験が豊富で、彼女が見ているものに対する答えを導き出せるかはわからないが、それでも俺が一人で右往左往してるよりはずっといい。


 そう考えて俺は、後でボロクソに言われることを覚悟して、水洗慈さんを我が雲黒斎家へと連れてきたのだ。


「親御さんには、連絡したのかい?」

「あ、ああ。遅くなる分には構わないってさ」

「ふむ……じゃあひとまず、一緒にご飯にしよっか」


 軽く言ってくれたが、この母……水洗慈さんがどれだけ食べるのか、知らないんだろうなぁ。

 そう思って台所を見ると、普段の何倍だ? って言いたくなるほどの量の晩飯。


「おい、俺たちが来ることがわかってたみたいな量じゃね?」

「そうかい? 余ったら翌日にでも、って考えたんだけどね。けどあんたには超大量のうんこに見えるんだろ? あんまり凝視しない方がいいんじゃないの」

「…………」


 なるほど、俺へのお仕置きも兼ねているわけか。

 我が母ながら最っ高に性格悪いな、この女。


「え、何? 便が彼女連れてきたって?」

「ちげぇっつってんだろ。呼ぶまで出てくるな、人格破綻者」


 俺がそう呼んだ人物、大体お察しであろう姉。

 母によく似た、最悪の性格の持ち主で、弟である俺を異常なほどに溺愛している姉。

 溺愛してるくせして、その歪んだ愛情故に俺に向けられる嫌がらせの数々。


 今日もきっと、帰ったらひどい目に遭わされるんだろう、なんて考えていたが水洗慈さんが来てくれたおかげもあって、恐ろしさが普段の三割減くらいになっている。


「そんなこと言ってもいいのかなぁ……私、弟でも構わず食っちまえるんだぜ」

「…………」

「あの、雲黒斎くんってもしかして、お姉さんと……」

「はいはい、何を想像したのか知らないけど、違うからね。今日ので既に若干気が狂ってる人みたいな認識になっててもおかしくないのに、そこに輪をかけて近親相姦上等の鬼畜野郎になるのはちょっとどころじゃなく抵抗あるから」

「でもでも、気を付けないと……初めての相手がお姉ちゃん、なんてことにもなりかねないから……口には十分気を付けようか、便くん」

「…………」

「気持ち悪いこと言ってんじゃないよ。そんなことになったら、あんたら二人とも家から追い出すからね。早くこっちきて手伝いな、依織いおり


 はーい、と気のない返事をしながら姉は母に呼び出され、台所へと消えていく。

 嵐が去ったか……と呟きながら俺は、水洗慈さんが履く為のスリッパを取り出し、上がる様に促す。


「お、お邪魔します……あと、夜分にすみません」

「どうせ来ることになるの、わかってたんだろ……」

「え、そうなの?」

「異常なほどに勘が鋭いんだよ、うちの母。妖怪って信じる?」

「……ごめん、さすがにノーコメントで」


 出来上がるまでもう少しかかるから、と母は俺に水洗慈さんを俺の部屋に連れて行く様に言う。

 片付けとか、してたっけ俺。

 そう考え、変なことに使ったティッシュとか散乱してないよな、なんて想像して階下で待つ様に水洗慈さんに言う。


 普通ならここで、察してくれてじゃあ待ってる、となりそうなものだったのだが、今日の水洗慈さんは一味違っていた様だ。


「散らかってたら私も手伝うから、一緒に片付けよう?」

「…………」


 これは何を言っても無駄だ。

 彼女の頑固さは今日の昼間に散々目の当たりにしてきた。

 諦めて俺は、彼女を連れて俺の部屋がある二階へ。


 生まれてこの方、女子など家に連れてきた経験のないこの俺。

 そんな俺が、急遽仕方ない事情があったとは言え、水洗慈さんを連れてきてしまった。

 緊張に震えそうな手を必死で押さえつけ、俺は自室のドアを開けることにした。

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