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3:クソ食らった俺でも、青春してもいいですか?

 1300ccの巨大なバイクの後ろに俺を乗せ、母は走り出す。

 昔はこうして、良く買い物に連れていかれたりしたものだったが、いつからだろう。

 俺は気恥ずかしさなどから母の後ろに乗ることはなくなっていた。


「ほら、ついたよ。メットはここに置いときな」

「あ、おう……」


 母に言われてメットを置いて、俺はバイクから降りる。

 母が先に立って病院に入り、先日診てもらった先生の名を告げると、待合室で待つ様に言われた。


「で、何があったんだい?」

「んと……」


 俺は、覚えている限りの内容を母に話す。

 朝、俺が食卓で見たもの。

 昼になって俺が見たもの。


 明らかに頭がおかしくなったとしか思えない様な俺の発言を、母は眉一つ動かさないで聞いていた。


「なるほど……先生の言う通り、もしかしたら視神経とか脳にダメージがあるのかもね」

「いや、こないだの検査で問題ないって言われてたじゃん」

「もしかしたら後になって、ってことだってありえるだろ。お前の大事な水洗慈さん? だかも今朝言ってたんだろ?」

「だ、大事って、別にそんなんじゃねぇけど……」


 そうは言うものの、俺の中で今朝の様に真剣に……ちょっと狂った感じではあったけど、心配してくれていた、あの顔を思い出す。

 そして、昼に見せたあの絶望的な顔。

 別に友達百人とか作りたいなんて考えてはいない。


 誰か一人が必要としてくれて、思ってくれる。

 そんな関係が築ければいい。

 だけどそんなことを考えた時に、一番に浮かぶのが水洗慈さんの顔なのは何でなのか。


「あと……その水洗慈さんともめる様な事したって? こじらせると後が大変だし、ちゃんと話してお前から謝るんだね」

「…………」


 先生が言っていたことをまんま言われた気がするが、ここは母親ってところか。

 納得いくまで話せっていうのと、俺から謝ってしまえ、という大きな違い。


「まぁ、お前にとってそこまで大事じゃないってなら、別にそれでもいいだろうさ。だけど、お前の顔はそう言ってない。とりあえずお前の様子がおかしかった原因は何となくわかったし、今朝のことは不問にしてやるよ」

「あんだけボコボコにぶん殴っといて言うことか、それ……」


 今朝の惨劇を思い出していると、病室から呼び出しがかかる。

 でかい音声でフルネーム呼ばれると、恥ずかしさ倍増だ。

 しかもたより、じゃなくてべんって読みやがって……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ふむ……というと、今朝から食べ物が全て排泄物に見える、と」

「……まぁ、そうなりますかね」


 隣で話を聞いていた看護師のお姉さんが、笑いたいのを懸命に堪えているのが見える。

 そんな看護師さんを見て、母は笑ってもいいんですよ、なんてほざいているから笑えない。


「もう一度検査しときますか。あと、見た目だけですか、変わっているのは」

「と、言いますと?」

「臭いや味は?」

「……普通だったと、思います。もっとも味に関しては朝から食べてないから、わかりませんけど」


 そうだ、臭いは普通にパンだった。

 朝飯だった。

 ってことは、この医者の言う様に食感や味、構成しているものは普通の食べ物だったりするのではないだろうか。


「いずれにしても、食べずに生きていくなんてことはできませんから……その病気が治るまでは、ある程度の工夫をしてみてはいかがでしょうか」

「え、これもう病気で確定なんですか?」

「そうですね……少なくとも正常な状態とは言えないでしょう。聞いたことがありませんか、思春期症候群という病気を」

「…………」


 聞いたことがある。

 というか、それを題材にしたラノベを俺は読んだ。

 しかし……あれは後々になった時、笑い話で済むかもしれないが、俺のが同一だとした場合に、後々笑って話したら、相手によっては俺が狂人みたいに思われるのではないか。


 そう考えると、とてもじゃないが同じに考えたくはない気がする。

 大体、思春期症候群自体が公に認められた病気じゃないんじゃなかったか。


「まぁ、ガキにありがちなバカな病気、ってなところですか」

「えっと……言い方は酷いと思いますが、大体合ってます」

「だけどあれって、精神的に何か抱えてるからとかそういう原因でかかるんじゃないんですか」


 そうだ。

 俺は特に精神的に抱えている重い問題なんてものはない。

 だとしたら、俺はそう言ったものからいの一番に除外される対象になる気がする。


「人間は自分でも気づかずに何か抱えて生きている、ということも珍しくありません。便くん、君が気づいていないだけということは良くあります。一時的なものかもしれないし、治らないかもしれない。だけどどちらにしても、ナメてかかると痛い目に遭う事だって考えられるんですよ」


 かなり真剣な様子で、医者は俺に訴えかけてくる。

 さすがは医者の言うこと。

 説得力があるぜ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 結局俺は飲むタイプの鎮静剤と、頭痛がした時用ということで鎮痛剤を出されて、この日は帰宅することになった。

 外に出ると既に暗くなっており、人影もまばらになっている。


「ここからだと、歩いても帰れるね」

「ああ、まぁうちからだと学校よりこっちの方が近いからな……って何だよ、置いて帰るのかよ」

「まぁね。あんたと一緒に帰りたいって子がいるみたいだからさ」

「え?」


 母が顔を向けた先にいたのは、申し訳なさそうな顔をした少女。

 気恥ずかしそうな顔をしながら、その少女は俺の元まで歩いてくる。


「水洗慈さん……」

「えっと……お昼の時、ごめんなさい」

「いや……」


 会ったら母の言う通り、謝ってしまおう。

 そう考えていた矢先に先手を取られた形で謝られる。


「さて、若い二人に任せて老骨は帰るとするかね。便、ホテル代持ってるのかい?」

「あ!? そ、そういう相手じゃねぇから! いいからもう帰れよババァ!」

「……お前、後で覚えておきなよ。お嬢さん、うちのバカを頼んだよ。あと、お嬢さんをちゃんと送って帰ってきな」

「あ、はい……」


 バカを頼むって言われてそのままはいって言われると、やや複雑な感じがするけど、ここはぐっと堪える。

 何しろ俺はこの後、母親にまたボコられるかもしれないのだから。

 そんなことを考えている内に母はV-MAXを走らせ、颯爽と消えていく。


「えっと……ワイルドなお母さんだね」

「ま、まぁね。それより……よくここだってわかったね」

「うん……シリアナ先生に聞いたの」


 女の子の口から、シリアナとかいう単語が飛び出してくると、男の俺としてはややくるものがある。

 もちろん水洗慈さんに他意などあるわけもない、ということは重々承知しているのだが、先ほどまで割と壮絶なバトルを繰り広げていたということなど忘れてしまいそうになる。


「あ、その……さっきは俺の方こそ、ごめん。結構強い言い方しちゃって」

「ん……それはもう、いいんだけど……大丈夫なの?」


 心配そうな顔をしながら、彼女がカバンを漁って取り出してきたのは、先ほど俺が床に叩きつけたパン。

 丁寧に空気が入らない様にと袋の口がセロテープで止めてある。

 何でパンだとわかったかって?

 

 彼女がうんこを手づかみして俺に渡そうとか、そんな悪意に満ちたことをするとは考えにくいからだ。

 言ってしまえば、彼女がうんこを手づかみしているという事実は俺の目から見て明らかなのだが、時折病院から出てくる人らが彼女を見ておかしな顔をしないということが、その証拠と言える。

 つまり、おかしいのは俺の方なのだ。


「その、今日のお昼、一口も食べてなかったよね。朝は、食べたの?」

「いや……実は俺がおかしいのって、今朝からだったから。あの母親に暴言吐いてボコボコにされた」

「あはは、何それ……って、食べてないんじゃ、お腹空いてるでしょ」


 そう言って水洗慈さんは、パンをちぎって俺の前にかざす。 

 千切られた一口サイズのうんこ。

 俺にはそうにしか見えないのだが、彼女からはそう見えない。


「あの、ね。目で見ちゃうとそう見えるんだったら……目、つぶって」

「……はい?」

「だ、だからね? 私が、食べさせてあげるから」

「…………」


 何だ、何なんだ。

 一体俺の目の前で何が起こっている? 

 しかもここは割とまだ多くの人が行き交う病院の玄関からそう離れていない。

 

 青春小僧が、とか思われているかもしれない。

 割と年寄り多かったし、もしかしたら微笑ましい、くらいに思われているかもしれないが。

 どちらにせよ、水洗慈さんがしている提案は、私があーんしてあげるから目をつぶって黙って食べなさい、というものだ。


 俺の人生に、こんな輝かしい瞬間が訪れるとは。

 これが夢なのではないだろうか、なんて考えてほっぺたを力いっぱいつねってみるが、やはり痛い。

 しかしまだだ、この程度の痛みは夢の中でも味わうことは可能だ。


 そう考えて今度は舌を噛んでみる。


「あっぐ!!」

「ちょっと!? な、何してるのもう!!」


 力加減を明らかに間違えた。

 口の中で出血して、もう口の中が血の味しかしない。


「い、いやその……夢なんじゃなかろうかと」

「もう、バカなんだから……。どうするの? 病院にまた戻る?」

「い、いひゃ……へーひ……」


 せっかくのあーんタイム。

 ここで逃す訳には行かないだろう。

 口の中の血液を一気に飲み下し、俺は目を閉じる。


「お腹壊しても知らないよ、もう……」

「…………」


 口にパンの柔らかい感触が伝わってきて、俺の口をこじ開ける。

 そうしている間にも俺の口の中は血の味でいっぱいになっているわけだが、パンの味、そしてパンにはさまれていたチョコクリームの味は、しっかりはっきりと感じられた。

 俺が生きてきて、おそらくは一番幸せだった時間。


 しかし、本当の地獄はここからだった。

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