・貴族のとりすました顔ばかり見ていたから素直でまっすぐでかわいいところにグッときたという
一度これのみ短編で投稿しましたが、こっちに合併。
私の婚約者はこの国の王子だ。金髪碧眼で顔のいいその殿下は、同じ貴族学園の制服を着た女子生徒と学園の中庭でこそこそと逢瀬を重ねている。相手の調べはついている。商会で成り上がった男爵家の令嬢だ。
肩をすくめてあきれた表情の側近候補たちを遠巻きにして二人だけで話す姿を、私も何度か見てきた。
そして今も。
婚約者である私といるときはいつも厳しい顔をしているのに、今はふにゃけた気を許した顔で女子生徒と話をしている。
私とのお茶会ではろくに目も合わせてくれず、時にため息をつき、話しかければ事務的な返事だけの婚約者の王子。
私に対してあんなに心を開いた顔を見せてくれたことはない。
婚約当初の幼い時分は王子と自分の関係がよくわからず、なんかつまらないけど顔はいい男の子ねと思っていた。お人形だと思えば動くだけ面白い。
着せ替え人形にして遊んだりしても、むすっとした顔のまま、でも文句一つ言わない婚約者。
ある日それを見ていて天啓を受けた。
そうか、これが政略結婚というものか。と。
気の合わない相手にも合わせて付き合う。それが政略結婚なのね。
幼心に理解した。
そう割り切っていたけれど。
愛とか恋とか以前に人として、自分には笑顔もむけてくれない幼い頃からの知人が、他の人にはにこにこ笑いかけてるとか普通に哀しいですよね。仲良くなろうと一緒に出かけたりプレゼントを渡し合ったりしても全く態度が変わらないのに。不愉快ですよね。
はぁ、とため息すれば、共にいてくれる友人にそっと手を握られる。いたわりの視線と目があって笑顔を交わした。
「ありがとう。もう行きましょう」
「ええ。私は何があっても味方ですからね。ユーリィンさま! 元気出していきましょう! 男より女の友情ですわ!」
言ってウインクしてくれる彼女の明るさに救われる。
そして場を離れようとしたとき、なにやら王子たちが大声で騒ぎ始めた。
「いい加減にしてください! ぐじぐじぐじぐじ! はっきり言えばいいだけでしょう! 婚約者だっていうのにそのくらいも言えないなんて、このヘタレ! もういや!!」
「リリー! 待ってくれ! 見捨てないでくれ!!」
「ついてくるなー!」
「リリーーー!!」
全力疾走でどこかへ行く女子生徒と、それを追いかけて追いつきそうな勢いで走る殿下を見送る。
ざわざわと周囲で噂話が広がる。
「ケンカかしら」
「はっきり言えば? とは、まさか婚約の白紙を……?」
「ああいう女性がお好みなのね殿下は」
「元気でよろしいですけれど」
「まぁかわいいといえばかわいいですが」
「侍女くらいならあれでもいいと思いますけどね」
「淑女科の生徒でもないのですよ」
「まぁ、ではどこの」
「確か社交科だったかしら」
うんぬんかんぬん。
貴族のとりすました顔ばかり見ていたから素直でまっすぐでかわいいところにグッときたのだろうと、皆の噂だ。
そして学園の夏の休校前パーティで、ついに殿下は私を見て声を張り上げられました。
「大事なパーティの前にすまないが。どうしても今ここで言いたいことがある。聞いて欲しい。ユーリィン・ウォルテ侯爵令嬢! 私は!」
好きな人ができたので婚約を解消したい。と仰るのでしょうか。この婚約は好き好きでどうにかしていいものではないというのに。
「わた、私は……私は!!」
言うなら言うでスッキリ早く行っていただきたいわ。いかに無理か突きつけて希望を叩き落として差し上げますわ。
「私は、なんですの?」
「わ、私はぁ……!!」
ぐっと意を決した顔で殿下が私を見た。
「私は! 君が好きだ!!」
「んん……?」
うううん? 今なんとおっしゃいまして? 耳慣れない言葉がありえない人から出てきてちょっと音が耳から脳に届かないわ。
殿下は顔を真っ赤にさせたまま、叫ぶように言います。
「まなざしとか顔とか美しくてすごく好きだ! 賢いところも素敵だと思ってる! 仕草が綺麗なところもすごいかわいいっ好きだ! 仲の良い令嬢と楽しげに微笑みあって話をしているときの笑った顔なんてかわいくて、遠くから見ているだけでも私は胸がいっぱいになる! その紫の瞳にじっと見つめられると私はドキドキして熱が上がって、もう、こう、カーってなって、わー! ってなるんだ! それですぐ逃げたくなるのだが、精一杯こらえてその場にとどまっていたんだ。だがその顔がむすくれていてとても好意は伝わらないと侍女たちにも指摘されていてな、しかしなかなかどうして緊張してしまって! だめなんだ! 君を見るともう、わー! ってなるんだ。好きなんだ……好きなんだ! 私が君を嫌っていると思われているのも知っているし、そのせいで君に嫌われ……き、きらわれ……嫌われているかもしれないかもしれないかもしれないという話はちょっと、たまに、うっすらと考えたり、聞くことがあるが……」
ずぅん、という効果音がつきそうな勢いで落ち込む殿下。
この方、こういう性格だったの?
……ちょっとかわいいわ。
「私はバカだし空気読めないとよく言われるし、次の王なのにあまり尊敬されていないし、君に心からの笑顔を向けてもらったこともないし、君が私と結婚するのは嫌々かもしれない、が、でも私は君が好きだ! 嫌われていても好きだ! 大好きだ! 大好きだぁ!!」
「そう、ですか。光栄です」
「大好きだっ!」
もうそれしか言わないわこの王子。
なんだかもう、何が起きているのか頭がついていけていないわ。がんばれ。がんばるのよ私。頭を働かせて、そう、こういう、えっと急襲? を受けた時は、まず安全確保と状況確認。および周辺の人々の状況の把握ね。とりあえず状況確認しましょうか。
「それでなぜそれを今この場でおっしゃられたのでしょうか」
「今だからというわけではなく、ずっと言いたかったのだが! ずっと言えなくて、今日この場の勢いを借りてみた!」
「そうですか。ありがとうございます。お気持ちはとても嬉しゅうございます。が、つまり学園のパーティーという場を私的利用したということで、私からも皆に謝罪いたします。私達のごたごたに巻き込んでしまってごめんなさい。後日、私の方からも謝罪の品を贈らせていただきますね」
周囲で見守る紳士淑女の皆様が、合意するようにその場で一礼して見せてくれた。
「ですが、すでに乱された場です。みなさまも気になっているでしょうから、殿下、ひとつお聞きしてもよいでしょうか」
「な、なんだ! じゃない。なんだね? じゃない、なんだい?」
話し方の学習中なのかしら。
「……殿下はここのところ、そちらの男爵令嬢の方と仲睦まじくしておられましたが。その方のことをお好きなのではないのですか?」
王子は青空からヒョウが降ってきて頭に衝突した! みたいに目を剥いて驚いた。
「リリーを!? 私が!? そんなことはない! 私はユーリィンが好きだ! 好きだ!! ふふふ。一度言ってしまえば吹っ切れて何度でも言えるな! 好きだユーリィン!! 大好きだー!!」
途中から本題忘れて嬉しそうに言っている。
「……左様でございますか」
「うむ! あ、でも、あまりそんなに見ないでくれ、血がのぼって爆発しそうなんだ」
殿下はにやけ顔を片手でおさえて言う。
「……」
──本当に誰なのよコイツ。
おっと、あらあら、心の言葉が乱れてしまったわ。でも影武者な気さえしてくるのですよ。そうは見えませんが。うう〜ん。
「発言をお許しいただけますか」
そこで一歩進み出てきたのは、殿下の後ろでハラハラした顔で見守っていた、件の男爵令嬢。
桃色のふわふわの髪に茶色の瞳の、かわいらしい砂糖菓子のような女の子。
「許します」
「ありがとうございます! またご挨拶申し上げます。私ハーフベリー男爵家の娘リリーと申します。私はずっと、ずっと、ずっと」
美少女は両手を握りしめ、ためにためて言う。
「ずーっと、訂正したかったのですけれど! 私と殿下は恋仲ではないですから!! 私こんな好きな人に冷たい態度とっちゃう男性ではなく、もっとスマートに口説いてくれる男性が好みなので! 絶対に違うので! そこの誤解をぜひ、ぜひ! この場で解いていただきたいです! 私にはこの殿下を素直にする大作戦を共に乗り越えてきた、す、好きな人が、他にいますのでっ! そこのところ勘違いなきようお願いいたします!」
「ま、まぁ。そうなのね」
そんなことを叫ぶ彼女の後ろ、殿下の側近候補たちもウンウンとうなづいている。
その中の一人、不思議とまだ婚約者が決まっていない伯爵令息が、熱い視線で彼女を見ていることに私は気がつきました。
なるほどなるほど。
青春の匂いを感じますわ。
「何度、途中でやめたいと思ったか分かりませんが。殿下に恩を売るこのチャンス、せめてものにしてみせようとがんばりました! 殿下は言葉の扱いがそれはもう下手、うーん、えー、あまりかんばしくなくてですね、それで誤解を周囲に与えておられるうえにご本人すらも無自覚というあまりにもあんまりな状況でしたので、わたくしが国語を全力指導いたしました!」
「なるほど」
「学園パーティーという場をお借りしたことは謝罪申し上げます。ですが学生生活の大部分を、殿下の恋人と勘違いされてめちゃくちゃにされながらも耐えた私の努力の成果がやっと実り、感無量でございます!」
「苦労されたのね……」
「なんど殿下の本音を代わりにぶちまけてやろうと思ったことか……! ですがそれで本音が知られてしまえば、ウォルテ侯爵令嬢さまに告白してあわよくばラブラブになるという、殿下の努力を引き出す鼻先の人参を失うも同義。耐えました!」
「とても苦労されたのね……」
「はい! なのでどうか殿下を見捨てないでくださいー! 私のためにも! お願いしますお願いします!」
「元より見捨てるつもりなんてなくてよ。ご安心なさって」
「わぁ! さすがです! 素敵です!」
美少女の隣で、殿下もパァっと輝くような笑顔になりました。
「末長くよろしく頼むユーリィン! やったー!」
「で、殿下、殿下、やったーはまずいです。やったーは王子は言っちゃダメです」
コソコソとフォローする男爵令嬢と殿下の姿に、会場からくすくすと笑い声が上がります。私もくすりと笑って、殿下の前へ進み出ました。
「殿下」
「ひゃい!」
「これからもよろしくお願いいたしますね」
「はい!!!」
元気でよろしい。
パチパチと拍手があふれ、私たちは皆様に手を振って応えます。その後もパーティは大いに盛り上がりました。会場の外のバルコニーで、伯爵令息があの男爵令嬢に告白しているところを殿下や側近候補たちとみんなでこっそり見守ったりもしました。
ご婚約おめでとう。
そんなパーティの後も当然、私と殿下は婚約者のままです。
しかし昔と違って今は二人で城下へデートへ行くようにもなりました。かつて王子然としてキリッとしていた殿下はいなくなり、顔を真っ赤にしたり私を見つめすぎて転びそうになったりしながらエスコートしてくれる殿下との日々はとても愉快で、そして幸せです。
かつて学園で、殿下はリリーさんの貴族らしからぬ素直でまっすぐなところにグッときてしまったのかもしれませんね。と非難を込めて皆が話していた記憶があるけれど。
私はもうその言葉で誰かを非難できませんわね。
貴族のとりすました顔ばかり見てきたから、素直でまっすぐでかわいいところにグッときてしまったのだもの。
「殿下が婚約者でよかった」
私はスマートな男性より、殿下くらいまっすぐな人がいいわ。めんどうなところはあるけれど、みんなが助けてくれるからそれも楽しいと思えるの。ありがたいことね。ふふふ。
知らなかったわ。恋がこんなに幸せだなんて。
ダメなところがかわいいと思えてしまうものだなんて。
恋は盲目とはよく言ったものね。側近の重要性をよく理解したわ。
これは危ないわ。何でも許しすぎて間違ったことをしても気が付かなそうなんだもの。注意してくれる人ってとっても必要で、ありがたいのね。