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第30話・今、話せることで笑いあおう

 「あけましておめでとうございます」

 「右に同じくー」

 「以下どーぶーん」


 …なんで二人とも初めて訪れる、それも結構なお屋敷でこんなにフランクになれるんだろ?わたしなんかいまだに身構えるっていうのに。

 というかそれ以前にお行儀悪いよね。


 「…友だちの家に遊びに来たのなら普通なのでは?」

 「っすねー」


 そりゃまあね。でも秋埜なら分からないでもないけど、なんで今村さんまで、って声かけたのは確かにわたしだけどさー。




 新年明けて、二日。

 わたしにとっては恒例の、緒妻さん家での新年会、というか保志家の家族がごく親しい間柄の知人友人を招いて催すちょっとした宴会に、わたしは秋埜と今村さんも誘ってみたのだ。

 秋埜については緒妻さんとも面識があるし、緒妻さんの友人枠で問題ないと緒妻さんのオーケーは出た。

 で、今村さんはどうなのだろうか?とお伺いたてたところ、「お麟ちゃんのお友だちなら大丈夫よ」と即答。さすが緒妻さん、と言いたいところだったのだけれど…。

 初っぱなからこれだとちょっと不安が先に立つわたしだった。

 まあ気取らないのがいいトコな子だから、後で言い含めておこう。いつかの罪滅ぼしも兼ねてのことだから、叱られるならわたしにしてもらえばいいし。


 「いらっしゃい、お麟ちゃん、秋埜ちゃん…と、今村さん?」

 「はい。今村基子と申します。図々しくもお邪魔して申し訳ありません。末席を汚さないよう心がけますので、本日はよろしくお願いします。これはつまらないものですが、母より心付けとして預かってまいりました。どうかお納めください」


 ………え。

 かばんの中から小さな風呂敷包みを取り出し、すごく丁寧な動作で包みをひらいて中身の折り詰めを緒妻さんに渡す今村さんを、わたしはぽかんと見るしかなかった。


 「あらあら、ご丁寧にありがとうございます。…というか、別にお麟ちゃんと秋埜ちゃんのお友だちなんだから、そんなに気を遣わなくてもいいのに。さ、上がってちょうだい」

 「はい。ありがとうございます。…あっきー、先輩。いくよー」

 「あ…う、うん………あの、秋埜?」

 「あー、もっちーの家はですねー、お母さんの実家がなんかの作法の師範だとかで、あーいうのはけっこーうるさく仕込まれてるらしーんすよ。普段は反動ってとこですかね」

 「……意外だ」

 「っすよねー」


 人は見かけによらない、なんて失礼の極みの言い草が思わず頭に浮かぶくらい、驚かされたわたしだった。


 「ほいじゃうちらも行きますか。お邪魔しまーす」

 「…そーね。お邪魔します」


 三人並んで靴をぬぐと、下足番の人が下駄箱に揃えてくれた。

 もちろん普段からそんな人がいるわけじゃなくて、正月の来客の多い間だけ雇っているらしいんだけど。まあわたしにはよく分かんない世界だ。

 緒妻さんは、いつも通りにまずお爺さんに引き合わせるためにわたしたちを先導する。

 これは来客が誰であっても、大人だろうがわたしたちのような子供だろうが一緒で、お爺さんに新年のあいさつをするのだ。

 お爺さんは大人には厳しいけれど、子供にはとても優しくて、最初にちゃんとしたあいさつをすれば、子供組にはお年玉というご褒美があるのだ。

 まあ昔気質(かたぎ)の人だからそんな大金ってわけじゃないけれど、小学生の頃なんかはこれが楽しみだったものだ。


 「…それにしても緒妻センパイ、お家では和服なんすねー。割烹着がよく似合いそーっす」

 「あら、これは正月の間だけよ。いつもは普通にお洋服よ」


 わたしだけに聞こえるような声での秋埜の感想はしっかり耳に入ってたみたいで、緒妻さんは振り返ってイタズラっぽい笑みを浮かべていた。そして、


 「振り袖は着けないのですか?」

 「あんな堅っ苦しいもの」


 今村さんの問いにも、だめだめと手を振りながら応える。

 今この家だと振り袖を着けられる未婚女性は緒妻さんだけから、周りはきっと着せたいんだろうけどね。わたしたちの呼ばれない親族だけの元旦の集まりとか、お仕事関係だかの集まりの三日なんかは着させられるんだろーなー。


 「うーん、うちも見てみたかったですねー、緒妻センパイの振り袖姿」

 「じゃあ秋埜ちゃんが着てみない?着付けなら私が出来るし」

 「うえぇっ?!…い、いやー、うちはそんな柄じゃないといいますかー」

 「一度くらい着てみた方がいいと思うんだけどなあ…人生で振り袖着けるのが成人式と大学の卒業式だけなんて、さみしーものじゃない」

 「あー、いやでしたら麟子センパ…」

 「ずぇっっったい、イヤ!!」

 「…あー、そすか」


 一昨年着せられて大変なことになったのだ。その辺の思い出したくもない出来事については、そのうち語る機会が訪れたら全力で阻止してやる。


 「……センパイ、どーしてもダメすか?うち、センパイのきれーな姿、見てみたいんですけど」


 ………そんなかわいい顔してもダメなものはダメ!……だと思う。




 「はい、じゃあ子供組はこの部屋で楽しんでいってね。すぐわたしも来るから」

 「あれ?今日はいいんですか?」

 「受験生特権で免除してもらっちゃった」


 お爺さんへのあいさつを済ませてお昼ご飯をご馳走になり、それから「子供部屋」にわたしたちを案内してくれた緒妻さんは、例年なら大人の席に顔を出さないといけないところを、ズルをしました、って顔で笑っていた。

 まあこれからこの場で起きることを思うとどっちが大変なのか、って疑問はあるのだけれど。


 「その代わり今年からは大智が半分大人扱いなのよね。だからこっちに来られるのはちょっと遅れると思うわ」

 「うわぁ…大智もごしゅーしょーさまだぁ…」

 「うん?どーいうことです?」

 「ああ、ほら大智は緒妻さんの許婚、ってことになってるから、もう親族扱いなんだよね。で、緒妻さんのお兄さん二人が帰省してるから…」

 「…なるほど。チー坊もただで美人の姉さん女房もらえるわけじゃないってことですか。…センパイ、そっち見に行きません?」


 本音を言えばわたしもそっちに興味はある。けどまあ、今日のわたしたちの仕事はこれからなわけで、そーいうわけにもいかない。


 「それは大智がきてからたっぷりいじってあげよ?秋埜と今村さんには期待してるからね。それじゃ、入ろうか?」

 「え?センパイ、うちたちに一体何をさせる気で…っていうか、この中から聞こえる騒ぎって、まさか…」

 「おー、何やら懐かしくも忌まわしい賑わい。先輩、それがしを招いたのはこれが狙いでしたね?」

 「正解。頑張ってね、今村さん」


 いつものこととはいえ、怖々と襖を開ける。

 その先に居たのは…。



 「あーっ、リンコが来たーっ!」

 「すっげー!なんかまだおんなつれてきたぞーっ!」

 「来たなガキども。一年ぶりだなーっ!」

 「リンコー、はやくおれとけっこんしてくれよー」

 「プロポーズするならオムツが取れてからね。おねしょはもうしなくなった?」

 「おれおねしょなんかしねーよ!」

 「あははは」



 …今日の宴席には出ていない、保志家の親戚の子供連中なのだった。


 「あ、あのセンパイ…もしかしてうちらって…」

 「そ。この子らのお守りもわたしたちの役目ってこと。お年玉結構もらったんでしょ?もらった分は働こ、秋埜?」

 「は…謀られた…」


 人聞きが悪いなあ。何があるか言っておかなかっただけじゃない。


 「よーし一人ずつとは言わない。まとめてかかってこいやーっ!」

 「おー、なんかしんいりがすげーこといってる!」


 一方、今村さんは急に生き生きしだしてた。弟が二人、って聞いてたからもしかして、と思ってたけど、なんだかそれよりもずっと元気なのだった。


 「うー…今からでも振り袖着付けてもらった方がいいかもしんない…うち、子供って苦手なんすよ…」

 「はいはいぼやかない。将来自分の子供が産まれた時のために慣れておくのもいーでしょ?」

 「うち子供なんか産みませんもん…」

 「そーいう寂しいこと言わないの。ほら、秋埜いこ?」

 「うー…」


 まだぐずってる秋埜を引っ張って、子供の群れに投げ込む。

 なんだか恨みがましい悲鳴が聞こえてきたけど、気にしない気にしない。


 「これが、サソリ固めだーっ!」

 「うおーっ!ぎぶ、ぎぶだってばっ!ちゃぱつのねーちゃん!」


 …今村さんと足して三で割るとちょうどいいんだけどなあ。




 さて。

 子供たちは秋埜と今村さんに任せて、わたしはそそくさと子供部屋を後にする。実際、子供たちのお母さんもいるんだからそんな無茶なことにはならないと思うし。

 一人で、静かな方に向かう。

 今このお屋敷に人が何人いるのか知らないけど、それでも人の声はどこか遠くにしか聞こえない。

 …子供の頃は、大智を引き連れて冒険ごっことかして遊んだっけなあ。どこかの迷宮を探検してるみたいで、大智は迷子になったー、ってすぐ泣き出していたっけ。


 「…ふふっ」


 そんなことを思い出して、誰にともなく笑いがこみあげる。

 なんだかなあ。大智に告白する前よりもずっと楽しく、昔のことを思い出せてる。心は静謐で、悟ったみたいに静かなまんま。

 きっと、大智の声なんかが聞こえても、って思ったら。


 「…人の気も知らないでこんなとこで何やってんだよ、リン姉」


 噂をすればなんとやら、っていうよりも、なんだか予感があたった感じ。


 「ちょっとねー。子供の時を思い出してひたってた。それよりもういいの?」


 声のした方を振り向きもせず、お庭の見える廊下に腰を下ろす。床板が冷たいけど、日が当たる分心地いい。


 「京司さんが酔っ払って絡むもんだからさー…」


 と、大智もわたしの隣に座る。そんな様子に不自然さは全然無くって、わたしの気持ちもなんだか穏やかなままだ。

 実のところ、お昼の会食の時も大智は家族の席に混ざってたから、今日こうして会話をするのは初めてだったりするのだけれど。


 「そのうち俺にも呑ませようとしてきて、哲蔵じーさんに叱られてたから、隙を見て逃げ出してきた」

 「あとがこわいよ?」

 「知らないって。後のことは後のこと」


 逃げ癖がつくとなかなか治らないよ、ってアドバイスしようと思ったけれど、大智だってわたしには言われたくないだろうなあ、って思って止めておく。

 その代わり、横顔を盗み見ようと視線を向けると、右足を投げ出した恰好だった。


 「…脚、もう大丈夫なの?」

 「ああ、いっぱい歩く時はまだ器具がいるけど、家の中とかなら外してられるようにはなった。それよりさ、走れない分上半身の筋トレに力入れてたら腹筋が六つになった。あと二の腕が二割くらい太くなった。すげーだろ。見る?」

 「見ない」


 自慢したくて仕方ないように上着の裾をまくろうとしてたので、冷たい目で睨んでやったら、しゅんとなった。


 「…ぷっ」

 「笑うなって…」


 なんだかね。こーやって大智とつまんない話して、自分がこんなに穏やかになれてるのが不思議。ちょっと前までいっぱいかき回されてたのにね。

 そうしていると、大智がなんだか言いにくそうにモゾモゾとする気配。

 来るな、これは。


 「………あのさ、リン姉」

 「ごめん、とかいったらぶっ飛ばすわよ」

 「…ずりい。謝らせてもくんねーのかよ」

 「フラれた女の子はね、振った男の子には何を言っても許されるものなの」

 「一方的すぎね?」

 「だから、緒妻さんを振ったりしたら殺されたって大智は文句言えないんだからね。覚悟しておくこと」

 「しねーよ。そんなこと」


 静かだけれど、力強い宣言。

 ホント、大智らしくてニヤけてくる。


 「大事にしてあげてね」

 「分かってる」


 その一言で、わたしのなかのひとは思い出になった。

 うん。さよなら、わたしの大智。




 「………もー、二人して雰囲気作ってるもんだからなかなか出られなかったじゃないのー」


 そうして揃って黙っていたら、緒妻さんが拗ねた声をあげながら姿を現した。


 「え…っ、いやあの、オズ姉、俺は別に何も…」

 「…そこでお麟ちゃんのせいにするよーな甲斐性無しは叩き出すわよ?」


 ジロリ。

 擬音が聞こえそうな眼差しだった。

 その一睨みで萎縮しまくる大智。うーん、緒妻さんがベタ惚れかと思ったらもう既に尻に敷く風格。大智苦労しそうだなあ。


 「はい、お茶。三人分持ってきたから、しばらくここでくつろぎましょ?」

 「そーですね」

 「あ、あと大智。今日はもう放免だから。戻らなくていいわよ」

 「マジ?!…あー、助かったあ……」

 「その代わり、明日は京司兄さんの名代をすること」

 「マジ?!…あー、死んだ……」

 「しょーがないでしょ、京司兄さんが爺さまの逆鱗に触れちゃって、松の内は謹慎すること、って言い渡されたんだもの。大凡おおよそは志郎兄さんが仕切るから、大智は隣で座ってるだけでいいわよ。…脚だけは大事にしてね」

 「…りょーかい」


 意気消沈する大智と、それを気遣う緒妻さんを交互に眺めながら、わたしは少しぬるくなったお茶を頂いた。わたし好みの、ちょうどいい温度だった。




 それからしばらくの間、小さい頃の話に花が咲いた。

 子供の時を互いに知ってて、その時分の話にまだ照れがある時に話が出来るっていうのは、きっと大人になった時のいい思い出になるんだろう、って思う。

 その中に秋埜の姿があったこともわたしを少し喜ばせて、わたしが知らない秋埜の姿を、一生懸命思い出しながら話してくれる大智には結構感謝をしたものだ。

 秋埜。

 今居ないのが、少し寂しい。

 …いや、自分で置き去りにしといて言える台詞じゃないんだけど。

 そんなことを考えてるわたしの様子に思うところでもあったのか、大智はまた今度、秋埜も交えて話をしよう、って言ってくれたのだ。


 「そうだね。でも緒妻さんもそろそろセンター試験でしょ?大丈夫なんですか?」

 「もうやれるだけのことはやったわ。人事を尽くして天命を待つ、よ」

 「天網恢々疎にして漏らさず、の方だったりしてなー」

 「…大智。それどういう意味?」

 「勉強以外にかまけてた時期が長すぎやしないかな、って…ちょっ、オズ姉お盆は禁止!俺動けないんだからっ?!」

 「問答無用!」


 …ほんと、仲良いなー、この二人は……っと、スマホにLINEの着信。


 「あ、秋埜だ…って、そろそろ助けに行った方がいいかも」

 「ん?」

 「ほら」


 と、わたしは真剣白刃取りの要領でお盆を受けてる二人にスマホの画面を見せる。


 「あら。『せんぱいたすけて』。そーね、そろそろ潮時かしらね」

 「うあ、助かった。さんきゅーアキ」


 …こんなことで感謝されたんじゃ、秋埜も不本意だろーなあ。

 でもまあ、わたしもそろそろ罪悪感ってものが沸いてきたから、巻き込まれにいってあげますか。

 わたしは空になってた湯飲みを、緒妻さんのお盆にのせると、立ち上がって子供部屋の方に足を向ける。


 「お麟ちゃん、わたしは大智を逃がしてから行くからね」

 「はあい。あ、そろそろ子供れんちゅーも疲れて寝入る子がいるかもしれないので、毛布か何かお願いします」

 「任されたわ」

 「じゃね、大智。また」


 二人に背を向けたわたしに、大智がふと思い出したように声をかけてくる。


 「あのさ、リン姉。俺からも一言」

 「なに?」


 振り返って、何やら真剣な大智の顔を見る。


 「…リン姉、アキのこと大事にしてやれよ」


 よけーなお世話です。


 わたしはおもいきり、あっかんべーをしてやったのだった。 

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