悪役令嬢?のダンジョンマスター その2
短編形式第二弾です。
いきなり読むと誰だコイツらとなりますので、読み終わってからでも良いので第一弾もお読み下さい。
私は震えている。
恐怖でじゃない。でも歓喜ででもない。
「どど、ど、ど」
ただ単に。ただ単に。
「どんだけ食うのよあんたらーっ」
動揺で。
バクバクバクバクと、料理を食べ続ける、7人に増えたネームドモンスター達を見たらきっと誰だってそう思う。
誰か止めて、私の動揺を止めてっ。
「美味い美味い」
そしてこいつらを止めてーっ。
食べ続ける7人の男共。
美味い美味いじゃねえよ。
私は窓から入る朝の穏やかな光に長い影を作る高く積み上がった何かを見上げた。それは天高く聳え立つ塔、お皿の塔。
わー、たくさん積み上げたわねー。
マキナ、セラ、オルテ、ローズ、キキョウ、ニル、そしてユキ。
このダンジョンのダンジョンモンスターで、名前を与えられた特別な存在。
彼達はダンジョンマスターたる私の相棒であり、忠実な仲間であり、あらゆる危険から守ってくれる守護者でもある。
しかし彼達は今、そんな任務を放り投げ、ダンジョンマスターの心を揺さぶって揺さぶりまくる勢いでお皿の塔を作りあげる。
バクバクバクバクと、その盛られている料理を一瞬で片付けて次々に。
ガチャンガチャンガチャンと、まるで競うかのようにお皿を重ねて。
「ど、どど、ど、ど」
こうなった原因は一つ。
新たにダンジョンの仲間となったユキの記憶にある。
彼は異世界からの召喚者。日本から来た召喚勇者。日本料理や海外の料理など、地球の料理に関する記憶と知識を持っていて、それがネームドモンスターになったことで彼等全員に共有されたらしい。
古今東西和洋折衷、なんでもかんでもとにかく注文してくる。ど、どんだけ……。
度重なる注文によって、大量に生成された料理の数が、積み上げられたお皿の数。ど、どんだけ――。
その数は今もなお増え続け、テーブルに隙間なく置かれた料理達もまた、まばたきの合間に塔を天へ近づけるため使われる。ど、どんだけーっ。
今この瞬間にも新たな注文が入るので、私は料理を生成している。
ダンジョン強化に使うはずのPは料理へと姿を変え、そしてその料理はテーブルに出現したと認識できたタイミングで、彼等7人の誰かの胃の中へと収まる。皿は新たな塔を天高く築きあげていく。
わー、たくさん積み上げたわねー。
……。
こんなにバクバクと食べるなら味わってないだろうし、安い料理でも良いでしょう。
そう思ったのはもう遠い昔。
「安もんだなコレ」
高身長の18歳の男の子、マキナ。端整だけど小生意気でわんぱくな顔立ちのいつもとは少し違って、その両頬は大きく膨らんでいる。
「返品です」
色白で22歳の執事、セラ。物語から出てきたみたいな格好で今も口元を品良く拭いてるけど、積み上げられたお皿は夢を粉々にする。
「……ジョオーの分」
ちんまい16歳の少年、オルテ。全部が小さい愛嬌ある超絶甘党美少年だけど、その甘党っぷりは全く可愛くない。
どうしてあの速度で、あの量を食べて味が分かるのっ。そしてなぜ質の悪いものは私の分っ。食えやっ。
Pっていうのは、ダンジョンにとって凄く重要。
100P稼ぐだけでも時には年単位の時間かかるのに、いくらあっても足りない。強くなるため、死なないために何より最重要なのがP。
既に消費されてしまったPは1000Pを越えている。
異世界の料理での換算は、1P1万円。すごいお得。
でもつまりは既に1千万円を越えているということ。尋常じゃないわ、冗談じゃないわ。一体どれだけ食べれば気が済むのっ。
その原因は一つ。
「ってあんたが食いすぎなのよ、お馬鹿っ」
パコーン、と私はダンジョンモンスター7人の中の1人の頭を叩いた。
「いたー、おひめ様いたいよー。ひどいなー、あ、これ美味しい」
けれどニルは頭を1回2回さすっただけで、またすぐに食べ始める。パクパクパクと小気味良く。1回の量がエグイ……。
「あんた1人で半分以上食べてるでしょ」
私はニルが作ったお皿の塔を見上げて言う。
「もぐもぐ。んーあぐっはぐっはぐぐっもぐっ」
でもニルはこっちを全く見ていない。とにかく食べている。可愛い顔してるけどさすがにここまで食べてたら引くわね。
いっぱい食べてる男の人が好き、って言っている奴らは現実を知らない。
「いやいやマスター。俺だって結構頑張ってるぜ?高級肉を食った量なら俺の勝ちだろ」
「なに張りあってんのマキナ。なに頑張ってんのマキナっ。あんたらダンジョンモンスターなんだから本来食べなくて良いじゃない、魔素吸ってればそれで済むじゃないっ」
ガチャガチャと積み上げられていく皿を見て貴方達は何を思わないの?
ダンジョンモンスターにとっても重要なPが料理に費やされていることになんの疑念も抱かないの?
焦燥感が湧かないの?こっち見ろやーっ。
「まあまあ。これでも食って落ち着けよ」
「それさっきの質悪いやつっ」
ぶちのめしたろかっ。
ダンジョンモンスターには本来食事も睡眠も必要ない。
ダンジョンマスターである私が人間種なので、それらをしないと多少調子は狂うみたいだけど、それも微々たるもの。真似事だけでも構わない。
なのに……。
「いくら食っても腹いっぱいになんねえからよ」
「なるわけないでしょっ。ダンジョンモンスターなんだから最善の状態が保たれんのっ。いくら食べても再生P使って再生しちゃうんだからなれるはずないでしょうがっ」
ダブルP消費じゃんっ。
ゼエゼエと息を切らしながら怒鳴る私。
するとそれを見た1人。新しく加わったネームドモンスター、勇者、ユキが立ち上がる。
何、労わってくれるの?
「腹いっぱいにならないだと……そんな……」
あ、労わってくれる感じじゃないわコレ。
「オレのオレの楽しみをっ、貴様ーっ」
「めんどくさーっ」
「いや考えようによってはいくらでも食べられる。ならば良し、むしろナーイス」
「いいんかいっ。ていうかいくらでも食べていいわけじゃないからね」
私の言葉を聞いたのか聞いてないのか、ユキは自分の席に戻ってまたバクバクと食べ始めた。多分聞こえてた、でも聞いてない。
「……はあ」
7人の配下達が次々と料理を平らげる様子を見て私は大きなため息をつく。
ダンジョンマスター生活90日目にして、6人のネームドモンスターは1人追加された。
6人でも御しきれなかったところに、1人増えたわけだ。もうこうなることは分かってた。その1人がみんなの暴走を抑えてくれるんなら良いけど、そんなわけないことは分かってた。
加速させることはちょっと予想してなかったけど。
……幸せそうにしちゃってまあ。
「というか馴染み過ぎじゃない?さっきまで戦ってたくせに」
新しく加わった、いかれたメン……、いかしたメンバー、ユキ。
青い髪。
梳いてある前髪の奥に見える青い瞳は、目が合っただけで息を飲んでしまう冷徹さと冷たさを持つ。
体は細身。だけどそれは無駄なものを一切つけていないだけ。
日本刀による居合いを主とするその戦闘は、どんな力自慢でも一刀の元斬り伏せる。攻撃が届く前に斬る、だなんて馬鹿げた戦術一つで最強の座に座った召喚勇者。
この世の全てをその手に収める事を神様に許された最強の存在。
そのユキは、先日、いいえ先ほどまで私達のダンジョンを攻めてきていた。
5000名の軍と入れ替わるように現れた1人。巨大な軍隊をも退けた6人のネームドモンスター達は、たった1人に翻弄され蹂躙された。
全員が、もちろん私を含めて死を覚悟した相手。
けれどそれも1時間くらい前まで。
全てを手中に収める事を神様に許可されている召喚勇者にも手に入らなかった物が1つある。それは美味しい料理。
なんでもこの世界にある食事はマズイらしい。
それがこのダンジョンにあると分かった瞬間、ホイホイ言うことを聞いて配下に加わった。
今はもうテーブルを囲む7人仲睦まじく食べている。アレとって、とか取り分けて、とか嫌いだからあげる、とか完璧なやり取りを行いながら。
たった1時間前まで殺しあってたってのに。男ってみんなこうなの?
ああ、それにしても1時間か。1時間で1000Pかぁ……。
「馴染んでるってまあ、そりゃあなんだか通じ合うからな。ダンジョンモンスターの意思疎通は中々良い物だ、落ち着く。あ、今度はパンよろしく。食パン一斤と……焼きそばパンにカレーパン。あ、バターともな。ジャムはイチゴで」
「はいはい」
私は言われた通りのパンと、それからついでに他の種類のパンもテーブルに生成する。
「クリームシチューとビーフシチューも」
「何その組み合わせ。別に似てないからね、それ。ていうかパンつけて食べる派?」
ユキはその問いに答えず目を輝かせて料理を確保。幸せそうに緩んだ顔で食べる。ヨダレを垂らし見ていたニルと目が合ったことは無視して。
……ニル。でも、なんであんたの席に寿司のシャリだけがたくさん置いてあるの?ああ、キキョウが寿司のネタだけ食べて置いてるのね……。
……分かった出すから。こっちを見るのとヨダレを止めなさい。あとシャリだけのやつは私が食べるから、こっち寄越しなさい。え、嫌なの?食べるの?そ、そう。え、違う違う、私は貴方から食べ物を盗ろうとする敵じゃないわ。
……疑いの目が凄い。シャリでダンジョンマスターにそこまで……。
戦力は充実している。
きっと普通のダンジョンでは到底望むことのできない最高の戦力を揃えることができたはず。
けれど哀しいかな。
こんなありえない子達が配下にいるのに、ダンジョンマスターである私はとてもとても困っている。所有しているPが凄いわ、さっき軍の人達がダンジョンから逃げ出したばかりなのにPが残ってないもの。
私料理以外生成してないのに、あのPがなくなっちゃったもの。
私はただただ皿の塔が増築されているのを眺めていた。もちろん料理の生成を続けながら。
「あ、そうだユキ、あとで1回戦おうぜ。もうさっきみたいにゃいかねーぜ」
「望むところだ。だがオレはLv50の上級竜にも勝った事があるからな。負けないぞ」
あれから何時間経ったでしょう。食事はついに一段落したのか、マキナとユキがそんな会話をし始める。
ああ、良かった。
「良いけどお互い死んじゃ駄目よ。もうPないんだから死んじゃったら復活できないし、あんたら6万と4万だからね、次会うのがいつになることやらってレベルでサヨナラよ」
どっちも高いわあ。
マキナをそんな風に生成したのは私だから良いとして、ユキもたっかいたっかい。
さすが召喚勇者。
……良いのかしらそんな召喚勇者がここにいて。
あんた一応正義側でしょう、しかも神様の遣いなんだから絶対正義的なほうでしょ。こっちは……、まあ、なんて言って良いか、不本意だけど悪よ。それも人類と魔物どっちともを不条理に攻撃してる絶対悪よ?
大丈夫?
「そうか、ダンジョンモンスターだから復活できるのか。ならギリギリまで行けるな」
「いや、行ったら駄目って言ってるでしょ」
本人に気にしたところが全くないってのが救いね。
その分私が気にしなくちゃいけないから、ちょっとは気にしてて欲しいけど。
「ダンジョンの魔物になったからか、考え事をするとそれに対応してるダンジョンの知識がフーっと入ってくるんだよな。中々楽しいぞこれ――え、心臓が無くなって魔石になったのか?……まあ良いか」
「いいんかい」
「よっしゃーやるぜーっ、て、あ。ユキはオーラドレイン使えないだろ?先に教えてやるよ。あ、つか魔眼もねーな、俺ら全員持ってんだけどさ」
「魔眼か、そういえば。仲間外れだな」
「そんなことないわよ、私達は仲間よ。落ち込む必要なんてないわ」
「ユキ、スキルの宝玉がありますので、それを使えば身につけられると思いますよ」
「おおスキル宝玉か、初めて見た。え、魔眼もできたのか?」
「え、魔眼もできるの?」
「スキルの宝玉は環境や経験に大きく影響されますから、ここのダンジョンの者でしたらおそらく魔眼や人化も選択肢に入るはずです。お嬢様」
「魔女」
「はい」
差し出された手へ流れるようなバトンパス。
阿吽の呼吸ってやつね、もう全く。……立場逆じゃない?
「おおおー、できたできた」
青色だった両目の片方が金色に変わっている、本当に魔眼になったらしい。なぜ私は知らないんだろう、私のダンジョンなのに……。
……。
『スキルの宝玉は効果が無かった』
そして私だけ仲間外れっ。
「なんて魔眼にしたの?」
「強奪の魔眼だ」
気を取り直してユキに聞いた私。強奪の魔眼ねえ。
ダンジョンマスターは考え事をすると、ダンジョンに関することだった場合、その知識が頭に自然と浮かぶ。
さっきは浮かんでこなかったけど、今回はちゃんと浮かんできた。ふむふむ。強奪の魔眼は相手のステータスとかスキルとか一時的に奪える魔眼ね、最強の一角のやつじゃん、良いのチョイスしたみたい。
「……いや強奪てっ。勇者が持ってて良いやつじゃないじゃん。悪者が持ってるようなやつじゃんっ」
「良く分かったな。昔戦った魔王、いやダンジョン的には亜人の勇者か。まあ魔王が持っていた魔眼だ、このせいで中々苦戦してな。使い方は……なるほど……良し。オーラドレインは自分で身につけるとして、マキナ、やるぞっ」
「おっしゃ。んじゃちょっくら行って来るぜ」
「……き、気をつけてー」
建て直したばかりの家から出て行く2人。……なんだろう、なんだか嫌な予感がする。
「姫様、私も見学に行ってきます。少しでも強くなり、姫様のお役に立つために」
……凄く嫌な予感がする。
「ローズ、ローズにはここにいて欲しいかな」
「――っ。わ、わかりました。どけ吸血鬼、姫様は私を所望しておられる。姫様、どうなさいましたか?」
嫌な予感は一先ず回避された。
ローズにアーンして食べさせてもらっているところをセラにゴミを見るような目で見られながら、近くで起こる凄まじい轟音に怯える私。
残存Pはほぼ0。
現在の食事すら回収してあるアイテムなどを食い潰して行っている始末。
人の軍は撤退し、まだまだ予断を許さない状況ながら、当面の危機は去ったと言える。去ったと言えるけど……。
私は外にいる2人に通信を入れる。
「2人共悪いけど、もうちょっと離れてやってく――」
『やるなあマキナっ。ならこっちもいくぞ必殺っミラーズ――』
『ならこっちもだっ。行くぞユキ、食らえー必殺っカタストロフ――』
吹き飛ぶ築1時間の廃屋。
吹き飛ぶみんなのダンジョンマスター。
私は考える、あの7人を御する方法を。結局新品の執事服に着替えたセラが助けに来てくれるまでも、砕けた我が家に戻ってからも見つかりはしなかったけど。
しかし私は探し続ける。
諦めることだけはしない、諦めなければきっと最後には必ずできる。私はそう信じているから。
「その意気です姫様。では早速特訓を開始致しましょう」
「……」
「姫殿、わっちの研究所も手早くの」
「……」
「おひめ様お腹空いたー。おかわりおかわりー」
「……」
「飴。ケーキも良いが、やはり飴。ジョオー」
「……」
私は諦めない。諦めてなるものか、絶対にこの7人を御しきってみせる。
じゃないと……。
戦争が終わり、これからは新たな物語が始まる。ダンジョンマスターこと私が、この7人を見事に御しきりダンジョンとしての地位を駆け上がるサクセスストーリーが。
しかしまあ、1つだけ予想、じゃないけど、そういうものがある。
もしも世界一のダンジョンになったとして。
私が世界一のダンジョンマスターになったとして。
なったとしても、多分。御する方法は、見つからないまま。
誰だコイツら、と多くの方がなったかと思います。
申し訳ないです。
また本編が進めば短編で投稿しようと考えていますので、その際はまた誰だコイツと思って下さい。よろしくお願いします。