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 結局その日は、一歩も外に出ないで家で過ごした。

 コレクションしていた長編アニメ映画を真菜が見たがったので、ご飯を挟みながら二十時近くまで見続けた。

 昼も夜も、真菜が家にある材料で食事を作ってくれた。

 有り合せなのに凄く美味しくてビックリで、良いお嫁さんになりそうだなって考えてしまって、独りで照れて怪訝な顔もされてしまった。

 実は彼女、ボストンバッグに着替えを持って来ていた。

 当然その中にはパジャマもあって、お風呂を使った今はパジャマ姿で牛乳を飲んでいる。なんでも、最初は友達の家に行くつもりだったらしい。

「なんで今朝はあんな格好で居たんだよ」

「えっと、誘惑して既成事実を作ってしまえば……」

「嘘だよね」

「ごめんなさい。悪戯心からです。深く考えていませんでした」

 素直に謝られて、上目使いで見られては強くも言えなくて、気を付けてとだけ言って終わりにした。

 夜は当然、別々に寝る。

 部屋の間取りは2LDKなので、一部屋丸々空いていて客布団もある。真菜にはそっちの部屋を使ってもらう事にして押し込んだので、今は大人しく寝てしまっているのだろう。

 明日はレンタカーを予約した。真菜の分の食器を買いに行く予定でいて、早く起きなくちゃいけない。


「卓也さん。起きて。卓也さんったら。お・き・て!」

 女の子に起される経験なんかした事が無いので、まだ夢でも見ているのかと思ったら、真菜が起しに来てくれていた。

「あぁ、おはよう。ごめん、寝坊した?」

「ううん、大丈夫。でも、そろそろ起きてご飯にしないと」

 欠伸をかみ殺してベッドから出ると、真菜が何処となく赤い顔をして横を向いてしまう。

「どうした? 熱でもあるんじゃないか?」

「そ、そうじゃなくて。あの、お、おっきくなってるから」

 ハッとして後ろを向くけど後の祭りで、バッチリ生理現象を見られてしまっていた。

「ごめん。着替えるから、向こうで待ってて」

「パンは焼き始めちゃいますから、早くしてくださいね」

 なんだか、情けない姿ばかり見せている。

 幻滅されてしまえばこんな生活も解消されると思う反面、始まったばかりのこの関係を壊したくないとも思えていて、なんとも不思議な感じがする。

 顔を洗ってダイニングテーブルに付けば、すでにトーストにはマーガリンとイチゴジャムが塗られていて、コーヒーが湯気を立てていた。

「「いただきます」」

 テレビから流れる天気予報では今日は快晴の様で、買い物が終わったらちょっと足を延ばすのも良いかもしれない。


 食事の後片付けをお願いして自転車で駅まで行き、一駅先のレンタカー屋で車を借り受ける。

 なにしろ田舎なものだから駅に出るのも一苦労だし、車が無いと生活雑貨を買うのでさえ難しい。もっとも借り上げ社宅で、勤め先には歩いても行ける好立地だから、普段の生活に不便は感じてはいない。食材などは少し離れたスーパーが頼りとなる。

 今日は、真菜用の食器など重い物を買うので車の方が楽だと思ったのと、彼女は自転車を持って来てはいないので、駅までの足が無いからだった。彼女の家は近いのだろうけど、親と顔を合せたくないなら自転車を取りに行けとも言い難い。

 車をアパートの脇につけて家に電話を入れると、直ぐに真菜が下りてきて車に乗り込む。さすがにアパートの前で待っていろとは言えないし、携帯は家に忘れてきたようなので、直接連絡を取る手段がない。

 シートベルトを締めたことを確認して走り始めると、真菜がいろいろと質問をしてきた。

「卓也さんは何で独り暮らしをしているんですか」

「ちょっと家が複雑でね。俺が一方的に居辛いだけなんだけど」

「よくレンタカーって利用するんですか」

「たまに、かな。車を買うほどではないし、でも電車で行くのは不便な場所とかあるだろ」

「ですよね。電車一本乗り遅れると、三十分とか待たされますもんね」

「乗り継ぎ悪いともっとだよ。そうそう、アウトレットで良いよね。あそこが一番この辺では品が揃ってるから」

「はい。おまかせします」


 真菜の希望で、生活用品の量販店に入る。実は家にある殆どの物をここで買っているので、ここに来れば今在る物とお揃いの物が揃うからだ。

 いつまで居るのか解らないけど、茶碗や小丼と箸に皿を選ぶ。

「他に必要な物は?」

「下着を干す用に角ハンガーと、洗濯ネットを少し」

「シャンプーとかは?」

「まだ旅行用のが残っているので、足らなくなったらこっそり家で入れてきます」

「じゃ早めにお昼食べて、牧場でも行く? ソフトクリームでも食べようか」

「はい! 嬉しいです。デートみたいで」

 確かに言われてみればデートかも知れない。まだ付き合い始めた訳でもないので変な感じがするけど嫌ではないし、どちらかと言えばそう言ってくれる事が嬉しい。

 早めにと言ってもどこも混んでいて、フードコートに寄ってハンバーガーセットで済ませることになった。

 真菜には席を取っておいてもらって、列に並んで注文して会計を済ませる。

 品が揃うまでの時間に真菜を探すと、二人掛けのテーブルに女の子と一緒に座っていた。派手っぽい後ろ姿を不審に思いながらも、学校の友達とでも会ったのだろうと無理やり納得する。

 ジッと見ていると真菜が視線に気づいて、こちらに小さく手を振ってきた。それに気付いたのか、一緒に居た女の子がチラッとこちらを見て立ち去ってしまった。


「さっきのは友達?」

「同じ学校の子です。家族と来ていたみたいですけど、『パパとデートか』なんて聞いてきて。私に母がいない事を知っていて、そんな言い方したんでしょうね」

「そう……。どっかで会った事がある気がするんだけど、人違いかな」

「えー。浮気ですか? 乗り換えちゃったりします?」

 そういった事は大きい声で言わないでほしい。周りの視線が微妙に痛い。

「乗り換えるとかじゃなくてね。そもそも俺らは、いや止そう。ごめん、今は真菜といるんだから他の子は見ないようにする」

 途端に嬉しそうな顔になってもじもじし始める。

 でも、さっきの子は何処かで……。

 何か引っかかるモノを感じながらも食事を済ませると、やはり気にしている事が分ってしまった様で、気遣わしげにこちらを窺い見てくる。

「いや。牧場に行く道を思い出していて……」

「牧場は今度にしましょう。ここの食品売り場は輸入食材も扱っているから、夕飯用にいろいろ買って一緒に料理しませんか。私の事をもっと知ってもらいたいですし、あまり知り合いに会うのも気まずいので」

「学校で噂になっちゃ困るよね」

「そこは大丈夫ですけど、なんて紹介すればいいか」

「そうだな。じゃぁ帰ろうか」

 誘導された感じがしなくもないが、大事な時期に変な噂が立つのも良くない。

 引っ張られるように食品売り場に来たけれど、輸入食材なんてどんな味なのかも判らないから、全て真菜に任せてしまって家路についた。


 一旦、真菜と荷物を降ろして車を返しに行って、家に戻ると誰もいなかった。

 冷蔵庫には食材がちゃんと詰まっているので、夢を見ていた訳ではないのだろうけど、家に帰ってしまったのだろうか。

 もう、戻ってこないのだろうか。

 そんな事を考えてしまって、胸にポッカリと穴が開いたような気がして、その場に崩れる様に座り込んでしまう。

 ガチャっと玄関の開く音がして、四つん這いのまま廊下の出ると驚いた顔の真菜が立っていた。

「は、早かったですね。て、どうしたんですか? 泣きそうな顔をしてますよ」

「真菜が帰っちゃったのかと思って。もう戻って来ないんじゃないかって思ったら、なんか気が抜けちゃって」

 真菜はハッとしたような表情で手にしていた服を置くと、小走りにやって来て抱きしめてくれる。

「大丈夫です。先輩を一人にはしませんから。どこにも行きませんから」

「先・輩?」

「卓也さんが落ち着いたら、聞いてもらいたい話があります」

 その声は緊張をはらんで震えていて、それでも僕をしっかりと抱き締めてくれていた。


 どれくらい時間が経っただろう。

 夕日が差し込み始める頃になって、ようやっと縋っていた手を離して体を起こす。

「ごめんな。真菜には情けない姿ばかり見せている。失望、しただろう」

「そんな事はないです。それよりチョット着替えてきていいですか」

「あぁ、構わないよ」

 一旦部屋に入った真菜は、そんなに間を置かずに出て来る。

 その姿は自分が卒業した高校の制服姿で、黒縁の眼鏡をかけて髪を降ろしていた。

「あ!」

「覚えていてくれましたか?」

「覚えている。一昨年の春先、体育館の裏で絡まれていた所を助けた女の子」



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