07 手品
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「ではそろそろ本題に入りますが、颯太、その前にわたしのノートを返してください。詳しい話はその後です。」
「うん。分かった」
僕はバッグからノートを取り出し、すももちゃんに差し出した。
―――が、何故か彼女はすぐには受け取らない。
「わたしがノートに触れる瞬間の「ノートの変化」を見逃さないでください。」
「変化?」
「見れば分かります。」
怪訝に思いながらもノートを注視する。
「では受け取ります。」
そう言ったすももちゃんの指がノートに触れた瞬間―――
「あっ―――!」
思わず声を出してしまった。
青い表紙の大学ノートが一瞬で赤い表紙の大学ノートに変わったのだ。
「これはすごい…」
すごい手品だ…。
こんなに間近で見ていたのに、種も仕掛けも、まったく分からなかった。
すももちゃんは手品師の卵か何かなのだろうか。
「このページを確認してみてください。」
僕には見えないようにノートを捲ったすももちゃんが、あるページを開いた状態でノートを差し出してくる。
まさか今の一瞬で中にまで変化が起きているのか…?
だとしたら本当にすごい。
僕は言われるままにそのページに目をやった。
―――のだけど…。
特に変わったところがあるようには思えなかった。
いつ細工をしたのかも分からないほど鮮やかな手つきだったすももちゃんだけど、何か失敗してしまったのだろうか…。
「ごめん。すももちゃん。僕にはどこが変化したのか分からないや…」
「えっ…。」
「いや、たぶん僕が細かいところに気づけてないだけだと思うんだよね。だからあんまり―――」
「気にしないで」と言おうとした僕を遮って、すももちゃんが声を上げる。
「颯太。教えてください。このページにはなんという人物の名前が記されていますか?」
「『山田一郎』さん、だけど…?」
やけに寂しそうだと感じた僕の記憶とも一致している。変化はない。
「そんな…。」
やはり手品は失敗ということだろうか…。
「確認させてください。…わたしがノートに触れた瞬間、ノートはどのように変化しましたか?」
「えっと、青かった大学ノートが赤い大学ノートになったんだよね?」
すももちゃんは「そうですか…。」と小さく呟いた後、改めて事情を話してくれた。
「このノートは、普段、一般的な大学ノートに姿を変えています。」
「うん…」
「ですが、さきほどわたしが触れた瞬間から、ノートは本来の姿に戻っています。」
「うん…」
「それでも普通の人間にはただのノートにしか見えないのですが、わたしのことを“死神であると認識している人間”―――つまり、颯太にはノートのあるべき姿が見えていなければおかしいのです。」
なるほど。
手品師というのはそれぞれ個性的なキャラクターを演じているものだけど、すももちゃんの場合は「死神キャラ」の手品師(の卵)で、もし失敗してしまったときは今のような設定で乗り切るわけだ。
「いくら信じてくれていても、颯太自身も認識できない深層心理には僅かに疑う気持ちがあるのかもしれません。」
いや、まったく信じていないんだけど…。
でもなんだか僕が悪いことをしているような気になってくる…。
「なんかごめんね」
「いえ。颯太は悪くありません。死神などという超常的な存在を完全に信じるというのは、とても難しいことでしょうから。」
「そう…だね」
「ですが、このままではこれ以上話を進められないのも事実…。」
「え? まだ何かあるの?」
「かと言って、あまり時間に余裕も―――」
真剣な表情で考え込むすももちゃんには僕の声が届いていないようだ。
ぶつぶつと何かを呟いている。
邪魔をしないようにしばらく黙って待っていると、やがて結論に至ったようだ。
「こうなっては仕方ありません。最後の手段に望みをかけましょう。」
「最後の…手段?」