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だから僕は左目なんかいらない。  作者: 日暮 絵留
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21 掴んだ未来

『十二年後』

         1

「行ってらっしゃい。結衣」

「チュウして」

 毎朝恒例の、愛する妻からの要求を断る理由などあるはずもない。

 僕たちは小鳥がついばみ合うようなキスを交わした。

「よっし! これで今日も一日頑張れる! じゃ、行ってきまっす!」

 バタン。

 結衣が出て行った後の玄関扉を見るといつも不安になる。

 もし彼女がこのまま帰ってこなかったら…そう思ってしまうから。

 これは、人の運命なんて本当に些細な行動で変わってしまうのだということを知っている僕の悪い癖だ。


         2

 失った左目には義眼を入れ、普段はその上から眼帯をしている。

 眼球自体を失ってしまった僕の場合、「人工眼球」を移植するという選択肢もあるにはあったけど、そうしたいとは思わなかった。

 数年経った今でも隻眼せきがんであることに完全には慣れていない自分がいる。

 特に顕著なのは目の疲れ方だ。

 両目で見ていた頃に比べるとその比ではない。

 でも、それで良かった。

 いや、それ“が”良かった。

 こんな言い方をしたら語弊ごへいがあるかもしれないけど、この失われた左目こそが、僕が生きていることの証明のように思えるから。

 そして、あの夏の日に、命がけで僕と結衣を救ってくれた一人の少女のことを一瞬たりとも忘れたくなかったから。

 僕の右目の視力は1・0だ。

 片目が失明していても、もう一方の視力が悪くなければ障害者には認定されない。

 それでも就職活動に響いたことは間違いなかった。

 さすがに、ことごとく「不採用」を頂戴した原因がそれだけだとは思っていない。

 ただ、それまで“いけそうな雰囲気”が流れていた面接で、自分が隻眼であることを告げると、あからさまに難色を示されることも少なくなかった。

 そういう事情もあって、もともとやりたい仕事などなかった僕の就職先の選択肢は更に狭まったと言えるだろう。

 結局、しばらくフリーターをしていた僕は、結衣との結婚を機に専業主夫となった。

 結衣にその意向を話したときは、反対されるんじゃないかと冷や冷やしたけど、彼女はむしろ大いに賛成してくれた。

 それまでろくに家事などやったことがなかった僕は改めて、母さんの偉大さを知ることとなった。

 父さんが料理を手伝っている姿はよく見ていたけど、自分も参加しておけば良かったと深く後悔している。


         3

 前に一度、すももちゃんのストラップを求めて、駄目元で花火大会の会場である神社を回ったことがある。

「彼女がいなくなった瞬間にその場に残されたのではないか」という希望的観測だけを頼りに探してみたけど、その行方はようとして知れなかった。

 そもそも残らなかったという可能性もあるし、仮に残ったのだとしても、誰かに持ち去られてしまったり、雨風に晒されて泥に埋まってしまった可能性もある。

 確実に言えるのは、元の持ち主であった結衣の手元に戻ったりはしていないということだ。

 この件に関しては、残念だけど、諦めるしかないと思っている。

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