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だから僕は左目なんかいらない。  作者: 日暮 絵留
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17 死神の日記・2

         ※

 結論から言うと、僕の予想は外れた。

 すももという子は“生き返ることを諦めた”のだ。

 彼女が生き返るために受ける試験がどのようなものだったのか。

 それはまだ分からない。

 ただその内容について、彼女が憤りを感じていたことは間違いなかった。


『そんなことはできない。

 したくない。できるはずがない。

 私はそこまでして生き返りたいなんて思わないし、そもそも生き返る意味がなくなってしまう…。

 試験を受けずに死神として在り続けるという選択肢もあるけど、そんなの論外。

 だから私は、


 わざと試験に失敗することを選ぶ。


 失敗すれば私という存在は消滅するだろう…。

 でも、それでも構わない。』


「わざと…失敗…」

「ああ。先輩はアタシにだけはそれを打ち明けてくれた。こんなアタシを、先輩は、信用してくれたんだ…」

 唇をきつく噛みしめ、野崎さんはまるで自分自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「アタシは完全には賛成できなかった。…けど、あの人が一度決めたことを曲げるような人じゃないのは知ってたし…何より、それが先輩の望みだった―――。だから…。だから、アタシは先輩に協力したんだ」

「失敗したら消滅するっていうのは…」

「そのままの意味だよ…。消しゴムで消されるみてぇに存在そのものが消えてなくなるんだ…。死ぬのとも違う。生まれ変わることすら叶わない消滅さ…」

「そんな…。そんなの非道ひどすぎるよ…」

「生き返るチャンスが一度しかないことも、失敗すれば消されることも、死神アタシら全員、了承済みだ…」

 僕は聞かずにはいられなかった。

 それが聞くまでもないことだと分かっていても…。

「彼女の―――すももちゃんの「失敗」は、成功…したの……?」

「“ああ”」

 つまり、彼女は既に存在を消されてしまったということ…。

「君は彼女が生き返ることを拒むほどの試験の内容については聞いているの…?」

「じゃなきゃ、いくら先輩の望みでも協力はできなかった。…たぶん、な」

「教えてもらうことは…?」

「先を読めば分かる…」

「…うん」

「もし先を読んでもコイツの記憶が戻らねぇようなら他の方法を探すしかねぇな…」

 野崎さんが独り言を呟いた。

 もし本当に僕が記憶を失っているのであれば、取り戻したい。

 そう思う。

 僕は震える指先を押さえつけ、ページを捲った。


         ※

 先のページには僕の見知った人物が複数登場していた。

 その中には当たり前のように僕自身も含まれていて、なんとも言えない不思議な感覚だった。


『「生き返り」を上手く失敗するための計画を思いついたけど、それを実行するためには協力者が必要だった。

「外堀を埋める」という言葉もあるけれど、●●●●●橘颯太さんに接触することに決めた。

 そのためにノートを置いてきた。

『橘颯太』という名前の人間にしか知覚できないように細工を施して。』


         ※

 五月二日

『この先は颯太(と呼ぶことになった。ちょっと恥ずかしい…。)の目を盗んでの執筆になるから、色々と雑になるかも…。』


『公園で無事に颯太と会うことができた。

 ノートを持っている人間にしか私の姿が見えないようにしていたけど、彼を待っている間はとても緊張した。

 昔から「緊張すると不機嫌そうな顔になる」と言わるから、颯太の私に対する第一印象は最悪だったかもしれない…。はぁ。』


『颯太ならもしかして…という期待もほんのちょっぴりあったけど、さすがに最初からノートの本来の姿を見ることは難しかったようだ。』


『颯太に逃げられてしまった後、橘家に潜入。数日間の滞在許可を得ることに成功した。

 我ながらかなり強引な作戦だったとは思うけど、上手くいって本当に良かった。と言っても、私は何もしていないけど。

 颯太のご両親とモカの寛大さに感謝。

 これでゴールデンウィーク中に颯太がノートを見ることができるようになってくれればいいのだけど…。』


 五月三日

『颯太が友人たちと遊びに出かけるとのことだったので私も同行した。

 芹沢結衣さん、アリサカシュウジさん、タカノスズさんと知り合った。

 みんないい人たち。

 つい、計画のことを忘れて楽しんでしまった。

 気が緩んでしまったことは反省。

 でも消滅してしまう前に少しくらい楽しんだってばちは当たらないよね…?

 アリサカさんはやっぱりヒーローみたいにかっこいい人だった。

 見た目もそうだけど、一つ一つの所作が絵になるという感じだったし、思いの外、紳士なんだなと思った。ちょっと失礼か…。

 アリサカさん。心身ともに、いつまでもかっこよくいてください。

 計画のキーマンとなる人物と知り合えたことも含めて、とてもいい一日になったと思う。』


 五月四日

『今日は颯太の家で、颯太と、颯太のご両親、そしてモカと過ごした。

 特筆するような出来事はなかったけれど、一日を通して、優しい時間に包まれていた。

「こんな日がずっと続けばいいのに」と思える、とても幸せな一日だった。』


 五月五日

『タカノさんが「こすぺれ」で使う衣装の採寸をしにきた。

 決して嫌だったわけじゃないけど、終始ご機嫌なタカノさんに少しだけたじろいでしまった…。

 颯太の話では、彼女は普段はとても大人しい人だそうだけど、私にはとても信じられない…。

 私の「こすぺれ」をあんなに楽しみにしてくれているのに、衣装が無駄になってしまうと思うと心が痛んだ。ごめんなさい。タカノさん。』


『ゴールデンウィークも明日で最後。

 まだ颯太にはノートの本来の姿は見えていない。

 もし明日中にそれが叶わないようであれば、毎日少しずつでも颯太と交流していくしか方法はない…。』


『明日、みんなが私のためにお別れ会をしてくれることになった。

 たった数日間、しかも(食費など)迷惑をかけただけなのに…。

 橘家の皆さんにはいくら感謝しても足りない。

 だからこそ、私は絶対に計画を成功させなくちゃいけない。』


 五月六日

『颯太がノートの姿を知覚できたことに興奮して、つい、焦ってしまった。

 彼の中ではまだちゃんと整理がついていなかったはずなのに、それに気づけなかった。

 颯太からの協力を得ることに失敗してしまったことは計画にとって率直に痛い。

 でもそれ以上に

 颯太に嫌われてしまったという事実が辛かった。悲しかった。

 少しだけ泣いてしまった。

 でも落ち込んでいる暇なんてない。

 明日からは気持ちを切り替えなくちゃ。

 芹沢さんからもらったストラップを見ていたら不思議と元気づけられた。

 ありがとう。芹沢さん。

 わたしに残された時間はもうあまりないけど、最期まで宝物にします。

 明日からはもう泣かない。』

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