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だから僕は左目なんかいらない。  作者: 日暮 絵留
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16 死神の日記・1

         ※

『わたしはしんでしまいました。お兄ちゃんに会いに行こうとしてじこにあってしまったからです。

 しんだ後はてんごくかじごくに行くのだとお母さんに教わったけど、本当は少しちがいました。

 てんごくに行くか生きかえるかをえらべると言われました。だれに言われたのかはよく分かりませんでした。

 もし生きかえるなら、一回しにがみにならないといけないと言われました。しにがみになって、おしごとをがんばっていれば生きかえるためのテストをうけられるそうです。

 わたしは学校のテストはきらいだったけど生きかえることにしました。大好きなお兄ちゃんにまた会いたいからです。』


 僕がある程度読み進めると側で様子を窺っている自称死神の野崎さん(僕の方が年上だろうけど、さん付けで呼ぶことにしよう)が補足をしてくれる。

「アタシら死神は基本的には元は普通の人間で、一度死んでる。大抵の死神は生きかえるために役目を果たしてるのさ。中には死神として上を目指すような奴もいるが、圧倒的少数派ってやつだな」

「この、「お兄さん」っていうのは?」

「先輩が人間だった頃のことは…さっ、さすがに知らねぇ…よ。つーか、死ぬ前のことを口にするのは死神にとってはタブーみてぇなもんなんだ」

 僕には彼女が嘘をついているのが分かった。…まあ、僕の洞察力が優れているとかではなく、彼女が分かり易く「どもった」だけだけど。

 きっと根が素直ないい子だから、嘘は苦手なのだろう。

 お兄さんという人物について、話したくない事情があるのか、単に話すほどのことでもないのか…

 それは分からないけど、とりあえず今は捨て置こう。

 別のことを聞いてみる。

「タブー? どうして?」

「一度死んだはずのアタシらの魂は、死神になったことで、辛うじて「生」と「死」の間に留まってるんだ。かなり不安定な状態でな…。あまり生前のことを口にしていると、魂が「自分が死んだこと」を必要以上に認識しちまって、そっち側―――つまり死んだ側に引っ張られるんだとよ」

 生死の狭間にある魂が死の側へ…か。

「だから、アタシらは死神になると、真っ先に新しい名前を与えられる。名前っつーのは魂と最も結びつきが強ぇらしい」

『木苺』なんてずいぶん珍しい名前だと思ったけど、本名ではなかったのか…。

「与えられる」と言うことは本人が決めたものではないみたいだけど、彼女に『木苺』という名前を与えた“存在”のネーミングセンスはどうなんだろう…。

 あ、いや、別にこの話を鵜呑みにしているわけではないのだけど、なかなか面白い設定だし、つい引き込まれてしまったことは否めない。

 ちなみに、僕が日記を読み始めた段階で病院の面会時間は終わる直前だったので、今は間違いなく時間外だ。

 そのことを野崎さんに伝えたところ、

「このカーテンの内側だけ現実世界と隔離してある。外の連中に気づかれることはねぇし、連中にはアンタがいつも通りの行動をしているように錯覚させてるから気にするんじゃねぇ」

 とのことだった。

 にわかには信じられない話だったけど、少なくとも今のところは、誰かに咎められるどころかカーテンの向こう側に人の気配すら感じないのは事実だった。

 まあ、もし誰かに見つかったら怒られる覚悟はしておこう。


         ※

『しにがみになったわたしは「長谷川すもも」という新しい名前をもらいました。前の名前を使うことはきんしだと言われました。

 理由を教えてもらったけど少しむずかしくてよく分かりませんでした。でも使ってはいけないということは分かりました。

 ●●●●

 本当の名前をわすれないように書いておこうと思ったら書いた文字がまっ黒になってしまいました。

 わすれないようにしないと。』


 長谷川すもも…。

 すももちゃん…か。


         ※

『ペンとノートと今書いている“てちょう”というものをもらいました。

 ぜんぶしにがみにしか使えないものだと言われました。

 ペンはどんなにたくさん書いてもインクがなくならないそうです。わたしはすごいなと思いました。

 ノートはおしごとに使う大切なものだと言われました。中には知らない人の名前がたくさん書いてありました。わたしが何かしなくても、かってに名前がふえたりへったりするそうです。やっぱりすごいなと思いましたが、書かれている名前はよめない「かん字」が多くて、わたしは少しふあんになりました。

 てちょうには、おしごとをおぼえるときにわすれそうなことを書いておきなさいと言われました。それ以外は好きに使っていいと言われました。ペンと同じでどんなに書いても紙がなくなることはないそうです。ペンもすごいと思ったけど、紙がなくならないなんてふしぎだな。

 わたしはお絵かきが好きなのでたくさん書こうと思いました。

 でもそれだけじゃなくて日記を書くことにしました。

 毎日はむりかもしれないけど、がんばってつづけたいと思います。』


 僕は手帳から視線を外し、野崎さんに目で訴えた。

「ペンとノート、それに手帳は死神なら誰でも持ってる。まぁ、死神としてやることを覚えちまえば、ぶっちゃけ、ノート以外は必要ねぇ。アタシも最初のうちはメモを取るのに使ってたけど、今は使ってねぇし。つーか、たぶん無くしちまった。でも、先輩みたいに日記を付けてるような死神は他にもいるかも知れねぇな」


         ※

 日記には(当然だけど)その日起きた出来事や、感じたことなどがつづられていた。

 最初の頃は死神として必要な最低限の知識を学ぶために授業のようなものを受ける日々が続いたようだ。

 すももという子は若くして亡くなっているため、普通の人間が受けるような一般教養の授業もあったらしい。

 そのことについて「死んだ後にも授業を受けるなんて」と嘆く彼女が妙に可愛らしく思えた。

 ほとんどは他愛もない内容だったけど、すももという子の為人ひととなりが十分に伝わるものだったし、僕は次第に彼女に感情移入していった。

 野崎さんに補足してもらいつつ、しばらく読み進めていくと、気になることがあった。

 すももという子が後になって調べた「一度死んだ人間が死神になる資格を得るために必要な条件」が記されていたのだけど、どこかで聞いたことがあるような気がしたのだ。

 どこかで読んだ漫画か何かに、似たような設定があったのだろうか…?


         ※

 日記の記述にもあったように、いくらページを捲っても、僕の左右の手にある紙の量の比率は一定のままだった。

 それでも日記内の日付は確実に進み、だいぶ「現在」に近づいてきた。

 すももという子は、日に日に成長していった。

 それは日記での言葉遣い(という言い方は適切ではないかもしれないけど)や、使用する漢字、字の綺麗さをかんがみれば明白だった。


『酷い死の場面にいくつも立ち会った。

 そういうものに、だんだん慣れていくことは仕方がない…。

 むしろ死神としては必要なこと。

 だけど、自分が自分でなくなっていくような気がして少しだけ怖かった。

 それでも、生き返るために、わたしはなんだってやる。やるしかないんだ。』


         ※

 あるとき、彼女はこんな一文を記した。


『生き返るための条件が分かった気がする。』


 その詳細については書かれていなかったけど、僕はそれ以外の部分に気になることがあった。

「この「気がする」っていうのはどういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。最初の頃に書いてあったと思うが、生き返るためには最終的に試験を受ける必要がある。その試験の内容はそれぞれ違うんだ。…そして、それを知っている奴は誰もいねぇ」

「は? 誰も知らない? それじゃあ、試験なんか受けようがないじゃないか」

「聞いた話じゃ、死神としての実績を積んでいくと、あるとき、ふと“分かる”んだとよ。アタシにはまだサッパリだが、先輩はそれを“掴んだ”んだよ」

「なるほど…」

 生き返るための最終試験だっていうのに、割とアバウトなんだな…。

 でもまあ、とにもかくにも、すももという子は条件を知ったのだから、この後は試験に挑むことになるのだろう。

 この日記が「本物」であろうが「物語フィクション」であろうが、彼女が無事に生き返るまでを見届けよう。

 僕は次のページを開いた。

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