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だから僕は左目なんかいらない。  作者: 日暮 絵留
34/45

13 夢の中で

         ※

 夢を見ていた。

 どこなのかもよく分からない真っ白な場所で、見たこともない女の子と“再会”する夢を。

 僕は何故か、部屋同様の真っ白なベッドに横になっていて、起き上がることはできなかった。

 ベッドのすぐ側に立つ女の子が声をかけてくる。

「お体の調子は如何ですか?」

 僕にはその声がひどく懐かしいもののように思えた。

 知らない子のはずなのに、夢の中だからだろう、自然と接することができた。

「うん。すこぶるいいよ。でもなんだろう…視界が狭いような気がする」

「それは顔の左半分に巻かれている包帯のせいではありませんか?」

「あ、本当だ」

 手を添えてみると、確かにぐるぐる巻きにされていた。

 見れば、添えた手の方にも巻かれている。

 それどころか、体中が包帯とギプスで雁字搦がんじがらめにされていた。

 その状態を不思議に思っていると、女の子が教えてくれた。

「あなたは暴漢に襲われ、怪我をしたのです。命に関わるほどの大きな怪我ではありますが、警邏けいら中の警察官に助けられたことで一命を取り留めたのです。」

 言われてみればそんなことがあった気がしないでもない…。

 でもはっきりとは思い出せなかった。

「今は夢の中なので、特に痛みもないと思いますし、こうして普通に会話をすることもできています。…ですが―――」

 一瞬暗い顔を浮かべた女の子は、まるで自分のせいだとでも言うように教えてくれた。

「現実のあなたは、今、病院の一室で生死の境を彷徨っています。」

「えっ…僕、死んじゃうの?」

「いいえ。あくまで彷徨っているだけですから大丈夫です。この夢から覚めれば現実でも目を覚ましますのでご安心を。この死神わたしが保証しますよ。」

 とか言われても…初対面の、しかも夢の中の人の言うことだもんなぁ…。

 いや、あれ?

 すももちゃんとはこれが初対面なんだっけ…?

「私が今日、ここにお邪魔したのは他でもありません。あなたにたくさんの感謝と、それと同じだけの謝罪をしたかったからです。」

「僕に感謝? …と謝罪? 僕、君に何かしたっけ?」

「すみません。それを話している時間はないのです。」

「それじゃあ、何がなんだか分からないよ」

「それでいいのです。目が覚めれば、あなたはこの夢のことなど忘れてしまうのですから…。わたしの自己満足のために伝えておきたかった…ただそれだけのことなのです。」

「僕は忘れない。この夢のことも。すももちゃんのことも。絶対に忘れないよ…」

「そう言ってもらえるのは嬉しいのですが、おそらく難しいでしょう。」

「そんなことは…」

「ですが。あのとき、もう一度わたしを見つけてくれた颯太あなたならば、何かきっかけさえあれば思い出すこともあるかもしれませんね。」

「そういうことなら任せておいて。僕たちの絆を舐めたらいけないよ?」

「ふふ。それは“あの子”次第になりそうですが、わたしもあとは成り行きに委ねてみようと思います。」

「何? なんのこと? あの子って、誰?」

「颯太。聞いてください。運命などというものは案外簡単に変わってしまうものです。それこそ、誰もが知らず知らずのうちに、ほんの些細な行動一つで運命を左右しているほどに。」

「僕にはよく分からないけど、フィクションで聞くような、『バタフライ効果』とかの話?」

 手っ取り早く言うなら、「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなものだ。

「そう思ってもらって差し支えありません。」

「もし僕が高野さんを探しに行かなかったらどうなっていたの?」

「それはきっと知らない方がいいでしょう。」

「それでも聞かせてよ。君のお陰で掴めた「今」が、どれほど尊いものなのかを知っておきたいんだ」

 少し逡巡したような様子を見せた女の子だったけど、もう一つの「今」の可能性を語ることはなかった。

「やはり止めておきましょう。あなたが知るべきことではないですから。…もっとも、ここで話さなくても、いずれ“現実世界の方で”知られてしまうかもしれませんが…。」

「それって、どういう―――」

 質問しようとする僕の言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 何故か唐突に視界が不明瞭となり、意識が朦朧としてきたのだ。耳鳴りがひどく、他の音がよく聞こえない。

 それでも、女の子が「どうやら目覚めるときがきたようですね。」と言ったのは分かった。

「さようなら。颯太。あなたに会えて本当に良かったです。」

 そう聞こえたときには既に僕の意識は途切れる寸前で、自分がどこにいるのかさえも分からなくなっていた。

 消える。

 この世界から。

 僕という存在が。

 ―――

 ――――――

 ―――――――――

 完全に意識が無くなる直前、僕はもう一度だけ声を聞いた。

 それは僕に対して発せられたものではなかったけど、確かに聞こえたんだ。


 ありがとう。お兄ちゃん。


 わたしはいつまでも


 お兄ちゃんのことが大好きだよ―――

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