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だから僕は左目なんかいらない。  作者: 日暮 絵留
33/45

12 夏の終わり、そして…

         1

 僕は走った。高野さんを探すために。芹沢さんを救うために。

 この行動が未来を変えることに繋がるのだと信じて。

 どうやら花火の開始時間になったようだ。

 上空からの光が地面を色とりどりに照らしている。

 だけど僕には空を見上げている暇はない。

 スマホを確認してみたけど、誰からも連絡は入っていない。

 修二くんには少し前に『僕も高野さんを探す』というメッセージを送ったけど、まだ未読のようだ。高野さんを探すことに必死で気づかないのだろう。


         2

 しばらく探し続けていると、やがて迷子センターとして使われているテントの前にやってきた。

 まさかとは思いつつも、一応、目を凝らしてみると、

「あっ―――」

 テントの前で佇む、金魚柄の白い浴衣を発見した。

「高野さん!」

 僕が呼びかけると、高野さんはこちらに向き直り、「颯ちゃん…?」と、少し意外そうに呟いた。

 まさか僕が探しに来るとは思っていなかったのだろう。

「探したよ。大丈夫? 怪我とかしてない?」

「うん。大丈夫。迷惑かけてごめんね…」

「迷惑だなんて、そんな…」

 聞けば、修二くんとはぐれてしまった後、迷子になっている子供を見つけてここまで連れてきたのだそうだ。

「集合場所に行こうとも思ったんだけど、もし誰もいなかったらどうしようって不安になって…。スマホの充電も切れちゃってたし、下手に動き回らない方がいいと思ったの…」

「そっか。とにかく無事で何よりだよ。修二くんには僕から連絡しておくから心配しないで」

 もちろん、芹沢さんにも。

 修二くんに電話を入れると、彼もちょうどスマホを手にしていたらしく、すぐに繋がった。

 高野さんの無事と、迷子センターの前にいる旨を伝えて電話を切った。

「修二くん、こっちに来るって。割と近くにいたみたい。合流したら芹沢さんのところに行こう」

 修二くんを待っている間、僕は何かが引っかかっていた。

 何かがに落ちない。

 違和感がある。

 それがなんなのかはよく分からないけど、何か、“とても重要なことを忘れてしまった”ような…

「花火、終わっちゃったね。…ごめんね、私のせいで…」

 僕が芳しくない表情を浮かべていたせいで、高野さんに余計な心配をさせてしまったようだ。

「えっと、違うんだ。花火のことは全然気にしてないよ。ただ、ちょっと別の考え事をしてたから…」

「本当に気にしてない…?」

「本当だよ。修二くんは別格だと思うけど、僕も、芹沢さんも、花火なんかより高野さんの方が大切だもん」

「ふふ。ちょっと臭過ぎない? 言われたこっちが恥ずかしくなっちゃうよ…。でも、修ちゃんと結っちゃんが言ってた通り、颯ちゃんって、いざってときはカッコイイんだね。結っちゃんが好―――」「すずーっ! 颯太ーっ!」

 高野さんは更に何かを言おうとしていたみたいだけど、遠くから駆けてくる修二くんの声に掻き消されてしまった。


         3

 一頻ひとしきりの感謝と謙遜の応酬を済ませた僕たちは、芹沢さんと合流するべくあぜ道を歩いている。

 道中も二人からは幾度となく感謝された。

「困ったときはお互い様だって。と言うか、もし僕が見つけてなくても、修二くんも近くにいたんだし、すぐに合流できたでしょ」

「いや、俺は丸っきり逆の方を探すつもりだったんだ。だから、もしかしたら相当時間がかかってたかもしれない」

「修ちゃんはそういう「勘」みたいなの、からっきしだもんね」

 高野さんも恋人に軽口を言えるくらいには元気を取り戻せたようだ。

 芹沢さんのもとに辿り着いたときには、既に他の見物客は一人も残っておらず、辺りはしんと静まり返っていた。

 高野さんの謝罪に対して、芹沢さんは「そんなこと気にしないで」と、むしろ親友の無事を喜び、笑顔と涙を見せた。

「それにしても、結衣を一人残していくなんて颯太にしては珍しいじゃないか」

「確かにそうだね。私が言えたことじゃないけど、結っちゃん、一人で怖くなかった?」

「それが全然なんだよね。こんなこと言ったら疑われそうだけど、誰かが側にいてくれたような気がしたんだ。気配を感じたっていうか…」

「気配? もしかして幽霊?」

「おいおい、それは逆に怖いだろ」

「ううん。そういうんじゃない…とも言えないけど、とにかく、嫌な感じのものじゃなかったよ」

 芹沢さんの言い方に少し気になるものがあった僕は彼女に聞いてみた。

「「なかった」ってことは、今はもういないの?」

「うん。少し前に気配は消えちゃったんだ…。見守ってくれてたみたいだし、お礼くらいは言いたかったなぁ…」

「きっと伝わってるさ。相手は超常現象だぜ? 結衣の心くらい読めてもおかしくはないだろ?」

「うん、そうだね」

 何はともあれ、みんなが無事でよかった。

 誰からともなくそう締め括られて、僕たちはそれぞれ帰路に就いた。


         4

 修二くんたちと別れ、僕は芹沢さんと二人で夜道を歩いている。

「今日は楽しかったね」

「うん。花火は見られなかったけどね」

「それ、すずの前では言っちゃ駄目よ?」

「分かってる…と言うか、実際、花火なんてどうでもいいし。みんなが無事だっただけで十分だよ」

「そだね。でもまだ油断は禁物よ? 家に帰るまでが花火大会だもん」

「花火大会が終われば、月曜日からは学校が始まるけどね」

「嫌ん。それは言わない約束ぅ~」

「今日は家まで送るよ」

「えっ、いいよいいよ。さすがにそこまでしてもらわなくても大丈夫だし」

「家に帰るまでが、でしょ?」

「そういうつもりで言ったわけじゃないのに…」

「高野さんを探すためとは言え、一人にしちゃったのは申し訳なかったし、その分だと思ってよ」

「そんなの気にしないでってば。…でもまぁ、正直、颯太がすずのためにあそこまでするとは思わなかったな」

「僕ってそんなに白状?」

「そういうわけじゃないけど…」

「けど?」

「あたしは、颯太のしてくれたことが、友達として誇らしかったよ」

 少し気恥ずかしい空気になり、内心ドギマギしてしまう。

 それを知ってか知らずか、芹沢さんが「それにしても」と、やや強引に話題を変えてきた。

「あのとき感じてた気配はなんだったんだろう…」

「さあ…。悪い感じじゃなかったのなら、守護霊とかそういうのじゃない?」

「て言うか、みんなもそうだけど、颯太、普通に信じてくれるんだね…」

「友達が言うことを疑う方がどうかしてるよ」


         5

「送ってくれてありがと。また月曜日に学校で」

「うん。お休みなさい」

 もうすぐ八月三十一日が終わる。

 夏も終わりだ。

 暦の上ではとっくに終わっているのだけど、僕たちにとっては、今日こそがそう実感せざるを得ない日なのだ。

 芹沢さんを家まで送り届けた後、家路を急ぐ僕の思考はしばらく忘れていた違和感に支配されていた。


 やはり何か忘れている気がする。


 とても重要な何かを―――。


 なんだ? 何を忘れてしまったんだ?


 僕はそれを思い出すべきだ。


 思い出さなきゃ―――!


 ごつん。


 …ごつん?

 どこかで変な音がした。

 それが「自分が殴られた音」だと気づいたときには目の前が真っ赤に染まり、

 ごつっ!

 また殴られた。

 避けることも、庇うことも、何もできなかった。

 ごつっ! ごつっ! ごつん!

 護身用に懐に忍ばせて置いた「武器」を取り出す暇も、ズボンのポケットに入っている防犯ブザーを押す隙もない。

「痛い」と感じる余裕すらなく、僕は、ただただ滅多打ちにされる。

 暗くてよく分からない中で必死に状況確認に努めた結果、分かったことはたった一つ。―――二~三人(体格などから、おそらく全員男)に囲まれ、一方的に暴力を受けているということだけだった。

 ごつんっ! ごつ! ごつ!

 なんだ、これ?

 なんで僕が殴られるんだ…?

 おかしい。

 こんなの絶対、おかしい。

 …いや、待て。

 もしかして、あれかな…。

 SF系の物語フィクションではよくある「一方を助けるために未来を変える」と、「もう一方が助からない」みたいな、あれ。

 ごつっ! ごつっ!

 やめて。 やめてよ。

 もう、なぐらないで。

 ゆるしてよ。 なんでもするから。

 このままじゃ、ぼく、しんじゃう。

 しんじゃうよ…

 ごつん!


 ねぇ、これが…ぼくたちがつかんだみらい、なの…?


 おしえてよ。 すももちゃん…。


 すももちゃん―――?


 だれだっけ…それ?

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