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だから僕は左目なんかいらない。  作者: 日暮 絵留
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04 違和感と大きな問題

         1

 ゴールデンウィーク以降、芹沢さんとの会話の中にすももちゃんの名前が出たことは一度もない。

 たぶん、あれからしばらくの間、僕の態度がおかしかったから、何かあったのだと察しって気を遣ってくれているのだと思う。

 僕と修二くんは普段から連絡を取り合うようなことはないけど、芹沢さんと高野さんはそうではないはずだ。

 特に高野さんはすももちゃんのことを気に入っているようだったし、二人の間では彼女の話題が出ることもあるだろう。

 五人でボウリングをした日の別れ際にみんなと交わした言葉を思い出す。

『また夏休みに五人で遊ぼうよ』

『その時はまたボウリングをやろうな』

『ほむほむの衣装を用意しとくね』

『夏休みが楽しみだね。すももちゃん』


『…できるといいです。どちらも。』



         2

 思い切って、すももちゃんの話題を振ってみることにした。

「ねえ芹沢さん。夏休みはまたすももちゃんと一緒に遊びたいよね?」

 芹沢さんは「は?」と言った。

 言外に「そんなの当然でしょ。わざわざ聞かないでよ」とでも言うように。

 まあ、聞くまでもないことだってことくらいは僕も分かってたんだけど…。

 ところがその後に彼女は思いも寄らないことを口にしたのだ。

「誰? すももちゃんって?」

 今度は僕が「は?」と言う番だった。

「芹沢さん、僕、そういう冗談は嫌いだな」

「颯太こそ、なんの冗談よ?」

「えっ…ちょっと待ってよ。それ、本気で言ってないよね?」

「本気も本気。て言うか、あんまりしつこいとさすがのあたしもキレるよ?」

「すももちゃんだよ? すももちゃん!」

 僕は今にも掴みかかる勢いで芹沢さんに詰め寄った。

「ちょっ! 何むきになってんのよ!?」

 戸惑う芹沢さんが冗談を言っているようには見えない…。

 なんだこの違和感は…。

 何がどうなっているんだ…?

 ひょっとしたら、芹沢さんにとっては、すももちゃんは大して記憶に残るような存在ではなかったのだろうか…。

 僕はとにかくインターに行った日のことを芹沢さんに確認することにした。


         3

 あの日の僕たちの記憶はほぼすべてが一致した。

「ボウリングはあたしが優勝して、ビリだった颯太にデザート奢ってもらった」

 言っていること自体は何も間違ってはいない。

 なのに。

「すずたちカップルチームを“あたしと颯太のどっちが打ち破れるか”ってことだったよね」

 違和感。

 僕には、芹沢さんの頭の中から“すももちゃんの存在だけが”すっぽりと抜け落ちているとしか思えなかった。

 彼女がいなければ成り立たないような場面もあるはずなのに、そういう部分の記憶は芹沢さんの中で都合良く書き換えられている節さえあった。

「じゃあ、李の実のストラップは?」

「はぁ!? なんで颯太がそのこと知ってんの!?」

「作ったんだね!?」

「作ったよ…。無くしちゃったけど…」

「無くした…?」

「うん。机の引き出しにしまっておいたはずなんだけど、いつの間にか見当たらなくなってて」

「そのストラップ、どうして作ろうと思ったの?」

「えっと…なんだか無性に李漬けが食べたくなってさ。勢いで作っただけだよ」

「そんな…」

「て言うか、あたし誰にも見せてないし、言った記憶もないんだけど。まさかあたしの部屋にカメラとか仕掛けてるんじゃないでしょうね?」

 違和感。違和感。違和感。

 あまりの不可解さに、芹沢さんの冗談にツッコミを入れる余裕すらなかった。


         4

 あの後、修二くんに電話をして確認してみると、彼も芹沢さんと同じような反応を示した。

 念のために修二くんから高野さんに連絡を入れてもらったけど、結果はやはり同じようなものだった。

 彼女はボウリング中にすももちゃんを撮影していたはずだ。

 だけど、そのことについて言及してみると、いつの間にか“誰も写っていないボウリング場の動画”が保存されていたらしく、むしろ僕が悪戯で撮影したのではと疑われた。

 制作中の「ほむほむの衣装」は、なんのために、誰のために、作り始めたのか分からないのだという…。


 考えられる可能性は二つだ。


 一つ。

 みんながグルになって僕にドッキリを仕掛けている可能性。

 二ヶ月も沈黙を貫き、今、正に発動したばかりの一大作戦ということになる。

 僕がすももちゃんにしてしまった仕打ちをすももちゃん本人から聞き、僕を懲らしめるために一芝居うっているというわけだ。


 二つ目の可能性。

 それは今までまったく視野にも入れていなかった、有り得ない可能性―――。

 すなわち“すももちゃんが本物の死神だった”という可能性だ。

 存在を否定されたことで彼女は僕の前から姿を消した。

 同時に他のみんなの記憶からも消えてしまったけど、同じ時間を共有し、魂の結びつきが強まっていた僕だけは彼女のことを忘れなかった。

 辻褄は合うと思う…。

 もしも。

 もしもだ。

 仮にすももちゃんが本物の死神だったとしたら、一つ、大きな問題が生じる―――。


         5


『芹沢結衣(16)』


 ノートには確かにそう記されていた。

 すももちゃんを「本物」だと仮定するならば、極めて重大な意味をもってくる。

 つまり、今現在十六歳である芹沢さんは“次の誕生日を迎える前に死ぬ”ということだ。

 彼女の誕生日は九月一日。

 前日である八月三十一日は夏休み最後の花火大会の日でもあった。

 毎年「また一つおばさんになってしまう…」などと嘆く芹沢さんに、かき氷やリンゴ飴などを奢ってあげながら花火を見るのが僕らの恒例行事となっている。

 遅くても残り二月ふたつきの間に彼女が……なんて信じられない。

 信じたくない。


『良かった。これで時間的な余裕が―――』


 僕が真っ赤なノートを認識できるようになったと知ったときにすももちゃんが呟いた言葉を思い出す。

 …あの呟きには、どんな意味があったんだ?

 確かに、もしあの時点で僕が彼女を信じていたとすれば、芹沢さんの誕生日まで四ヶ月近くあったことになる。

 でもその余裕があったとして、それがなんだというのだろう…。

 そこで一つの考えが頭をよぎった。

 もしかしたら、すももちゃんは、芹沢さんを“死の運命から救い出そうとしていた”のではないだろうか―――。

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