12 宝物
1
「女の子が入った後のお風呂っていうのは案外緊張するものだなぁ…」
そんな独り言を言いながらバスタオルを洗濯機に放り込み、先にお風呂を済ませたすももちゃんが待つ僕の部屋へと向かった。
「適当に寛いで待っててよ」なんて言ったけど、変に家捜しでもされて“年頃の女の子に見られたくないもの”を発見されていたらどうしよう…。
「やあ、戻ったよ」
一抹の不安を抱きつつ部屋に入ると、そこには顔をやや斜め上に向けて一点を見つめるすももちゃんの姿があった。
「颯太、あれはなんですか?」
彼女が指さした先には額縁に入った一枚の賞状が飾られている。
「ああ、それはね、僕の一番の宝物だよ」
2
あれは僕がまだ小学五年生の頃のことだ。
今の僕からは考えられない話だけど、当時の僕は友達の『有坂修二』くんと共にそこそこ有名なわんぱく坊主で、近所を流れる小さな川の河川敷の一角に、秘密基地としていた場所があった。
僕らはその日、いつものように基地に集合し、持ち寄った漫画本を読みながらお菓子を食べたりしていた。
「なんか変な音が聞こえないか?」
最初にその「異音」に気づいたのは修二くんだった。
耳を澄ましてみると確かに川の流れの音に混じってバシャバシャという聞き慣れない音がしていた。
しばらく外の様子を窺っていると、なんと、川上から流されてくる一人の小さな女の子を発見した。
自然というものは時に牙をむく。いくら小さくて浅くても、人の命を奪うことなど造作もないのが川というものだ。
僕がもっと小さかった頃、大雨によって川が氾濫したことがある。
建物などへの甚大な被害と十数名の死者を出してしまったこの水害で、僕を含む、地域住民たちは川の恐ろしさを身を以て学んだ。
以後、僕の住んでいる地区では年に数回、主に水害から身を守るための防災訓練が行われている。
人が溺れているときは、助けるために自分が飛び込むよりも、何か掴まれるものを投げ入れるなどする方が適切だと習った。
―――のだけど、
気づいたときには、僕は上着を脱ぎ捨て、川に飛び込んでいた。考えるより先に体が動くというのは、きっと、あのような感覚のことなのだろう。
飛び込んだ後はまさに無我夢中で、ただがむしゃらに水を掻いた記憶しかない。
次に覚えているのは既に意識が朦朧としていた女の子に人工呼吸をしている記憶だった。
その後、修二くんが呼んできてくれた大人の人が病院に連絡をしてくれて、女の子は救急車で運ばれていった。
その時に地元の消防署から授与されたのが、この賞状というわけだ。
3
小さな頃から両親と一緒に防災訓練に参加していたお陰で正しい人工呼吸ができた。
もちろん、そこに邪な感情を抱くような余裕すらなかったわけだけど、後に修二くんから「あれって颯太のファーストキスだったんじゃ…」などと言われ、急に恥ずかしくなったりもしたっけ。
女の子とはそれから一度も会うことはなかった。
風の噂によると、あの後すぐに引っ越してしまったらしい。
僕の武勇伝に聞き入っていたすももちゃんは、「ファーストキス」という単語に対して分かり易く赤面した。
今時の中学生なら、どうってことない単語かと思ったけど、すももちゃんには少し刺激が強かったようだ。
得意気にそのことを指摘すると、
「そもそも、人工呼吸を「キス」としてカウントするのは如何なものでしょう。」
ばっさり切り捨てられた…。
「それにしても、颯太たちは凄いですね。ヒーローみたいです。」
「確かに当時は自分がヒーローになったような気もしたけど…そんな大げさなものじゃないよ。人として当然のことをしただけだし」
「そんなことはありません。お二人はとても立派です。咄嗟にそのような行動を起こせる人は、十分、ヒーローですよ。」
昔の出来事を改めて褒められるなんて少し照れくさいけど、彼女の言葉は素直に受け取っておこう。
「もう一人のヒーローである有坂さんという方にも是非お会いしてみたいものです。」
「修二くんとなら明日会えるよ」
「本当ですか?」
「言ったでしょ。友達と遊びに行くって。修二くんもその一人だよ。高校は別になっちゃったけど、連休の時なんかは今でも一緒に遊んだりするんだ」
「そうですか。それは楽しみです。」




