第一話 セミの涙
あの夏の日。
太陽の日の光が、肌をヒリヒリと刺激したあの日..........
これは、俺が体験した、悲しいお話。
そう、あれは、真夏の昼下がりだった...........
~~~~~~~~~~~~~~~~ プロローグ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~
辺りは突然、暗闇に包まれた。
「ん? 停電か?」
いや、違う。
停電したとしても、ここまで暗くなることはないし、そもそもまだ日が出ていた。
自分の発言を否定すると、俺は辺りを照らそうと、ポケットに入っているスマホを取り出そうとする。
が............
「スマホが....ない」
おかしい。ちゃんと入れておいたはずなのに.......
しかし、悔やんでも意味がない。無いものは無いのだから.......
しょうがない、と明るくなるのを待つことにした。
...................
..........................................................
明るくなる気配が、全くない。
光のない世界が、こんなにも寂しく、退屈なのかと、思い知らされた。
俺は微かに焦り始めていた。
「このまま帰れなかったら、一体どうなるだよ......」
現実的にはあり得ない話だが、実際にこういうことが起こると、何故かそんなことを考えてしまう......
ふいに、何処からか声が聞こえた。
「たす......け、て........」
「え?....」
驚いて、体がビクッと大きく揺れた。
その声に一瞬、殺されてしまうのでは、と思ったほどの恐怖を感じた。
が、しかし、
「たすけ...て...」
その弱々しい声から、本当に助けを求めているのかと思うと、
「どうした!? 今どこにいる!?」
そう自然と声に出た。
「あなたには....私が....見えない...」
この言葉の意味が、この頃の自分には、まだ理解出来なかった............
俺は、帰ってきた返答に混乱した。
「見えない」と言ったら、幽霊や妖精などの事しか想像出来ないが、そんなことは無いだろうと思った。
幽霊や妖精の存在を信じていないからだ。
自分の混乱を押しのけ、やっとの思いで、「どういうことだ?」と問う。
「それは、まだあなたは.....知らないほうが...いい.......」
と、その声は段々と遠退いていく。
知らないほうがいい、と言われると知りたくなってしまうのが、人間の本能だ。
だが、微かに感じた懐かしい匂いに、それ以上知ろうとは思えなかった。
=================第一話 セミの涙================
辺りが段々と元の景色に戻っていく............
...................
「...何だったんだ? 今のは....」
夢.....だったのだろうか? それすらも分からない。
「あ.....」
ベッドの上に、見覚えのあるものが映った。
スマホだ。
どうやら、何かの拍子でポケットから落ちてしまったらしい。
俺は、今の時間を確認しようとスマホを起動させる。
「5時38分...か」
確か、さっきの夢(?)を見始める前が、大体5時20分ぐらいだったから、そこまで時間は経っていなかった。
「ああぁ~.....」
背伸びをしながら、ベッドに倒れこむ。
白に、少し黒い模様のついた天井が、視界いっぱいに広がる。
「助けて、ねぇ.....」
何から助けて欲しいのか、教えてくれなかったから、一体なにをすればいいのか、全く分からない。
それに.....「まだ知らないほうがいい」という言葉が、どういう意味なのか、気になって仕方がない。
............................
考えれば考えるほど、混乱してしまう。
取り敢えず、顔でも洗おうと洗面所へと向かった。
ジャーーーーー.....
冷たい水が、気分を落ち着かせてくれる。
心なしか、少し気が楽になったような、そんな感じがする。
......それにしても......
本当にあれは、何だったのだろうか...
やけに気になって仕方がない。
取り敢えず、今は忘れよう。そう思った。
....................
どのぐらいの間、俺は鏡と向き合っていたのだろう。
時間を忘れ、何も考えてしまわないよう、顔にビシャビシャと水をかけていたが.........
やはり完全には押さえきれなかった。
「おに~ちゃ~ん!!」
急に耳に飛び込んできた声に、俺は我にかえった。
妹の声だ。
「ああ、なんだ?」
と、すぐ横に妹の顔があって、ビックリしてしまった。
「なんだ? じゃないよ!? もう... いくら呼んでも返事をしてくれないから..... 夕食の準備、とっくに出来てるんだからね!」
え? と、スマホを取りだし、今の時間を見ると......
「06:53」
もう一時間以上経っていたらしい。
だが、当の俺は、まだ10分位しか経っていないような気しかしていなかった。
「ああ、すまん。 ボーっとしてた」
「もう、ご飯冷めちゃったじゃん!」
「ほんとゴメン.....」
それは申し訳ない事をしたと、素直に思った。
「.........もう...」
と、諦めたのか、見ると妹は、俺に背中を向けていた。
リビングへ向かおうと、俺も顔を拭いて、洗面所に背を向けようとしたとき、
「.......心配したんだから...」
そう、微かに聞こえた気がした。
妹と二人だけの食事も、慣れてしまえば自然なことになる。
...................
だが、忘れようと思ったことは、逆に気になってしまう。
「ねぇ、お兄ちゃん」
ふいに、妹が声をかけてきた。
「何?」
素っ気ない返事になってしまった。
「なにか悩んでる?」
ギクッ。
まさに今の状況を知っているかのように言い当てられ、少し動揺してしまった。
「やっぱり。 お兄ちゃんのことなんか、すぐに分かるんだから」
「.........」
やっぱり、妹にはそういう事が分かってしまうのだろうか...
すごいな、と思ったが、逆にそれが怖く思えてしまう。
思い切って、俺は妹に相談してみることにした。
「実は........」
と話し始め、今日あったことを全て話し終わるまで、妹は真面目に聞いてくれた。
なんの疑いもせず聞いてくれるその眼差しを見て、俺は少し感動してしまった。
話しているうちに、自然と気が楽になり、さっきまで食べていた夕食がよりおいしく感じられた。
「ふーん... それってさ...」
うん、とうなずく。
「前世の記憶.....とかじゃないかな...」
................
全く、妹らしい答えだ。
でもそれが、今は正しいのかも....と思った。
それから、会話はなかった。
黙々と食べ続け、いつの間にか皿の中は空になっていた。
口直しに、と水を一杯飲み干してから、自分の部屋へ戻ろうとする。
妹は、今日あったことに対して、「そんなに気にすることじゃないと思うよ」と言ってくれた。
誰かにそう言ってもらうと、何だか嬉しい。
それに、「また何か起こるかもしれない」とも言っていた。
まぁ、それは自分でも思っていたことだから、取り敢えず、気はしっかり持つことにした。
「ねぇ」
食事をとっていたリビングを出ようとしたとき、後ろで洗い物をしている妹に呼び止められた。
「ん?」
「また、何かあったらさ....いつでも相談してね。 お兄ちゃんの力になるのも、妹の役目なんだよ」
と、意気揚々と言ってくれたが、内心は凄く恥ずかしいらしく、顔から今にも火が出るほど、顔を赤らめていた。
「うん、ありがと。 何かあったら、また相談させてもらうよ」
そう答えると、俺は部屋に戻った。
心の底から、妹がいて本当に良かったと、今初めて思った。
「なんだか、今日はやけに疲れたなぁ」と、少し仮眠を取ろうとする。
しばらく真っ暗な視界の中、ふいに、俺は一応アラームをセットしておこうと思い、その暗い視界に光を入れようとまぶたを開ける。
しかし、一向に光は入ってこない。
もしやと思い、ベッドに横たわっていた体を起こす。
「........やっぱり」
そう、あの真っ暗な空間だった。
今回もまた、スマホを取り出そうとするも、そういえば、寝ている間にスマホを下敷きにしないよう、机に起きっぱなしのままだった。
ミーンミーンミーンミーンミーーン.........
「....セミ?」
セミの鳴き声らしきものが、俺の耳に入ってきた。
しばらくその音は聞こえ、段々と音は大きくなっていく。
耳が痛い........
そう思ったが、まだ大きくなっていくセミの鳴き声に自然と
「うるさい!!!」
と、声に出てしまった。
その瞬間、セミの鳴き声は聞こえなくなった。
急に音がなくなったその空間は、とても寂しく感じられた。
耳がまだジンジンと痛むなか、あの声が聞こえてきた。
「こう.......えん...」
確かにそう聞こえた。
その弱々しい声が、一層寂しさを引き立たせる。
と、やがて辺りの景色はもとに戻った。
はっ、とその場に立つと、机に向かい、椅子にこしをかけていた。
「今日あった事を日記にしよう」と、ペンを走らせる。
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8/9 水曜日
今日俺は、不思議な体験をした。
真っ暗な空間に一人、ポツンと呼び出され、見えない「何か」に「助けて」と助けを求められた。
正直、なにをすればいいのか、全く分からないが、これからまた、なにか起こるかもしれない。
俺は今日から、日記をつけることにする。
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そう記し、日記張を閉じた。
取り敢えず風呂に入り、歯を磨き、寝る準備をしてからベッドに潜り込んだ。
何も考えず、ただ電気の消えた部屋で一人、目を閉じて、自然と眠りにつくのを待った。
普通の夏を過ごせると思っていた俺だが、そうもいかないようだった。
この日を境に、俺の人生が大きく変わるだなんて............
この時の俺は、まだ何も知らなかった。
暗くなった部屋は、寂しさと、あの懐かしい匂いを漂わせ、夢の中で一人、俺は自然と涙を流していた。