サクラ
お久しぶりです。
1年前ほど間があいてしまいましたが、ここからまたぼちぼち書いていこうと思います。
では、本編へどうぞ……!
「サク……ラ……?」
僕は、なんの話か分からず、聞き返した。
コウヨウは、「まじかよ」と言いそうな顔をしていた。
「えっ、おまっ……サクラを覚えてねぇの……? 」
「ご、ごめん……。ちょっと思い出せなくて……」
コウヨウは、驚きを隠せない表情をしていた。しばらくの沈黙のあと、コウヨウは僕にこう言った。
「……じゃあお前、あの日のことも覚えてねぇの?」
……あの日のこと?
僕は必死に思い出そうとした。しかし、サクラに関する記憶を脳内検索にかけても、全くヒットしなかった。
それに加えて、僕にとっての「あの日」は、モモカが亡くなった日である。余計に思い当たる節などなかった。
「そうか……。お前にとっては、そうなんだな……」
朝の清々しい空気が流れているはずの昇降口の風が、その一瞬だけ止まり、重々しくなって、僕の肩に乗っかった。
そして、キーンコーンカーンコーンとHRの始まるチャイムが鳴り響いた。
チャイムが鳴り終わったあとも、昇降口にはしばらく、気まずい空気が漂っていた。
「……お前、昼に弁当持って屋上来い」
コウヨウは、重い空気を断ち切るごとくそう言うと、僕に背を向け、立ち去っていった。
僕も教室に向かって歩いていった。
……サクラとは一体、誰なのか。
僕は、それがずっと気になって、授業に集中できなかった。窓に近い席だったため、窓の外を見てみるが、一時たりとも落ち着くことはなかった。
気がつくと、お昼のチャイムが鳴っていた。
◇◇◇
「……っはぁ、はぁ」
僕は、息を切らしながら、階段を登っていた。
たまたま授業が延長したため、お昼すぐに屋上に行けなかった。授業が終わり、連絡しようと思ったら、コウヨウから「早く来い」と連絡がきていたのだ。
とりあえず、急いで屋上へ向かう。
……なんで今日に限って、延長するのかなぁ。
日頃、運動していないだけあって、教室から屋上までの階段で息を切らしてしまう。
僕の通う学校の校舎は全て四階建て。僕の教室は三階にある。朝、学校に来るのがギリギリになってしまったときは一大事である。ダッシュで一階から僕の教室に向かえば、きっと僕は教室で倒れて動けなくなるだろう。教室から屋上までたかが一階くらいなら、と思うかもしれないが、僕の運動オンチを舐めてもらっちゃ困る。たかが一階、されど一階。息が切れないわけがない。
そんな僕が屋上に着いても、すぐ話せるわけがなかった。
「……っはぁ、はぁ。コウ……ヨウ……ごめんっ…………授業が……長びいてっ……ゲホッ、ゲホッ」
屋上の扉を開けると、僕は前のめりになり、手を膝に当てながら言った。
何も言わずにいると、イヤイヤ来たのだと思われそうだし。
「……遅ぇよ」
コウヨウのどっしりと重みのある声が、屋上の空気を震わせた。
僕は、反射で「ごめん……」と言って俯く。
「……まあ、来てくれたからいいよ。んなことより、お前」
そう言うとコウヨウは、ゆっくりと僕の方へ近づいてきた。ガタイがいいせいか、僕に一歩一歩近寄るたび、コウヨウの姿が大きく感じられた。圧迫感、とまではいかなくても、変な緊張をしてしまった。
コウヨウが目の前に来た時、僕は思わず、声を出した。
「……な、何?」
「……お前、いつまでそこにいるんだよ。こっち来いって。さっきの距離だと話せるものも話せないだろ? ほら、来いって」
コウヨウがそう言ったあと、僕はコウヨウに連れられるまま、歩き出した。
この時のコウヨウの笑顔は、真上から僕らを照らす太陽よりも、煌びやかであった。
僕とコウヨウはグラウンドが見えるフェンスまで行き、地べたに座った。
「ところでお前、弁当持ってきたか?」
「え、あ、うん。持ってきたよ」
「よし、じゃあ食おうぜ。あっちとかどうだ?」
コウヨウはグラウンドが見えるフェンスの方を指差した。よく見ると、反対の手には、弁当らしきカバンを持っていた。
僕は「うん」と首を縦に振り、コウヨウと一緒にフェンスに近寄って弁当を広げた。
コウヨウと食べるのはとても久しぶりで、新鮮な感じがした。
「こうやって一緒に食べるの、いつ以来だ? 」
「えっと…小六以来かな。卒業した日の夜、家族ぐるみでご飯食べに行ったと思う」
「あー、懐かしいな」
僕とコウヨウは、たわいもない話をたくさんした。ユカリとコウヨウはいっつも言い合いばっかで、僕とモモカがよく止めてたとか、僕は運動が好きじゃなかったから、外で遊ぶときはいつも置いてかれてたとか、いつものあの公園で、四人でよく遊んだとか。
「そういえば、たまにだけど、五人で遊んでたこともあったな……懐かしい」
「え? 五人? そんなことあったっけ?」
「あったぞ? これも覚えてないのかよー……」
サクラという女の子のときと同様に脳内検索してみたが、ヒットしない。
「んーわかんない……その五人目って、一体誰なの?」
「あー、もー! 疎いやつだなぁ。サクラはモモカの妹!!! モモカに負けないくらい、元気だったんだよ! いやぁ、俺はあいつに徒競走で勝てた試しがないんだよなぁ」
モモカの妹、サクラ……元気な女の子……足が早い……。だめだ、何も思い浮かばない。
「……お前、ほんとに何も思い出せないのか?」
コウヨウの言葉に僕はこくりと頷く。
「……まぁ、あれは、俺も思い出したくないし……お前が一番、思い出したくないことだよな」
コウヨウは、僕の隣でぽつりと呟くと立ち上がった。
「え、なんだよ、それ……」
「じゃあ俺、戻るわ。次、移動だからさ。楽しかったぜ! また思い出したら、俺に教えろよ? じゃあな」
コウヨウは明るくそう言うと、駆け足で屋上から去っていった。
なんだ、サクラって……誰なんだよそいつは……!
結局、朝からあるモヤモヤは晴れぬまま、僕も屋上を後にした。
◇◇◇
今日の放課後は、あの公園へ行こうか迷った。
────「なら、また明日、ここに来て。きっと君の求めている真実があるから」
この言葉が本当なのか分からないし、100パーセント真実を教えてもらえる保証なんてどこにもない。デマである可能性はある。
しかし、このまま何も知らずにいていいのか。
あの時、一緒にいた僕が、もしかしたら救えたかもしれない僕が、このことから目を逸らしてていいのか。
いや、よくないに決まっている。
真実を知る可能性が数パーセントでもあるなら、足を運んで聞く価値はある。
────あの日の真実と向き合うために。
僕は一人でうんうんと考えた末、今日もあの公園に行くことにした。