後悔と再会
「っ……はぁ……はぁ…………よーし、タッチ!!! 」
僕はやっとの思いでモモカにタッチした。
僕とモモカは膝に手をつき、息を切らしていた。
「はぁ……はぁっ……やられたぁ……ヒュウガ、ほんとに足速いよね! 」
「そ、そんなことないよ……。モモカだってっ……速かったよ」
僕は、全力でモモカを追いかけていた。しかし、なかなか追いつかなかった。タッチできそうで、できない距離までしか詰めれなかった。しかし僕は、やっとの思いで追いついて、タッチした。
「いやいや、ヒュウガには敵わないって! いつも本ばっか読んでるくせに、何でそんな速いのさぁー」
モモカは頬を膨らませ、腕を組んだ。
これは当時、モモカがよくやった、冗談半分の少し怒ったポーズであった。
僕は、戸惑いと照れの入り交じった気持ちになった。
「な、何でって言われてもなぁ……」
僕は頬を人差し指でぽりぽりとかいた。
モモカは、「うふふっ」と言うかのように、口に手をあてて笑っていた。
しかし、しばらくすると突然、モモカは前かがみになり、咳き込みだした。僕は考えるよりも先に、モモカの方へ体が動いていた。
「だっ……大丈夫……!?」
「けほっけほっ……ふぅー……。うん! 大丈夫だよ! 最近、咳が出るようになっちゃってー」
咳き込んでいるときはとても辛そうだと思ったが、落ち着きを見せたと思ったらケロッといつものモモカに戻っていた。
そうか、ただの風邪か……。
僕はそう思ってしまった。
「よーし! もう大丈夫!!! んじゃあ、今から数えるよー! 早く逃げないと、捕まえちゃうよー?」
モモカの笑顔は、夕陽が汗で反射したせいか、とてもキラキラと輝いていた。さっきまで咳き込んで苦しそうだったのが嘘のようだった。
辺りの木々はサワサワと揺れ、数羽の小鳥がパタパタと飛んでいく。
この時の僕は、「モモカが大丈夫と言ってるなら大丈夫だろう」と、モモカに背を向けて走っていった。
このあと、喘息で倒れてしまうなんて、考えもしなかった。
ただ、僕が疎かったんだ。
──あの時、タッチしなかったら。
──あの時、モモカから離れるのが、もう少し遅かったら。
今まで何回、そう思っただろうか。
そして、あの時。
何故、辛くて苦しかったはずなのに、僕に逃げるように催促したんだろうか。
僕に残っているものは、モヤモヤとした灰色の「後悔」という気持ちだけであった。
鬱蒼とした木々は、ゆっくりと風に揺さぶられ、空の星々は、うっすらとした雲に覆われた。
「ねぇ。知りたい?」
どこからともなく、声が聞こえた。
びっくりして辺りをキョロキョロ見渡してみるが、近くに人らしいものは見当たらない。
「ねぇ。あの日、あの時に起きたこと、知りたい?」
僕はドキッとした。
「あの日」、「あの時」、起きたことを……? 本当なのだろうか……。
「ほんとだよ。私は知ってるよ。君の知りたいこと、全部知ってるよ」
また、声が聞こえた。今度は、さっきよりハッキリとしていた。しかも、僕の心の声が聞こえているようだった。
僕はひたすら考える。
「あの日」、どうして公園の入り口で倒れることになってしまったのか。
「あの時」、どういう行動をとっていたのか。
当時はもちろん、今でさえ明らかになってはいない。
だから、知りたい気持ちはある。
しかし、知ってどうする。
それを知った僕は、何かできることがあるのか……? 過去に戻って「あの日」の出来事を変えることができるのか……?
「……何もできないなら、知らない方がいい」
無意識に、僕はそう呟いていた。
「そっか」
優しい風が吹き、木々はゆっくりと揺れた。
その声は、ぽつりと呟くように言うと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「なら、また明日、ここに来て。きっと君の求めている真実があるから」
それから、その日、その声が聞こえることはなかった。
僕は、桜の木に背を向け、まっすぐに歩いて帰路についた。
◇◇◇
翌日。
学校に着くと、「おはよう」と声をかけられた。僕は基本的に、一人でいることが多いため、声をかけられるのに慣れていなかった。そのため、僕はその声を聞いた瞬間、体をびくっと震わせた。声の方を見ると、僕とは正反対のガタイのいい男子が立っていた。
「よっ。ヒュウガ」
僕は、懐かしさと共に、驚きを隠せないでいた。
「……まさか、コウヨウ?」
コウヨウとは、小学生のときによく遊んでいた友達である。中学校にあがるときに、コウヨウが隣町に引っ越してしまったため、ずっと会っていなかった。
そして、「あの日」一緒に遊んでいたうちの一人である。
「そうだよ。なんだ? 忘れたのか?」
「いや……そういうわけじゃなくてさ……コウヨウの雰囲気、随分変わったなぁって思って……」
「ああ、まあ小学生ンとき以来だしな。お前は相変わらず、変わってねぇなぁ」
こんな感じで話すのは、何年ぶりだろうか。
とても懐かしく感じた。
「余計なお世話だよ。それで、僕に何か用? 」
僕は、コウヨウの顔を見た。
コウヨウは、強ばった表情をしていた。こんなに強ばっている顔を見たのは、初めてだ。
「どっ……ど、どうしたんだよ。そんな顔して……」
僕がそう言うと、コウヨウは俯いた。
僕は、わけがわからず、戸惑うことしかできない。
沈黙が続いた。
生徒の笑い声や、靴を出し入れする下駄箱の音が辺りを包み込む。
しばらくして、コウヨウは顔を上げ、目を見開き、口をぎゅっと噛みしめた。僕を見つめながら、口を開いた。
「俺、昨日……。サクラに会ったんだ」
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