栞
僕はパチッと目を開いた。
軽い息切れと大量の汗。悪夢を見た後のようだった。
そして、肌をサーッと撫でるかのように、何かが通り過ぎる感覚。
これは……風……? さっきまで風なんて吹いてたっけ……?
気がつくと、空は深い藍色になっており、少し離れた場所にある街灯は地面を照らしていた。
いや、違う……。ここはいつもの公園だ。
僕は辺りをキョロキョロ見渡して確信した。
さっきまでのあの出来事は一体……なんだったんだ……? 今思えば、この公園になんとなく似ている気がする……。
夢……だと信じたい。
僕はふと顔を上げると、視界に桜の枝が入った。よく見るとピンク色の花が咲いていた。この前はじめて彼女と会ったときは、五分咲きだった。今は八分咲き、といったところである。
肌を撫でるような優しい風が吹く。桜の木の枝はユサユサと揺れ、桜の花びらは僕の目の前をゆっくりと舞い落ちた。
僕は桜の木の下で本を読んでいると、気づいたらこの空の色だった、ということはよくある。春になって桜の花が散っていく様子なんてこれまでにたくさん見てきた。
なのに、なんとなく儚さというか、寂しさというか、物悲しさというか、そんな感情が心の中でぐるぐると渦巻いた。
……今、自分に何が起こっているのか、全く分からない。きっと、急に不思議なことが起こりすぎて、混乱しているんだ……。うん。きっとそうだ。
僕は鞄からケータイを取り出して、画面を付けた。時計の針は、もうすぐ七時五十分を指そうとしている。
もうこんな時間か……本読んだ気がしないけど、今日は帰るか……。
僕は立ち上がると鞄を肩にかけ、歩き出した。
◇◇◇
次の日。僕は、街の図書室で本を手に取っては、パラパラとめくっていた。
そうすることで一部をサーっと読んで、面白そうな本を見分けることができるのだ。他の人はそんなことしないかもしれないが、僕はいつもそうである。
何冊かパラパラとめくっていると、ページとページの間に何か挟まっている本が一冊あった。それは茶色のハードカバーに、全く聴いたことのないタイトルの本だった。
これは……栞? よく見たら桜の花の押し花が入ってる。誰のだろう……。
僕は栞を手に取り、裏を向ける。名前は書かれていなかった。ふと、小説の文に目をやった。
──「単純な問題こそ、難しくなるもんだよー」
ある男の子の哲学的なセリフだった。
……単純な問題こそ、難しくなる、か。
僕はその言葉が何か引っかかった。なんだか分からないけれども、なんとなく。
今はとりあえず、この栞をどうにかしよう。
僕は本に挟まっていた栞を、図書室の貸し借りをするカウンターに持っていった。
「すいません。これ、本の中に挟まってました」
「は、挟まってた……? はぁ……そうですか。ありがとうございます」
僕が栞を渡した司書さんは、さっきの僕と同じように表と裏を見ると、「あっ」という声をもらした。
「名前、書いてありますね」
え……? 書いてある? 僕が見た時は何も書いてなかったのに……。
「ええっと……『MOMOKA』って書いてありますね。これなら、持ち主はすぐ見つかりそうです」
僕はその名前を聞いて、身体中に衝撃が走った。
も、ももか……ももかって……いや、違う。
だってあいつは……。
「あの…………大丈夫……ですか?」
僕の額には冷や汗が滲んでいた。
「……あっごめんなさい。だ、大丈夫です……」
「とりあえず、この栞は預かっておきますね」
「あっ、いや、あの……その栞、ぼ、僕の友人のなので、わ、渡しておきますっ……」
「え……あ……はい……。わ、わかりました……」
司書さんにすごい引き気味で言われた。
僕は栞を司書さんから受け取ると荷物を持ち、足早に図書室をあとにした。




