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夜明け招く者共  作者: 稲荷和人
3/3

嶋アカネ!

「今日は結構暖かいな」

ゆっくりとした足並みに、どことなく軽やかさを感じさせる歩調で星野雪斗は、歩き慣れたいつもの道を街角の本屋を目指して歩いて行く。


「ん?何か人があつまってるな。」

いつも帰りに寄っていく公園で数人の小さな人だかりが出来ている。


「あの学ランは、南中学校の学ランかな?」

見覚えのあるその制服は、雪斗の母校のものだったからかすぐに分かった。まだあどけなさが残る顔をした、坊主頭の中学生が7人程集まったその円の中心に、何やらギャーギャーと喚いている子供がいる。


ーーーいじめか?雪音くらいの年齢かな?声かけるべきか。

と悩んでいると。


「何やってるんだ!」

どこからともなく声がとんだ。その背後からであった。のぶとく、よく通る声が公園中に響き渡った。


「デ、デカイ」

身長は190センチくらいあるのだろう。坊主頭の眉無し大男がそこに立っていた。下はジャージに上はパーカー。恐らくだがロードワークの最中と言ったところか。


ーーーん?この顔、最近どこかで見たな……


思い出せない。たしかにどこかで見たことがある。


顔は、失礼だがあまりカッコいいとは言えず、どちらかと言えば、見た目でかなり損をしそうな強面な眉無し大男は、150センチ程の身長で築かれた円にドカドカと向かっていく。


「ひっ」

小さな悲鳴が150センチの申し訳なさそうに築かれた円から洩れる。


「あれが行けばすぐにあの場も治るだろう」

細い目をしながらそう捨て台詞を吐き、雪斗はさっさと公園を後にした。

ーーー変なことに関わったらそれこそ俺の日常が崩れるからな。助けが他にいるのなら無理に関わることもないだろう。



「危ない危ない。最後の1つだったな♪」

目的の本を手に入れ、ご満悦な雪斗は鼻歌を歌いながら、先程よりも軽やかに、歩調も気持ち早く、いつもの公園へと向かった。


「あれ?まだ人だかりができてる。しかも気持ちさっきより大きくなってないか?」

雪斗は、訝しげに見ながらもいつものベンチへと座り、先程購入した本を手に取る。


待ってましたと言わんばかりに緩んだ顔のまま本を読み始める。

するとさっきまでガヤだった声の中に正確に聞き取れる言葉がいくつかでてきた。

「え?ゆうこ知らないの?大鵬高校の前園くんだよ!」

「いや、うち野球見ないし」

「サインください!」

「デッケェー」


ーーーあーどこかで見た顔と思ったら、朝やってたニュースで特集されてた甲子園ボーイか。どおりで人が群がるわけか。


自分で腑に落ちた雪斗は、ふと顔を上げ、未だ野次馬にたかられて困り顔の前園を見ながらポツリ、ポツリと呟いた。


「君の普通って何なんだろうな。」

「こうして色々な人に興味本位で囲まれたりしても、それは君にとっては日常に当てはまるのかな。」

「それとも今この現状は、君にとっても異常なのかな」


「じゃあ、お前にとって普通とは何だ?」

唐突に高い声が雪斗の言葉を遮った。


答えが返ってくることを全く期待していなかった質問に唐突に質問が返ってきた事に雪斗は驚いた。


顔のすぐ左隣に気配を感じ、バッと目線をそこに持っていく。すると、その目と鼻の先に大きく見開かれた黒い瞳がこちらを見つめていた。


「うわぁぁぁっ」


驚き、よろめき、ベンチから身が転げ落ちる。


「ちょっと、驚きすぎでしょ。」ケラケラ笑いながらその女の子は口を抑える。


「は?へ?えとっ、誰?君。」

あまりにも急な事だったため、雪斗は考えを整理しないまま口を動かし、この状況を作っている元凶に正体を訪ねる。


「わたしの名前はアカネ。嶋アカネ!」

ふっふーんと腰に手を当て、満面のドヤ顔で自分の自己紹介をし終わる少女。


ーーーいや、紹介終わりかよ……


ウルフカットの赤い髪の少女。アホ毛が特徴的で、目は黒くすんでいて大きく、いたずらっ子のように口角はニカッと片方だけが上がっている。その間からはヤイバが見えており、やけに上から人を見下しているのか、顎をくいっと上にあげ、先ほどのドヤ顔を続けている。身長は140センチ前半程しかなく、チンチクリンだが、顔立ちがよく、かなり美形だ。ほっぺには昔のガキ大将がつけているような白いバンソーコーが貼ってあり、いかにもやんちゃ娘という感じが滲み出ている。


「お、おう。嶋さん?でいいのか?」


「アカネでいいよ!」

雪斗の返事に元気に答える赤髪少女。


「あんたさっき、あのデカイやつの隣にいたやつでしょ?ちゃんと見えてたんだから」


ーーーデカイやつ?あー前園のことか。さっきっていつだ?


「いや、特に知り合いとか友達とかじゃないから、サインとかはもらいに行けないぞ!」


「は?何言ってんの?」


「え?前園選手のファンとかじゃないのか?」


「誰だそいつ。まったく知らんぞ。それよりも私は、あんたに興味があって話かけたんだけど。名前は?」


「あ、えーと、星野雪斗、だけど。一応高校生やってるから言葉使いをもっと……「雪斗ね!覚えた!」


言葉使いを直せと言う前に返事で遮られてしまった。

ーーーこの小学生め、話を最後まで聞くという事を知らんのか。どんな教育されてんだよ・・


今更言ってもしょうがないと諦め、頭を抱えながら先程の質問について聞く事にした。


「さっきの質問だけど、俺の普通がどうのって話だったよな?」


「そんな事は、もうどうでもいいのよ」


間の抜けた返事が即答された。「なっ」


ーーーこ、このガキぃ。・・落ち着け星野雪斗。相手は小学生だ。高校生が同じ土俵に上がるほど醜いものはないぞ。ここは、あくまで大人の対応だ。


「そっかー、忘れちゃったかー、じゃー仕方ないねー」

思ったよりイラついていたらしい。棒読みで発したあやし言葉は思いのほか馬鹿にした感じが出ていた。


アカネから凄い冷たい視線を感じる。


ーーーげっ、めっちゃ怒ってる。


殺すぞと言わんばかりの殺気を帯びた透き通るような目。なんて眼力。


「まぁいいや。雪斗、今お金ある?」


唐突の質問に雪斗が答える。

「ん?あー、一応は持っているけど。」


「そーか!じゃーあのチョコバナナクレープが食べたい。買ってくれ!」


「は?、いやなんで」


「お金がない」


ーーー知らねぇぇ。


「じゃー我慢しろ」


ムーっとした表情をするアカネ。


「お礼ならするぞ!1つ言っておくが、わたしの家は金持ちだぞ。」


ーーー危ない匂いしかしない。まずいな、このままだと俺の「普通」に反することが起こりそうな気がする。というかもう起こってる。とにかく追い払うか。


どう追い払うか考えていると、アカネは独りでに会話をし始めた。


「まったく、わたしはあの坊主中学生共に野球のスイングについて語っていただけなのにあのデカブツときたら、弱いものいじめはやめろ〜って、わたしを弱いもの呼ばわりして、いったい何様のつもりだ。まぁ、雪斗に出会えた事は収穫だがな。これでクレープさえ食えれば文句なしだな♪」


ーーー囲まれてたのはお前かーい!というか、律儀に円陣組んで話を聞いていた中学生にまずは謝りたい。すまない疑ってしまって。


すると雪斗は良い作戦を思いついたのかニヤッと笑みを浮かべた。


「分かった。クレープを買ってやる。」


まだぶつくさと文句を言っていたアカネは、その言葉を聞いた瞬間、キラキラと輝かした瞳をこちらに向けきた。


「ホントかぁー!!?」


「あー本当だとも!500円あれば足りるか?ほらよ」

と言って財布から500円玉を抜き取りアカネに渡す。


「うぉぉー、ありがとー雪斗!」

「お礼にお前を私の部下にしてやろう!」


満面の笑みで腰に手を当て、たからかに宣言する赤髪小学生。


「あーはいはい、ありがとよー。」

小学生の戯言に、軽く受け流すように返事をする雪斗を尻目に独りでに盛り上がっていくアカネ。


「まずはコードネームだな!えーと。雪斗は、雪だから、スノー、だと普通すぎるから、えーと、吹雪!ブリザード、ブリーザド、あ!ブリーザ!」


「ヤメロォォォ」

全力の否定をした。


「何ック星を壊させる気だ!俺は刻まれてミンチになる気はないぞ!」


「言ってる意味はよく分からんが、まぁコードネームは後からでもいいか」

自分で納得したアカネは全速力でもらった500円玉を握りしめて、クレープ屋さんへと駆けて行く。


「 今だ!」

雪斗はアカネが遠くに行ったと同時に全速力で家への帰路についた。



「ふぅ、嵐みたいな子だったな。えらい目にあった。これからはもう少し慎重に行動しよう。」


玄関に身体を預けながら新しく誓いを立てる雪斗の携帯にメールが届く。


「明日、始業式の準備委員だから先に行く。 晃」




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