これが日常。
……ピピピピッピピピピッピピピピピピピピピピピピピピー
「ふごっ」
「はよっと。」
ピッ!
カッコの悪い第一声とともに、渾身のチョップで朝のおともに軽い挨拶をすませた星野雪斗は、おともに表示された日時を見る。
「しまった。今日祝日だったかー。ん〜6時。もう少し寝れたな。」
間の抜けた声で独り言をポツリ言い、それでも毎日染み付いた習慣には体は逆らえず、まだ開ききらない瞼をこすりながらそそくさと洗面所のある一階へと階段を降りていった。
「おし!今日も頑張るか」
顔を冷水で洗い終わり、ほんのり顔を赤くした雪斗は、自分を鼓舞しながら、三人分の洗い物が入ったカゴを洗濯機へと突っ込んでいく。
ごわんごわん。と今にも壊れそうな音をたてながら、ベテラン洗濯機は今日もいつものメロディを奏でていく。
「おはよう。母さん」
仏壇に手をあて、亡くなった母に挨拶をすませる。
「さてと、朝飯作るかー」
気分を盛り上げるように台所に向かい、いつもと同じように朝食を作っていく。
「ふぁ〜、おはよう。お兄ちゃん休日なのに早いね。」
卵焼きが出来上がったと同時に妹の雪音がボサボサになった黒い短髪の頭をかきながらリビングに入ってきた。
おはようと答えると、リビングのソファーでさっそく寝始める妹に一喝をいれる。
「そんなところで寝るなー!」「早く顔洗ってきな。雪菜さんはー…まだ寝てるか。」
ゴネる妹の背中を押し、無理やり洗面所に向かわせる。そこに示し合わせたかのようにベテラン洗濯機が終了の合図を送ってきた。
「ナイスタイミング!」
っと信頼と実績を兼ね備えた相棒に賞賛を送り、洗剤の香り漂う洗い物を庭に干していく。
「お兄ちゃん先食べてもいいー?」
中から「待てない!」と言わんばかりのそんな声が飛んでくる。それに合図を送り、手際よく三人分の洗濯物を干し終わり、雪斗も食卓につく。
「また卵焼きと味噌汁だね。おいしいけどー」
と雪音が不満をこぼす。
「いやなら食わんでええぞー」
と雪斗がニヤッとしながら意地悪を言うと雪音は首を横にブンブンと振りながら朝食をたいらげていく。
朝食をすませ、お茶をすすりながら朝の情報番組を考えなしに見ている。テレビの画面の奥では、司会者とコメンテイターが、先日終わった春の甲子園の話題で盛り上がっていた。
「いや〜、大鵬高校の前園君。彼は別格でしたねー。今年の夏も楽しみですね。」
と司会者が言うと、コメンテイターは、
「いやまだまだ、打撃だけでなく守備も磨かないとー・・・」
とやんややんや盛り上がっている。
「はぁ〜」と大きなため息とともに雪斗は一人でニヤニヤとし始めた。
ーーーこれぞ普通!まさに日常!俺は今、完璧な普通を作り出している。母が亡くなって約5年。あいつに言われた普通を否定するために色々あがいてきたが、これ以上に普通なことがあるか?いやない!完璧な日常ではないか!
「なぁ!ポン吉!」
とソファーに置かれたタヌキのぬいぐるみに話しかけ不敵な笑みを浮かべる雪斗。
「あ、あんた、何やってんの?」
己の世界に浸っていた雪斗は唐突に雷に打たれたように痙攣した。そしてゆっくりと声の主の方に体を向ける。
「ゆ、雪菜さん・・・おはようございます……」
そこには、苦虫でもかんでしまったかのような表情をした綺麗な黒髪の長髪の女性が立っていた。
「ちょっと、雪斗。そういうことは中学までで卒業しとかないと。世間の風当たりがあんたのとこだけ強くなるよ!」
かなり真面目な顔で説教をする叔母の雪菜に、雪斗は顔を赤くしながら正座してうなだれている。
綺麗な髪に整った顔立ち。星野家特有の左目の下のほくろが彼女の気品をさらに駆り立てる。一つ残念なのは、酒癖の悪さである。今年で30レベル(年齢)に到達するが、男にはことごとく逃げられているらしい。
ーーーー俺たちがいるということが理由かもしれないが・・・・。
なんてことを思考していた雪斗に「聞いてるのっ!?」と声を荒げる雪菜に再び背筋が伸びる雪斗。
30分程絞られた後。
「とまぁ、お説教はこれくらいにして、朝ごはんもらおっかなー」
さっきまでの小言が嘘のように声を弾ませながら雪菜は台所に駆け込んだ。
「おぉ!味っ噌しーるじゃーん♪」
と鼻歌を歌いながら味噌汁を温めなおしている。
雪斗は微笑ましいその光景を見ながら、優しい表情で小さな声で「ありがとうございます。」と風の音と変わらないほどの声の大きさでボソッとつぶやいた。
「そろそろ出ようかなー」
部屋で外着に着替えた雪斗は玄関へと向かう。
「雪菜さーん、ちょっと俺、外出てきます!雪音も友達のところに遊びに行ってますんで、留守番おねがいしますー!』
奥の方から「はぁ〜いよ〜」と気の抜けた返事に応えるように
「行ってきます!」と大きな声で星野雪斗は玄関を開け、春の陽気漂う外へと出て行った。