プロローグ
少年は激怒した。母の墓前の前でかつて父親であったその男がこう吐き捨てたからだ。
「やはりこの家は普通じゃなかった。俺は、普通の暮らしがしたかっただけなんだ!」
耳にした瞬間、少年の右手は縦横無尽に飛び回るハエを捉えるがごとく、その男の胸ぐらを捉え、手繰り寄せた。そして、怒りの炎を宿した、泣枯れた瞳で睨みつけ、絞り出すように言い放った。
「普通ってなんなんだよ……あんたにとって普通ってなんなんだよ…」
今ある憎しみを目一杯に込めたその言葉は思いの外静かで、だが殺気に満ちていた。
胸ぐらをつかまれた男は最初こそ目を見開き驚いていたが、だんだんとその目線は落ちていき、地面へとその目線は縫い付けられていった。
・・・悲しかった。ただひたすらに。
父と呼べる人はもういない。いるのは、目の前にいるのはただの裏切り者だ。
瞬間、力が抜け、傀儡人形が糸を切られたかのように少年は地面へと崩れ落ちた。
かつて父親であったモノは、「すまない」というセリフとともにその場から姿を消した。
気が遠くなっていく。耳元では妹が泣きじゃくっている声がやけにはっきりと聞こえる。
「いやだ」
ふっと息を吐くように少年はボソッと口にした。
家族が壊れていく。あるのが当たり前だったものが壊れていく。ひどく頭がいたい。
ぼやける視界の中で少年は影を見た。見覚えのある懐かしい形をした影だ。
少年は手を伸ばし、その影を捕まえようとする。しかし、その手は空を掴むばかり。
やがて影は少年から遠のいていく。それとともに少年の意識も遠くなっていく。
「待ってよ。待ってよ母さん………!」
消えゆく意識の中で少年は影を呼び止めるも、影が少年を迎えることはなかった。