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ちっさいおじさんに出逢うと、本当に幸せになれるのか?  作者: ハナミヅキ
第1章 紫色の夏
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家の前まで来ると、ポーチで一端立ち止まった。レインコートの水滴を軽く払ってからポケットを覗いてみる。


「おじさん、大丈夫ですか?」


『アァ、何とか……』


様子を窺いながら忍び寄り、そーっとドアを開ける。


(やっぱり……)


玄関では、仁王立ちの母親が待ち構えていた。


「どこに行ってたの?」


「あっ、ちょっとバス停に……。なんか、忘れ物しちゃったみたいで……」


白々しく愛想笑いをする優衣。


「全く……、早くシャワー浴びちゃいなさい」


「はぁい」


そのまま、バスルームに突進する。


「ちょっと、優衣ーっ! コートは脱いでいきなさい」


(そんなこと、できる訳ないじゃない)


聞こえない振りをして、バスルームのドアに鍵を架ける。すぐにポケットを開いた。


「おじさん、お待たせ」


『モーッ、力いっぱいに押さえつけるカラ、死にそうダッタヨ!』


眉間にシワを寄せて、不機嫌そうに優衣を見上げるおじさん。


「あっ、ごめんなさい……」

(せっかく連れてきてあげたのに……。なんか、可愛くなーいっ!)


優衣は、不服そうに口を尖らせた。


「とりあえずシャワー浴びちゃうから、ここに居て下さい」


『アーイ』


洗濯機の上にタオルを敷いて、その上におじさんをそっと乗せる。

おじさんはクルリと背を向け、あぐらをかいて座った。


(一応、気を遣ってくれてるのかな?)


おじさんの後ろ姿に微笑みながら、急いでシャワーを浴びる。

濡れた体を簡単に拭き取ると、パイル地のバスローブを素早く着込んだ。そうして、今度はそのポケットの中におじさんを隠す。


『モー、押し潰さないでオクレヨ』


「わかってます!」


バスルームのドアを開けて、2階に走ろうとした。

ところが、玄関の方から誰かが話す声が聞こえてくる。どうやら、弟の陽太(ようた)が彼女の夏月(なつき)を連れて帰宅したらしい。


陽太は今、中学3年生。

夏月とは幼なじみで、野球部のピッチャーとマネージャーという、まるでコミック雑誌定番のシチュエーション……。


それはさておき、2階に上がるには、どうしても玄関を通らなければならない。

優衣は、地味に進みながら様子を窺う。


「まぁ、なっちゃんは傘持ってたのにこんなに濡れちゃって! うちの子供達は、人様に迷惑を掛けてばかりで恥ずかしいわ」


嫌みの込められた母親の言葉が突き刺さってくる。


「プッ、この雨で相合い傘? バカじゃない」


身を潜めたまま鼻で笑う優衣。


『僻み(ひがみ)カイ!?』


おじさんは、ポケットからヒョッコリと顔を出した。


「もう、おじさんは隠れててよ」


おじさんを睨みながら、この修羅場をどう乗り切るか考える……。


「もう、行くしかない!」


強行突破を決意し、目力でおじさんを納得させる。


『ハイハイ』


おじさんがポケットに入ったのを確認すると、バスローブ姿で一気に走りだす。


「あっ、なっちゃーん!」


一瞬だけ夏祈に愛想笑いし、唖然とする母親や陽太を通り過ぎ、すぐに階段を駆け上がる。

自分の部屋に飛び込むと、ポケットを庇いながらベッドに倒れ込んだ。


「やった! 作戦、大成功‼︎ おじさん、もう出てきても大丈夫だよ」


『ヤレヤレ……。モー、蒸れちゃっタヨ』


(感じ悪ーい! こんなに頑張ったのに……。連れてきたの失敗だったかも!?)


優衣は、少しだけ後悔した。


おじさんはポケットからピョコンと飛び出て、ちゃっかりとベッドに下りている。


「あっ、そうだ!」


優衣は立ち上がり、ベッドの向かい側にある低い本棚に歩み寄った。1番上の段に並んでいる本を無造作に抜き出し、ベッドの下に重ねていく。そうして、空になった棚に水色のタオルを敷いた。


「ここがおじさんの部屋」


『ヘッ!?』


ベッドの上でくつろいでいたおじさんは、その棚に目をやった。


『ワタシの部屋!?』


瞳をキラキラと輝かせながら本棚に近付いていき、その角を器用によじ登っていく。そこに辿り着くと、寝っ転がってみたり歩きまわってみたり……。とても嬉しそうにはしゃいでいる。

優衣はベッドに腰を下ろし、喜ぶおじさんの様子を楽しそうに眺めていた。


「ねぇ、おじさん……。おじさん達小人は、やっぱり森に住んでるの?」


荷物の整理を始めていたおじさんの動きが止まる。


『ヘッ、ワタシは小人じゃナイヨ』


「えっ!?」


『ワタシは、妖精ダヨ』


そう言いきってから、また作業を始める。


「プッ、妖精って!? プププッ、えーーーっ!?????」


激しく笑いだす優衣。お腹を抱え、足をバタバタと投げ出し、涙まで流しながら……。


『ソンナニ可笑しいカイ?』


「だってぇ、背中に羽もないし……。普通、妖精って綺麗で可愛くて……。もーっ、お腹痛いよーっ! キャハハッ」


おじさんは、笑い転げている優衣の方を向いて座り込んだ。


『ソウイウ美しい姿の妖精も居るシ、ワタシのような姿をした妖精も沢山居るンダヨ』


「ほんとに!?」


『信じるか信じないかは、アナタ次第!』


「あっ、おじさん。私の名前は早川優衣! 優衣って呼んで下さい」


『ワタシの名前は、ヒィリップル.ハーパー.ウィリンジェル!』


「やだ、ウケるーっ! もう、何もかも笑えるしーっ」


全身全霊、笑いも絶頂に達したまさにその時!

なんと、閉めたはずの部屋のドアが突然開いた。


「姉ちゃん、誰か居んの?」


陽太の声で、部屋の空気が一瞬にして凍りつく。


(まじ⁉︎)


驚き過ぎて、身動きがとれなくなってしまった優衣。固まったままおじさんに視線を向けると、おじさんも固まっていた。

幸い、ドアの位置からこの本棚の中は死角となっている。


「今、誰かと話してなかった?」


「えっ、やだぁ。携帯、携帯!」


慌てて傍にあった携帯を手に取る優衣。


「それより、なっちゃんは?」


視線をおじさんに向けたまま、後ろ姿で話し掛ける。


「夏月ならもう帰ったよ。送ってきたし」


「早っ。てっきりリビングに居るのかと……」


陽太は、難しい表情で部屋の中をジロジロと見まわしながら、


「夕飯だから下りて来いって」


用件だけ告げて出ていった。


「わかった。すぐ行く」


振り返り、陽太の背中に向かって応える優衣。


「驚いたーっ」


『ソウカイ!?』


おじさんは、すました顔で座っている。


(おじさんだって驚いてたくせに!)


強がるおじさんを呆れながら、一応ドアの向こうを確認してから閉める。


「陽太の部屋は隣りだからね。やっぱりバレちゃうかなぁ?」


『ワタシは、バレちゃってもカマワナイヨ。ベツニ、疚しい(やましい)ことをしてる訳ジャナイシ』


「いやっ、やましいでしょ! うん、間違いなくやましいよ」


1人で納得しながら、クローゼットに進んでいき着替えを始める優衣。


「おじさん。食事を済ませたら、何か食べる物持ってくるからね」


『ワタシは、食べる物はイラナイヨ』


「えっ、何も食べないの!?」


『トキドキ、花の蜜や木の実をネッ』


「あっ、それは妖精っぽい」


『ソウダ!』


「どうしたの?」


『イヤッ、ヤッパリそれは厚かましいからイイヤッ』


「な〜に?」


おじさんは体裁悪そうに、寝床を作り始めた。


「ねぇ、なーに!?」


『イヤイヤ、いいカラ』


「いいじゃん、言ってみてよ!」


照れまくるシャイなおじさんが可愛くて、優衣はしつこく聞きまくる。


『ソウカイ? ソレナラ、言ってしまおうカナ』


「うんうん、何なに!?」


『デキレバ、アノ白くて甘〜い四角い形をしたアレが食べたいナァ』


「白くて、甘くて、四角!?」


スウェットの紐を結びながら、暫し考える……。


「あっ、もしかして角砂糖?」


『ソウソウ、それ! カクのサトーサン』


「な〜んだ。あるある、たぶんあると思う! 持ってくるから待ってて」


思いがけない任務を受け、張り切って部屋を出ていく。

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