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そして、放課後……。
「早川優衣、帰れるかぁ」
大谷が、B組の教室に入ってくる。
(えっ、そんな堂々とーっ? 帰れるかって……、瑞希達と約束しちゃってるし)
「あっ……」
焦る優衣に、驚くクラスメート。
そこに沙也香も現れ、優衣はもうパニック!
(やっぱり、女の友情を優先させるべき?)
「大谷、あのね……」
優衣が説明に入ろうした、その時、
「優衣ーっ、じゃあね! バイバーイ」
「えっ?」
教室の入り口に立っている沙也香と走り寄った瑞希が、いたずらっぽい笑顔で手を振っている。
「ちょっ、待っ、ドーナツ!」
慌てる優衣を笑いながら、瑞希が叫ぶ。
「たまには、優衣抜きで沙也香と語りたいからーっ」
「はっ! 何それ」
その言葉を聞いた沙也香が、嬉しそうに瑞希の腕に絡み付いて叫ぶ。
「そこの2人ーっ、ケンカしないで仲良くね!」
「ラブラブ〜っ」
ひやかしながら、あっさりと背を向けると、2人は腕を組んで楽しそうに行ってしまった。
「いいの?」
キョトンとしながら、大谷が優衣を見る。
「うっ、うんうん!」
一瞬の出来事に唖然とする優衣
ドーナツを引きずったまま、大谷と仲良く学校の門を出る。
下校する学生達を乗せたバスは、賑わいながらやわらかい光の中を走り抜けていく……。
飛び交う、楽しげな会話……。重なる笑い声……。
同じ空間に居るのに、窓の外を眺めながら並んで立つ大谷と優衣の間には、どことなく不自然な空気が流れている。
(私から、なんか話した方がいいの? いつもどんな感じだったけ……)
「いい天気だねっ」
「だな」
(えっ、終わり!???)
再び、沈黙……。
「……はぁーっ、試験かぁ。ヤバいなぁ」
「うんっ、やばい、やばい! 早く解放されたいよ」
会話が復活し、ホッとする優衣。
「ねぇ、ノート貸してくんない?」
「えっ、どの教科?」
「全教科!」
「はっ! 今更ーっ」
呆れきった顔で、大谷を見上げる優衣。
その瞬間、バスが急停車した。
「そっ!」
間近で、優衣を見下ろす大谷。無邪気な笑顔が迫っている。
(まじで無理っ。近過ぎる! こんなんじゃ心臓もたないよーっ)
紫色の香りでいっぱいのバス停に降りた2人は、試験範囲を確認しながら並んで歩く。
「試験終わったら、どっか出掛けよっか」
「えっ、ほんと? どこどこ、どこに行く?」
初めてのデートに、はしゃぐ優衣。
「ゆいの行きたいとこ」
「えっ……、今、ゆいって言った?」
「あのなーっ、こっちは必死に言ってんだから軽く流せよ」
「プッ、だってぇ〜。なんか笑っちゃうーっ」
「バーカッ、もう言わねーよ」
「うそ、うそ、もう笑わない! じゃあ、私も呼んでみるね」
大谷が、優衣を見つめる。
「……じゅんぺー」
いつもの笑顔で、右手を差し出す優衣。
「おー」
大谷は思いっきり照れながら、差し出されたその手をしっかりと握った。
幾つもの時を越えて、再び繋がれた手と手……。
その2つの魂は、同じ時間を刻める喜びを、今、噛み締めている……。
『モー、ソノ手を離すんじゃナイヨ!』
「えっ?」
優衣には、そんな声が聞こえたような気がした。
オレンジ色の夕陽に照らされてキラキラと輝くラベンダー畑。
その真ん中の道に、幸せいっぱいに映しだされた2つの影……。
と、小さな小さな1つの影……。
fin




