4
玄関に掛けてあった紺のレインコートを羽織りながら、優衣は外に出た。激しい雨の中、バス停に向かって走りだす。
滴を拭いながら誰も居ない待合所の中に入り、濡れたベンチの下を覗き込んだ。
「わぁ〜、やっぱり」
目を細める優衣。
そこには大量の雨が流れ込み、あたり一面大洪水になっている。
(小人達、流されちゃったのかな〜っ!?)
目を凝らして、茶色い泥水の中を注意深く探してみる。
「小人さぁ〜ん……」
暫く探してみたけれど、今朝見掛けたあの小人達は見つからない。
諦めた優衣は、一度腰を思いきり伸ばしてからベンチに座った。
(やっぱり、見間違えだったのかなぁ?)
滝のように降り続ける雨を眺めながら、混乱している頭の中を整理する。
『……イヤァ、参ったナァ』
「え?」
優衣は、その声のする方を見た。
これと言って変わった様子はない。そう思って、視線を雨に戻そうとしたその時、
(えーーーーーっ!?????)
まるで雷神のように、眼球が飛びだしそうになった!
あの、その、3人の小人のうちの1人が、優衣の座っているベンチの端っこにチョコンと座っている。
立ち上がると7〜8cmぐらいだろうか!? その小人は、白い2本線の入った青いジャージを着ている。
更に驚いたのは、思わずおじさんと呼んでしまうほど年季の入った顔だ。
(あれ、このおじさんどこかで……)
優衣は、そのおじさんの顔に見覚えがある。
正面を向いたまま、横目でキョロキョロと様子を窺う優衣。
おじさんは激しく降り続ける雨を眺めながら、何か独り言のようなものをブツブツと呟いている。
「あの〜」
優衣は勇気を出して、声を掛けてみた。
『…………』
聞こえないのか!? それとも、無視しているのか!? 反応はない。
その時、黒い空に光が走った!
ピカッ、ゴロゴロ、ガッシャーン!!
おじさんの頭をやっとのことで覆っている髪の毛は逆立ち、涼しげな目はまん丸に……。完全に固まっている。
(へぇ〜、このおじさん、雷が苦手なんだぁ)
優衣はクスッと笑いながら、そのおじさんの顔をまじまじと見た。
(そうだ! 今朝見た夢の中で私を案内してくれたあの人だ! 服装のせいかなぁ、顔も少しだらしなく見えるけど、あの案内人に間違いないよ)
優衣は、再び挑んでみた。
「あのーっ、夢の中で私を案内してくれたおじさんですよね?」
『…………』
またもや、反応はない。
次の瞬間、黒い空に更に強い光が走った!!
ピカーーッ、ゴロゴロッ、バリバリバッキーン!!!!
おじさんは更に目を見開き、両手で耳を塞いで、もうパニック状態に陥っている。
「こんなところに居たら危ないのに……」
優衣は独り言のように、小さな声で言った。
『ヘッ!?』
(えっ、今のは聞こえたんだぁ?)
意外なところで反応され、調子が狂う優衣。
ひどく怯えるおじさんが、少し可哀想になってきた。
「あのーっ、ここはとても危険だと思うので、よかったら家に来ませんか?」
『いいのカイ!?』
(早っ!)
その反応の早さに、優衣は驚いた。
おじさんは目をウルウルさせながら優衣を見つめ、何かを考えている。
「どうしたんですか!?」
『イヤァ、それは有り難いのダケレド、アナタの親御さんが何とイウカ……』
「お父さんやお母さんには内緒で、私の部屋に連れていきますよ」
『そうカイ!? ソレナラお言葉に甘えようカナッ』
(即答!? しかも、もう荷物まとめてるし)
おじさんの行動力に圧倒される優衣。
『サァ、早くイコーッ!』
おじさんは優衣を見上げていながら、上から目線でそう言った。
小心者で調子のいいちっさいおじさん……。優衣はなぜか、このおじさんがとても愛しく思えてもう放ってはおけなかった。
「そういえば、おじさんみたいな人が、あと2人居ましたよね?」
『アイツらなら、ソレゾレ自分達の持ち場に向かってイッタ』
(自分達の持ち場!?)
意味不明な言葉に、眉をしかめる優衣。深く考えていたら頭がおかしくなりそうなので、(ま、いっか)と立ち上がった。
「とりあえず、ここに入ってて下さい」
そう言いながらおじさんに近付いていき、レインコートのポケットを開く。
『アイヨ』
おじさんは、ポケットの中に飛び込んだ。
(軽っ……)
少し膨らんだポケットを押さえながら、待合所を出る。
激しい雨の中、来た道を一気に戻る。




