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ちっさいおじさんに出逢うと、本当に幸せになれるのか?  作者: ハナミヅキ
第4章 黄色い春
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3〜前世〜

優衣はまたしても、あのモノクロの世界に居た。


(えっ、また来ちゃったの!?)


ザワザワと賑わい、着物と軍服が行き交っている。

少し離れたところには、いつか見たあの黒い物体が……。軽快な汽笛を響かせながら、ゆっくりと近付いてくる。

その汽車に、吸い寄せられるように群がる人々。


(やっぱり、あの駅!?)


そこは、戦地に旅立つ大谷を泣きながら見送った、悲しい記憶の中にあるあの駅である。

夢の中に居る優衣は、その光景を少し遠目に見ながら汽車から降りてくる人達の顔を1人1人確認している。

駅構内にある待合室に立っているのだろうか? 淋しげに佇むその身体には異変が……。


(重いっ。なんか、動きにくーい)


着物を身にまとったその姿は、以前より少しふっくらとしている。違和感を感じながら自分の腹部に手を当て、優衣は全てを理解した。


(そっか! 赤ちゃんが居るんだ)


遠い世界に存在するもう1人の優衣は、母になる誇りに溢れる妊婦になっていた。


駅の構内では……、再会に涙する軍人。悲痛な様相で、還らぬ誰かを探す老夫婦。笑顔で汽車に乗り込んでいく単なる乗客。

今、優衣の目の前で、それぞれのドラマが繰り広げられている。

そして、ここに立っている優衣が待っているのは、大谷にそっくりなあの軍人に違いない。

人の流れが、こちらに向かってやって来る。待ち構えていた優衣は、その人達の顔をしつこいくらいに覗き込んでいる。

人が1人減り……、2人減り……、あっという間にその波が引けていく……。

そして、汽車は当たり前のように汽笛を響かせ、またゆっくりと動き始めた。


(帰ってこない……)


肩を落としながらも、次の汽車を待つ……。

暫くすると、また軽快な汽笛を響かせながら、違う汽車が入ってきた。一斉に、群がる人々。期待しながら、優衣はまた1人1人の顔を覗き込んでいる。


(今度こそ!)


同じ流れが繰り返される……。


次の日も、その次の日も、夜が明けると駅に向かい……。日が暮れるまで、ただ、ただ、汽車の到着を待った。

けれども、通り過ぎていくのは見知らぬ顔ばかり……。


「次の汽車には乗っているかもしれない!」


「また、ダメかもしれない……」


疲労と寒さと心の葛藤の中で、優衣は今日も待ち続ける……。

そして、また汽車が到着した。

当たり前のように、通り過ぎていく人達の顔を覗き込む。


日も暮れ掛け、今日も還らなかったと諦め掛けたその時……。優衣は、汽車から降りてくる1人の青年の顔を見てハッとした。

あの、古の香りがする日本家屋で、大谷にそっくりな軍人と共に居た1人である。あとに続いて降りてくるのも、あの時の青年達に違いない。


(よかった〜。大谷達、無事に帰ってきた〜)


喜びと期待を胸に抱き、重いお腹を抱えながら走り寄る。

優衣に気付いた青年達も、一目散に走りだした。


「ご無事で何よりです!」


1人1人の顔を嬉しそうに見つめながら、丁寧に確認をするもう1人の優衣。

けれども……、

青年達は黙ったまま、ただ優衣を見つめている。


(何? この温度差……)


ただならない雰囲気に、優衣の表情も次第に険しくなっていく……。

緊迫した空気の中、1人の青年が重い口を静かに開いた。


「自分達の部隊が攻め入ったのは、敵軍の数も軍事力も圧倒的な激戦地でありました。不利を承知で前へ前へと進撃して参りましたが……、負け戦だということはもう見えており、ウッ……。大佐は自分達に撤退を命じましたが、時は既に遅く……。逃げ道までもが塞がれ、あとは敵の攻撃を待つのみという事態にまで追い込まれておりましたっ。ウゥッ……」


青年は声を詰まらせ、言葉は途切れてしまった。


(だから、なんなのっ)


優衣はじれったくなった。


(どうして、大谷だけ居ないの!)


そう叫びたい。

けれども、そこに居る優衣は、瞬き一つしないで青年の言葉を待っている。

居た堪れなくなった他の青年が、優衣の前に進み出た。


「大佐は、“自分が(おとり)になる。その時こそが退却すべき時!”だと……」


唇を噛み締める青年。

別の青年が、涙混じりの声を絞りだす。


「我々も、最後までお供させて頂きたいと申し出たのですが……、“一人たりとも欠くことなく生きるべし! 皆で生きる! これが私の最後の指令である”そう命じ、ウッ……、見事、戦地に散りましたっ。ウゥーッ、ウッ……」


「大佐は我々の恩人であります、ウォーッ、オーッ……」


青年達は一斉に、声を上げて泣きだした。


(散りましたって……、死んじゃったってこと? 大谷だけ、もう帰ってこないの……)


厳しい結論に、茫然とする優衣。


「あの人らしい、最期(さいご)だったのですね」


夫が戦死したというのに、そこに居る優衣は微笑みながら頷いている。


「はっ、はい! それはもう、大佐は最期まで勇ましく、ウゥッ……」


号泣する青年達。


「お疲れのところ知らせを届けて下さり、心よりお礼申し上げます。私は……、幸せ者ですね」


そこに居る優衣と青年達のやりとりを、優衣はどうしても納得することができない。


(なんでそんなこと言えるの! この人達は大谷を見捨てて、自分達だけ帰ってきちゃったんだよ)


残酷過ぎる結末に、優衣の胸は苦しくなる。


「申し訳ありません!」

「お許し下さいっ!」

「自分達だけ生き延び、恥ずかしい限りであります!」


泣きながら優衣に詫びる青年達。

そこに居る優衣は、笑顔で青年達の顔を1人1人見つめている。

そして、


「生きて下さい! あの人の分も。さぁ、一刻も早く、ご家族の元へ」


そう言って、深々と一礼した。


(そっか……。あの大谷は自分の命を懸けて、この人達の命を守ったんだ……)


なんとなく、そこに居る優衣の気持ちが少しわかったような気がした。

青年達が、一斉に敬礼する。

肩を震わせながら身体の向きを変え、それぞれの郷里へと帰っていく……。

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