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「こんなにいい天気なのに、夕方から荒れるんだよね」
昼食を終えた瑞希が、教室の窓から顔を覗かせ空を見上げる。初夏の陽射しが、眩しく降り注いでいる。
「えっ、まじ⁉︎ 今日、5時からバイトの面接なのに」
パックジュースを手に、瑞希に近付いていく優衣。
「面接って、Mバーガーの?」
「うん」
顔を見合わせ、同時に晴れた空を見上げる。
「何なに、どうしたの?」
沙也香が、2人の中を割って入ってきた。未だA組に馴染めない沙也香は、このB組で過ごすことが多い。
「優衣、今日バイトの面接なんだって。でも、天気が怪しいねって言ってたところ」
瑞希の言葉に、大きく反応する沙也香。
「そうそう! 朝のニュースで、激しく荒れる恐れがあるって言ってた。とりあえず傘は持ってきたけど」
沙也香も身を乗り出して、同じように空を見上げる。
「うわぁ〜、最悪。今朝、テレビ見る余裕なんてなかったしなぁ。傘も玄関に置いてきちゃったよ……」
うなだれる優衣。瑞希が沙也香の背後から顔を出した。
「じゃ、私の置き傘貸してあげるよ! あれ持ってるといいことあるから」
「ほんと!」
嬉しそうに瑞希を見る優衣。
「わ〜、いいなぁ」
沙也香は、羨ましそうに優衣を見つめた。
学校が終わると、優衣は空を気にしながらMバーガー駅前店に向かった。先程までの晴天が嘘のように、灰色の雲が覆いだしている。
「すみません。あの、バイトの面接に来た早川なんですけど」
緊張する優衣を、綺麗系の女性店員が店の奥へと案内してくれる。胸の名札にはチーフという肩書きが記されていた。
「あっ、早川さん? こっちこっち」
人の良さそうな男が、事務所から顔を出して手招きしている。
「店長の坂本です。とりあえず座って」
「はい、失礼します」
指示通り、応接用の黒いソファーに浅く座る。
「星隆高校の2年生かぁ?」
「はい」
履歴書に目を通しながら、優衣の前にゆっくりと腰を下ろす店長。
「うちにも星隆の2年と3年が1人ずつ居るよ、男だけど……」
「あっ、そうなんですかぁ」
(まじでーっ!?)
当たり前の返事をしながら、期待に胸を膨らませる優衣。
「しかも、2人共イケメン」
店長が、自慢げな顔をして身を乗り出した。
「へぇ〜」
(ヤッホー♪)
他人事のように聞き流しながら、心ではガッツポーズを決めている。
「じゃあ、明日から来れる?」
「えっ、決まりですか?」
「そう。決まり」
「あっ、よろしくお願いします!」
(やったぁー! 何かが始まる、絶対始まる♪)
呆気なく採用が決まり、笑顔で握手を交わしたその瞬間、
「店長ーっ!」と、調理場の方から誰かが呼ぶ声がした。
「じゃっ、みんなには明日紹介するから」
そう言って、慌ただしく事務所を出ていく店長。残された優衣も、案内をしてくれた女性店員に挨拶をしてから店内に入った。
(明日からここで働くんだぁ。しかもイケメン2人……。どちらかと恋に!? なんてことも……♪ まじで、この傘凄いかも)
鞄からはみ出した傘を、ギュッと中に押し込んだ。ハイテンションで店の中を通り抜け、外に出る。
「えーっ、何これ!? ちょー不気味」
先程までの灰色の雲は黒い色に変化し、黒い空が真上まで迫っている。
「早く帰らなきゃ」
優衣は、急いでバス停に向かった。
バスに乗ってからも、黒い空は凄い勢いで追い掛けてくる。
ゴツッ、ゴツッ、ゴツッ……。大粒の雨も降りだし、窓ガラスを強く打ち付けている。不快な音と異様な景色に怯える優衣。
(瑞希達が言ってた通り……。荒れ過ぎだよ!)
家の近くのバス停に辿り着く頃には、雨はもう土砂降りになっていた。瑞希に借りた赤い傘を開いて、家のドアまで一気に走る。
「ただいまーっ」
バスルームに直行し、乾いたタオルで髪や制服の滴をサッと拭き取る。そのまま2階に上がっていくと、サンルームの方から騒がしい音が聞こえてきた。母親がドタバタと、取り込んだ洗濯物と格闘している。
「あら、おかえり。傘なかったんじゃない?」
「瑞希に借りた」
「もーっ、いつも鞄に入れておきなさいって言ってるでしょ」
「だって、重いんだもん。それに……」
言い訳を考えながら、ベランダを叩きつける雨に目をやった。土砂降りの雨はもう、全ての景色を消してしまうほどの豪雨となっている。窓から見える白いバス停が、可哀想なくらいに痛々しい。
その時、
「あーーーっ!!」
優衣は、朝の出来事を思いだした。
(小人達!)