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学校に到着すると、環境委員の生徒達がゾロゾロと正門の前に集まり始めていた。
「優衣ーっ、早く、早く!」
「あっ、沙也香」
美山沙也香、この春編入してきた転校生……、A組の環境委員である。
「はいっ、これB組の名簿! 他のクラスのは渡しといたから」
「沙也香ありがとーっ! ほんと助かったぁ」
瞳を潤ませ、長身の沙也香を見上げる。
名簿を受け取ったところで、朝の挨拶運動が始まった。
「おはようございまーす!」
「お早うございます」
「優衣ーっ、沙也香っ、おはよー」
体格の良い女子が、笑顔で近付いてくる。
「あっ、瑞希! 鞄お願ーい」
足元に置いていた鞄を、申し訳なさそうに手渡す優衣。
「また乗り遅れたの?」
「はい……」
市原瑞希、同じ中学から来た優衣の親友……、バスケ部では副キャプテンを務めている。よほどの縁があるのか、優衣とはずっと同じクラス。その隣りに居るのは、2ヶ月ほど前にできた瑞希の彼氏・深沢、陸上部のエースである。
瑞季は「仕方ないなぁ」と呆れながら鞄を受け取ると、深沢と楽しそうに校舎の中へと消えていった。
本鈴のチャイムが鳴った。
当番の優衣は、まわりを気にしながら正門を閉め始める。
その時、遥か向こうから全速力で走ってくる男が視界に入った。
大谷純平、優衣の夫として夢の中に登場した同級生。同じB組の生徒である。
大谷は、いつも優衣が乗ってくる一本あとのバスに乗って登校してくる。朝は時間に余裕のない優衣も、何度かこのバスに乗り合わせたことがあるが……、停留所から学校まで猛ダッシュしても、遅刻か!? セーフか!? 2分の1の確率。
朝から、心臓に負担の掛かる賭けである。
今、まさに、毎朝その勝負に挑む男が、凄い勢いで近付いてくる。
「おーい! 早川優衣、ちょっと待ってろ」
優衣に向かって叫んでいる。
(全く……、礼儀を知らないヤツだね〜)
見なかったことにして、急いで門を閉める優衣。
ギギー、ギギギー……。最早、人が通れる余地はない。
究極の状態の中、必死な大谷は自分の腕を入れて防御した。
「お前、クラスメートを見捨てる気かよ!」
息を切らしながら、優衣を睨んでいる。
「もう時間だから! 大谷は遅刻だよ」
キッパリと言いきり、最後まで閉めようとする。
「早川優衣、頼むよ〜。俺、まじでヤバいんだって」
急に、下手に出る大谷。
ふと、優衣の脳裏に、今朝見た夢が蘇った。
(やっぱり似てる……。けど、何かが違う。うん、全然違う。あの軍人は、こんな情けないこと言わないよ)
思わず笑いがこみ上げてくる優衣。
そんな不意をうち、大谷は腕に力を込めて反撃を始めた。
「ちょ、ちょっと」
片足を壁に掛けて、優衣も必死に防御する。
見苦しい2人の争いを、他の生徒達も笑いながら注目している。
踏ん張り続ける優衣に、余裕の笑顔で体制を整える大谷。
門は緩やかに開かれ、支えをなくした優衣は後ろにふらついた。次の瞬間、大谷はサッと門の中に飛び込んだ。
「俺の勝ちだな」
優越感たっぷりのドヤ顔で走り去っていく。
「もーっ、意味分かんない!」
1日の始まりに異常なまでの労力を使い、朝の任務は終了した。