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ちっさいおじさんに出逢うと、本当に幸せになれるのか?  作者: ハナミヅキ
第1章 紫色の夏
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10

のんびりと、ベッドの上で携帯を眺めている優衣。


ミーン、ミンミンミンミーーン……。


窓の向こうからは、競い合う蝉の声が聞こえてくる。


「はぁ〜、休みって最高! このままダラダラしてたい〜。でも、そろそろ行かなくちゃ」


携帯を閉じて、いつものように支度を始める。

廊下でおじさんとすれ違った。


「あっ、おじさん。行ってくるね」


おじさんの行動範囲は広がり、2階全体は自由に使いこなしている。


『アレッ、夏のお休みなのに学校に行くのカイ!?』


制服姿を、不思議そうに見上げるおじさん。


「うん! 花に水をあげに行くの。それからバイト」


『お花さんはいいナァ……。ワタシもお水を浴びたいナァ』


「おじさんは自分でできるでしょ!」


冷たい視線を残し、冷房ガンガンのバスに乗る。


夏本番!

人気のない校庭を、灼熱の太陽がジリジリと照り付けている。


「暑ーっ!」


日陰を選びながら歩いていくと、花壇の前には既に1年生の環境委員2人が揃っていた。


「お疲れさまーっ」


「あっ、早川先輩!」


長いホースを運びながら、会釈をする2人。優衣はすぐに水飲場に走り、蛇口を捻った。数秒後に水が溢れ出し、辺りの気温は一気に下がっていく。カラッカラに乾いたひまわり達もご機嫌そうに潤いだす。


「キャーーッ!」

「冷たぁーいっ」

「気持ちいい」


勢いよく噴射する水が、ついでに自分達にも掛かる。


「おい! 公共の水を無駄に使ってんじゃねーよ」


誰も居ないはずの校舎から聞こえる怒鳴り声……。

その声のする方を見上げてみる。


「えっ……、大谷?」


2階の教室の窓から身を乗りだし、優衣達を見下ろしている。


「なんなのよ! そこで何してんの?」


「補習だけど……」


「うわっ、だっさ」


苦笑いを残して、大谷は姿を消した。


「もう完璧だね」


湿った土の匂いに達成感を覚えながら、重いホースを片付ける。

半乾きの制服をパタパタと仰ぎながら、3人は正門を出た。


「じゃあね、お疲れさま」


「お疲れさまでした!」


後輩2人に手を振って、反対方向へと歩きだす優衣。ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。


「わっ、急がなきゃ!」


走りだそうとしたその時、背後から誰かに肩を叩かれた。


「よっ! これからバイト?」


歩きながら振り返る優衣。


「あっ、うん。大谷も?」


Mバーガーまでの道を、2人で急ぐ……。


「休みだっつーのに、早川優衣は水撒きかぁ」


「今週は毎日だけど」


「へぇ〜、ご苦労な話だねー」


「バカにしてんの!?」


「誉めてんじゃん。えらい、えらい」


そう言いながら大谷は、子供をあやすように優衣の頭をポンポンと優しく撫でた。


「えっ……」


自分でも、顔が赤くなっていくのが分かる。


(やだ、なんで、大谷になんか動揺してんの!)


不甲斐ない自分を責めながら、優衣は足を速める。

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