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のんびりと、ベッドの上で携帯を眺めている優衣。
ミーン、ミンミンミンミーーン……。
窓の向こうからは、競い合う蝉の声が聞こえてくる。
「はぁ〜、休みって最高! このままダラダラしてたい〜。でも、そろそろ行かなくちゃ」
携帯を閉じて、いつものように支度を始める。
廊下でおじさんとすれ違った。
「あっ、おじさん。行ってくるね」
おじさんの行動範囲は広がり、2階全体は自由に使いこなしている。
『アレッ、夏のお休みなのに学校に行くのカイ!?』
制服姿を、不思議そうに見上げるおじさん。
「うん! 花に水をあげに行くの。それからバイト」
『お花さんはいいナァ……。ワタシもお水を浴びたいナァ』
「おじさんは自分でできるでしょ!」
冷たい視線を残し、冷房ガンガンのバスに乗る。
夏本番!
人気のない校庭を、灼熱の太陽がジリジリと照り付けている。
「暑ーっ!」
日陰を選びながら歩いていくと、花壇の前には既に1年生の環境委員2人が揃っていた。
「お疲れさまーっ」
「あっ、早川先輩!」
長いホースを運びながら、会釈をする2人。優衣はすぐに水飲場に走り、蛇口を捻った。数秒後に水が溢れ出し、辺りの気温は一気に下がっていく。カラッカラに乾いたひまわり達もご機嫌そうに潤いだす。
「キャーーッ!」
「冷たぁーいっ」
「気持ちいい」
勢いよく噴射する水が、ついでに自分達にも掛かる。
「おい! 公共の水を無駄に使ってんじゃねーよ」
誰も居ないはずの校舎から聞こえる怒鳴り声……。
その声のする方を見上げてみる。
「えっ……、大谷?」
2階の教室の窓から身を乗りだし、優衣達を見下ろしている。
「なんなのよ! そこで何してんの?」
「補習だけど……」
「うわっ、だっさ」
苦笑いを残して、大谷は姿を消した。
「もう完璧だね」
湿った土の匂いに達成感を覚えながら、重いホースを片付ける。
半乾きの制服をパタパタと仰ぎながら、3人は正門を出た。
「じゃあね、お疲れさま」
「お疲れさまでした!」
後輩2人に手を振って、反対方向へと歩きだす優衣。ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。
「わっ、急がなきゃ!」
走りだそうとしたその時、背後から誰かに肩を叩かれた。
「よっ! これからバイト?」
歩きながら振り返る優衣。
「あっ、うん。大谷も?」
Mバーガーまでの道を、2人で急ぐ……。
「休みだっつーのに、早川優衣は水撒きかぁ」
「今週は毎日だけど」
「へぇ〜、ご苦労な話だねー」
「バカにしてんの!?」
「誉めてんじゃん。えらい、えらい」
そう言いながら大谷は、子供をあやすように優衣の頭をポンポンと優しく撫でた。
「えっ……」
自分でも、顔が赤くなっていくのが分かる。
(やだ、なんで、大谷になんか動揺してんの!)
不甲斐ない自分を責めながら、優衣は足を速める。




