老魔術士に会ってきました。
またまたセンターこと詰め所に戻ってきた。
やはり長さんがしゃべり続けている。
あいかわらず暇そうだなぁ。
戻ってくるなり白さんからお知らせがあった。
白さんは名前の通り毛が白い。フサフサな毛につい目が行く。
「新入りさんにアンディさんからお呼びが掛かってますよ」
珍しく、人間っぽい名前がでたな。
「アンディさんは、このダンジョンの管理人さん」
「えっと、私達も管理する立場だけど、管理対象が違うの」
「プロパティマネジメントだ」と山さんの横槍。
「それじゃ分からないでしょう」
やれやれ顔の白さん。
山さんの説明はたまにアレだ。
続けて説明してくれる白さん。
「私達は物としてのダンジョン管理している立場だけど、
アンディさんはここがダンジョンであるための管理をしているの」
「その仕事は、装置の配置や動線管理、魔物やテナントの誘致や折衝、
レベルデザインから魔力収支の管理まで色々よ」
なるほど、コボルトがやってる事とは全然違うな。
でも、ゲーム脳的にはダンジョン管理っていうとそっちな感じがする。
「たぶん今回のお呼びは、扉や域内魔法の権限付与のためだと思う」
「心配しないで行ってらっしゃい」
「え、一人でですか?」
「一人で来るようにって」
「B10Fは迷うような道じゃないから大丈夫」
「それに、事務所前には事務所って書いてあるわ」
えー・・・なにやら少し不安。
その不安を感じ取ったように脅してくる長さん。
「あのジジイは性格悪いから気をつけろよ(ニヤニヤ」
「あのジジイの性格の悪さは歌にもなっている」
歌いだす長さん。
「アンドリューは極悪人♪
道を渡れぬ老婆を見たら♪
半分までは付き添って♪
真ん中来たらで放置して♪
老婆の財布を奪っちゃう♪」
「な、ひどいだろ?(ゲラゲラ」
「その歌つくったの長さんでしょ」つっこむ白さん。
「まぁ行っておいで」
「へい」
初めてのお使いに出る俺。
とりあえずエレベーターに向かっていつも通りスゴスゴ歩く。
とりあえず情報から推察すると、アンディさんは人間みたいだな。
人間が魔物を使い、冒険者を仕留めるためにダンジョンを管理するってなんか変な感じ。
そこは魔王とかじゃないのか。
あとは魔法か。さっき山さんがお香に火をつけてたアレかな。
コボルトって魔法が得意なイメージないけど、権限が貰えれ使えるようだ。
そこは少し楽しみだ。
エレベーターでB10Fに下ると、エレベーターホールに案内があった。
[アンドリューダンジョン管理事務所 →]
しかし、矢印の先は行き止まり。なんだこれ。
隠し扉でもあるのかと壁に近づくと、いきなり周りの視界が変わった。
どこかの部屋にワープしたようだ。
俺、こういう道を覚えるの超絶苦手なんだよな。
なのにワープまであるとなると、先が思いやられる。
しかも、ワープのエフェクトは何もなかったから、
見た目が同じような部屋でワープしたら、
ワープした事にすら気づかないかもしれない。
ちょっと頭が痛くなってきた。
気を取り直して部屋の中を確認。
扉が一つあり、プレートが貼ってある。
“アンドリューの事務所”
営業時間:AM9時~PM3時
事前アポイントが必要です
ご丁寧に「在室中」の札もかけてある。
どうやら目的地についたらしい。
こういう扉に入るのは、いつまでたっても慣れないな。
つい緊張して躊躇してしまう。
ええいままよ!
コンコンコン
「新米コボルトです。お呼びに与りまして参りましたー」
「入れ」
恐る恐る入室する。
事務所というよりは、魔術師の隠れ家のようだ。
床にはいくつかの魔方陣が書かれてあり、
中央にはひときわ大きな魔方陣がある。
部屋の隅の一つには、人間や魔物の死体が積まれている。
あまり手入れはされていないようだが、
不思議な事にどれも腐敗はしていない。
他にも、人間を一人横たわらせるのに丁度よさげな石造りの台。
運ぶのに苦労しそうな羊皮紙の大きな本が積まれている一角。
スクロールの積まれた棚。雑然と置かれたガラクタ類。
異世界に来た事を実感できるファンタジー感がそこにあった。
ゲームや映画のダンジョン内にありそう。
し・か・し。
天井に規則的に並ぶ直感型蛍光灯が、全てを台無しにしている。
天井だけ激しく現代的な事務所感。
*FLR40SW/M
見上げたら久しぶりに変な知識がニョインと出てきた。
俺が今知りたいのはそういう知識じゃないんだが。
「突っ立ってないでこっちへ来い」
部屋の一角に設けられた執務スペースに、もふもふとヒゲを蓄えた老人がいた。
優しくなさそうな目つきや声。
孫にアメとかあげてなさそう。
「あ、すみません。天井の照明に驚いてしまって」
「フッ、明るくて良いだろう」
ビビりながら近づくと、老人は話を始めた。
「お前が来る事は、主から聞いていた」
「お前が仕事をしやすいように、このダンジョンに管理者として登録する」
「触るぞ」
老人は、無造作に俺の頭をガシッっと掴むと、何やら呪文を唱え
そのまま何かをニュルンと引き抜いた。
うへぇ気持ち悪い。
というか、何か取られたけど大丈夫なんだろうか。
老人はヒゲを触りながら、その引き抜いた物体をしばし眺めていたが、
少しすると床の魔方陣に置き、式を起動させた。
すると、その気持ちの悪い物体は床に吸い込まれるように消えていった。
「これで魔力認証で開く扉をあけることが出来る」
「また、ダンジョンに用意されている幾つかの魔法も使用できる」
「使い方については、同じセンターの者から説明を受けてくれ」
「以上だが、何か聞きたいことはあるかね?」
いきなり聞かれても困る。
あーうー。
少し天井をに目をやりながら考えた結果、
初めからあった根本的な疑問を問うてみる事にした。
「私はなぜ転写されてきたのでしょう」
「不満かね」
「不満というわけでなないです」
「ただ、理由や目的が分からないので、どう応えたらよいか分からないのです」
「ふむ」
老人はヒゲをさわさわして少し考えている。
主体性に欠ける発言だったかなー。失敗した。
だからもう少し問答のイメトレをしておきたかったんだ!
・・・って、会社の面接でもないし良いか別に。
すでに採用されてるしな。
「ワシも、お前さんが選ばれた理由を知るわけではない」
「しかしコボルトとして選ばれたのには確実に理由がある」
「コボルトとして生きてもらえば自然と目的がかなうようになっておる」
「はい・・・」
「ふむ、抽象的すぎるか」
「例えばじゃが、仲間と協力しあう事」
「設備や道具に興味を持ちモノを大事にする事」
「他の種族やテナントに気を使う事」
「そういった事を大事にしていけばいい」
「ハイ」
「目的についてじゃが・・・これはどこから話せばよいかのう」
「まず大きな事では、この世界には魔力が必要なのじゃ」
「大昔から魔法を前程とした改変が行われ続けた結果、
魔法抜きでは成立たなくなってしまった」
「そして、世界の維持のために日々膨大な魔力が消費され続けておる」
「供給できる魔力が少なくなれば、生命の育たない不毛な地域が増えるし、
本当に足りなくなれば、一部の大陸はまるまる海に沈むじゃろう」
「そして、最終的には多くの種が無に帰してしまう」
「お主らコボルトもそうじゃな」
「そうならないために、主たちは魔力を集めるための様々な装置を造った」
「それの一つが、このダンジョンというわけじゃ」
「人間や魔物にお願いしても理解してもらえないからのう」
なにやら世界は見えないところで大変らしい。
ここで単純な疑問をぶつけてみる。
「でも、アンドリューさんは人間じゃないですか」
「人間でも理解してくれる人は居るのでは?」
「フォッフォッフォ」
「ワシはすでに、人間から敵と見なされておるがの」
老人は少し笑ったが、そのあと下を向き、寂しそうな顔を見せた。
「ワシも昔、人間の王に進言もしてみたのじゃ」
「しかし、その責任は我等にはないと、にべもなく断られたわ」
「確かに、その通りなんじゃがの・・・」
老人はこちらを向きなおし、さらに続けた。
「ま、そういう訳で人間や魔物にダンジョンの中で活動してもらう」
「ここで使われた魔法は、魔力の一部がダンジョンに吸収されるようになっておる」
「さらに、人間が窮地に陥ったときに見せる力───
この世の理を覆し、運命を変えようとする力───
時に奇跡をも起こすその力───それが莫大な魔力を放つのじゃ」
「お主らコボルトには、そのための環境を整備し、維持して欲しい」
「あぁ・・・なんとなく見えてきました」
「人間をただ殺すのではなく、活発に動いてもらい、
そして時に死にそうになってもらうと・・・」
「フォッフォッフォ」
「飲み込みが早いのう。さすがコボルトじゃ」
「ふむ、そうなんじゃ」
「お主にこういった話をするのも、お主がコボルトだからなのじゃ」
「そうなんですか?」
「うむ」大きく頷く。
「ゴブリンどもにこの様な話をしても、自分には関係ないと聞き流す」
「確かに奴等も重要な働きをしてくれる」
「しかし、その行動原理はあくまで自分本位のものじゃ」
「こちらの意図を理解してくれる訳ではないんじゃ」
「お主がコボルトとして生まれた大きな理由の一つはそこじゃろう」
「世界を運営する側として認められたという事じゃ」
「はぁ・・・ご期待に沿える様にがんばります」
「ウム、期待している」
「どうやら、悩みは解消されたようじゃの」
「つい話が長くなってしまったな」
「あまりこういう話をする相手がおらんでの」
「いえ、大変ためになりました」
「帰りはあそこの隅にあるワープゾーンを使うといい」
「他のコボルトたちにもよろしくな」
「はい、では失礼します」
一礼して、向きを変えずに横歩きでワープゾーンに入った。
するともうそこはエレベーターホールだ。
ワープゾーンでの退室の仕方はこれで良かったのだろうか。
そんなどうでも良い事が気になったが、すぐに忘れた。
今聞いた話は面白い話ではある。
しかし、この世界はどうしようもないフン詰まりという感じもする。
要約すると、今まで無計画にやってきたツケで魔力が必要だと。
そりゃ世界の住人の理解は得れないだろうなぁ。
かといって、今ある世界がなくなるのも許容されないだろう。
一部の大陸が無くなるとかヤバすぎる。
どっかの誰かが日々何とかしなければならないと。
なにやらこのダメっぷりには既視感を覚える。
それで一応は世界を支える側に選ばれたっぽいが、
「いっちょ世界を救ってやりますか」と
そんな気には全くならないふしぎ。
しかしまぁ、疑問が一つ解消されて少し気分が晴れ、
「しょうがねぇからコツコツやるか」
そんな気分にはなっている。
まぁセンターに戻って魔法でも教えてもらうかな。
そこは少し楽しみだし。