〜物事の起こり始め、結果、そして転機…[青年の場合]〜
時は現在に戻る。
コマートシティを出てから、青年は一言も喋る事はなかった。
ただひたすらと笑みを浮かべ、ただひたすらに一人の軍兵と共に、ただひたすら黙って王都を目指して歩いているだけだった。
「…………」
マセラマ軍兵の一人である彼は、何故か居心地が悪かった。
青年が気味悪く思えたのだ。
それと同時に、妙な胸騒ぎもして気持ちが悪い。
ーー分からなかった。
その感覚が何であるのか、想像も付かない。
彼の頭の中にある疑問符が青年に対してなのか、それとも別のものに対してなのかは見当も付かなかったが、どうにもこうにも息苦しい。
一言も喋らない、というのも原因の一つなのだろうが、特に話す事も無ければ、話しながら連行しろという規則も無い。
むしろ、話すという行為は自ら隙を作る原因にもなりかねない。
もしかしたら連行している相手は凶悪犯なのかもしれないのだ。
そんな相手と話をするなど、逆に危険である可能性が高い。
万が一にも和気あいあいとお喋りをしようものなら、自分の首の方が危うい。
ここは黙って王都まで連れて行くのが妥当だと彼は考えた。
そうだ。
少しの気の緩みも許されない。
連行中はいつも以上に気を引き締めなければ。
……とは言うものの。
「……………………」
チラリ、と横目で青年を見ると、はぁと彼は溜息を吐く。
青年は相も変わらず、ただひたすらに微笑っていた。
ここに来る間、ずーっとだ。
怖がる様子もなければ、暴れる様子もない。
文句の一つでも出るかと思っていたが、その予想はものの見事に裏切られた。
毅然とした態度でいられた方がまだマシだ。
(何をヘラヘラ笑っている……⁉︎)
釈然としなかった。
彼自身、気付いてはないだろうが、実は物凄くつまらなかったのだ。
何かもっとこう、張り合いがあってやりがいのある相手を連行したかったのに……などと、彼は何とも自分勝手な事を考えていた。
(俺はマセラマ軍兵だ。貴様を連行しているのだぞ?)
彼の妄想はその域に留まらず。
無意識の内に、苦み潰した顔になっている事さえ彼は気付いていない。
「ーー軍兵殿」
突如とした声に体をビクッ、と震わせる兵士。
青年と兵士、二人は揃って足を止めた。
ここに来て初めて青年が口を開いたのに対し、
「……な、な、何だ?」
こちらの方が立場的には上であるのにも関わらず、彼の声は震えていた。
語尾なんてうわずってしまった。
これではまるで立場が逆である。
「俺から一つ、軍兵殿に頼みたい事があるんだ」
「……へっ?」
「お願いですよ」
「お、お願い……?」
「そう、お願い♪」
ニコニコと笑うと、青年はあっけらかんと言い放った。
「出来たらこの場で、俺達を解放して欲しいんですけど♡」
「は……?」
「あのごろつきはもちろん除外して、俺と彼女の二人を、今すぐ解放してくれると非常に嬉しいんですよ」
「んなっ……⁉︎」
いきなりとんでもない事を口走る青年に、兵士は絶句する。
「なななななななな何を言って……っ⁉︎」
そして必要以上にうろたえる。
「俺としてもその方が助かるし、このままホイホイと連れて行かれるのは性に合わないし。何より俺の立場が……」
「だっ、駄目だ!」
青年の言葉を遮る。
マセラマ軍兵たる者、ここはしっかりと言い聞かせねば!と、彼は体の下の方でぐっと拳を握り、キッと青年を睨み付けた。
「そういった自分勝手な発言に伴う行動は、マセラマ軍兵であるこの俺が断固として許さんっ!!」
「え? 駄目なの?」
「当たり前だ! そんなの上が許すはずがーー」
「こんなに頼んでも駄目?」
「駄目と言ったら駄目だっ!!」
「何があっても?」
「駄目だっちゅーにっ!」
「だって俺は……」
「聞く耳持たぁーんっ!!」
きっぱりと言い放った兵士の言葉に、青年はしゅんとして、
「そっか。駄目か……」
カクンと肩を落として、青年の顔から僅かに笑みが消えたのを見ると、兵士は勝ち誇った表情になる。
(ふっ。所詮は小者よのぉ……)
兵士は心の中で高らかに笑っていた。
そんな彼を尻目に、青年は何やら懐の辺りをゴソゴソし始めていた。
何かを探してるようだが。
すると懐からある物を取り出し、兵士に見せ付けるかのように『それ』を差し出した。
「俺さぁ、こういうの持ってるんだよね」
「……あ?」
青年の言葉に心の中の高笑いを途中で止め、怪訝そうな顔で青年を見る兵士。
「これがあっても、俺のお願いは聞いてくれないわけ? ねぇ?」
「なっ……⁉︎ お、お、お前は……っ⁉︎」
『それ』を見た瞬間、彼の顔から一気に血の気が引いた。
そして焦点が合わないまま、ふらりとよろめいた。
その後の記憶はほとんどなかったーー