〜日常のささやかな誓い〜
彼女の怒りは、たとえ言葉には出さずともヒシヒシと伝わってきた。
「どういう事ですかっ⁉︎」
ダン!とテーブルを力任せに叩くと、リアは物凄い剣幕で彼女の師匠ーークレアに詰め寄った。
「だから私は反対したんです!」
「そう、言われてもねぇ……」
対して、クレアの方は全くと言っていいほど、彼女の勢いに押されてはおらず、むしろ落ち着いて応えていた。
「……っ! こんな事になるくらいだったら最初から私が……」
「ーーリア」
焦りと苛立ちに冷静さを失いかけてる彼女を、クレアは静かに制した。
透き通るも落ち着いて、それでいて重く鋭い師匠の声に、思わずビクっと体を震わせた。
バツが悪そうに師匠の顔を見る。
「あ、あの……」
「貴女の力ではどうにもならないくらい、自分でも分かっているでしょう?」
「…………」
何も言い返せなかった。
それが事実。それが真実。
リアの中に悔しさが込み上げる。
「貴女の力では彼女には到底及ばないことくらい分かっているでしょう?もちろん、私にもね。足手まといになるだけだわ」
いつもなら人前では見せることがほとんどない、師匠の険しくも厳しい顔。
それを見せるのは弟子との修行の時か、“人の生命”に関わる時のみ。
いつになく真剣なその眼差しは、普段にも増してその偉大さが伝わってくるのが分かる。
だからこそ、尚更リアは悔しかった。
「で、でも……っ」
「もちろん力だけで言えば、私の方が彼女より断然上だけれど、ただ今回の事は彼女でなければ解決出来ないのよ」
「お師匠様……」
分かっていた。
自分の未熟さがどれほどのものなのかを。
痛感するほど理解していた。
今回の事がどれほど重大なのかを。
修行中の自分の力など、遠く及ばない。
だが、それでも。
いても立ってもいられなかったのだ。
大切な人が危険な目に合っているのかと思うと、何もせずじっとなどしていられなかったのだ。
「そもそもの原因は私にあるんですもの。本当は私自身が手を施さないといけないのは分かっているのだけど……」
クレアは何かを考えながら言う。
「今回は……いいえ。今は彼女の力が必要なのよ。私じゃどうにもならないの」
「はい……」
リアはただ師匠の話を聞く事しか出来ない。
分かっていますと頷く事しか出来ない。
そんな自分に益々嫌気が刺した。
何も出来ない現状が、手をこまねいてる自分が腹立たしかった。
「ねぇ、リア? 聞いてくれる?」
そんな彼女を知ってか知らずか、クレアはいつもの口調に、そしていつもの表情に戻った。
リアは安堵の息を吐く。
「何を、ですか…?」
同時に、身体からさっきまでの緊張がふっと抜けたような気がした。
「とりあえず、ソファーに座って」
「……はい」
促されるままに、ソファーに腰掛けるリア。
続いてクレアも対面に腰掛ける。
一体何を言われるのか、これから師匠が何を話すのか、今のリアには全く見当もつかなかった。
クレアは手の平同士を合わせると、クセなのかそのまま口元へ持っていき、
「あのね」
笑みを浮かべて話し始めた。
「昔むかしあるところに、それはそれはとってもカッコいい王子様がいました♡」
「……………………は?」
呆気にとられたリアの口はポカンと開いたままになり、それから延々とクレアの『おとぎ話』を聞かされたのだったーー