〜久しき友との和やかな時間[3]〜
「なんか、こうして見ると妹みたいだな」
スティアの疑問もお構いなしに、ジェイドはそう耳元で囁いた。
「……そうね」
彼女は自分の、かつては妹分だった少女の事を少し思い出しながら頷いた。
「あのあのっ。あたし、スティア様の事を占ってもいいですかッ? こうして出会えたのも何かの縁ですし☆」
その彼女の傍ではしゃぐリリィ。
「別に構わないわよ」
ほんの少しだけ、顔から笑みがこぼれた。
多少なりとも性格は違えど、歳の頃も近く、自分に良く懐いてくれていたのを覚えてる。
「やったぁー☆」
リリィが懐いているのかどうかはまだ分からないが、少なくとも悪意はない。
嬉しい反面、その妹分だった少女は今頃どうしているのかと、スティアは少し心配した。
「ではではっ」
そう言いながら、リリィは手の平大の水晶玉をどこからともなく取り出した。
さすがは占術師と言ったところか。
常に持ち歩いているのだろうか。
今は何の色味も持たない水晶玉を、よくも割ったりする事なく持ち運べるものだ。
「これ、特殊なオーラで護られているんですよぉ」
スティアの疑問を察知してか否か、リリィはさらりと言い放った。
(何か……見透かされてる気分ね)
下唇を軽く噛むスティア。
「さて、と」
そんな彼女をよそに、リリィは両手を水晶の前にかざし、
「占いで見るのは、その人自身に深く関わる事、関係する事です」
口調が変わる。
年齢は若くても、プロだ。
そう思わせる雰囲気は充分にあった。
「過去を通して、現在、そして未来を見ていきます」
「分かったわ」
「ではーー」
すぅっと、瞳を細めると、漆黒から混沌へと移りゆく。
虚ろな状態、とでも言うべきか。
同時に、さっきまで床に置いてあった水晶玉は青白く光り出したかと思うと、ふわっと宙へと漂い始めた。
占術師。
その存在は人々の間でかなり知られており、更には王国専属ともなると歴史の節目節目には必ず重宝するとも言われている。
対象を通し、自然的、又は人為的現象を観察して、未来の出来事や運命を判断・予知する術式、もしくは方術の事。
それら多くは、大体が生まれ持ったものであると言われているが、年齢を重ねて突然開花する事もあるのだと言う。
どういった形式で占うのかは特に決まってない。
各々が使いやすい形で行うのが一番ベストらしい。
この少女の場合は水晶玉、と言うことであろう。
「ーー闇」
「え?」
唐突に発せられた言葉に、スティアは思わず疑問の声をもらす。
「そして、光と……これは?」
水晶玉は変わらず空中で煌々としていた。
「亀裂……?」
淡々と、単語の羅列を発していくリリィ。
「また、闇」
スティアは記憶が蘇る。
(“あの時”の事を見ているの?)
「一筋の光と……」
少女の言葉には思い当たる節があった。
だがーー
「えっと、それから……」
言いかけた刹那。
バキっ。
「ーーえ?」
「まずいっ! 魔力結界っ!!!」
バリ……バキンっ!!!
ドン!どいう地響きと共に、一瞬で水晶玉は粉々に砕け散った。
「あ…あ……っ」
リリィは何が起こったのか理解出来ず、その場に力なく座り込んでしまった。
「大丈夫か⁉︎」
ジェイドが叫ぶ。
若干の砂煙が舞う中、みんなの安否を確かめる。
「ええ、何とかね」
水晶玉が割れるその瞬間に、スティアは咄嗟に3人それぞれの周りに結界を張っていた。
おかげで誰1人となく怪我することなく、その場を凌いだのだが……
「あの一瞬で結界を張るとはな。しかも全員に」
彼女の瞬時の判断が、彼らの無事を確立したのだ。
素人が出来る術ではない。
「ありがとう、おかげで助かったよ」
「ええ。それよりーー」
リリィの方を振り返ると、未だに状況を把握出来てないらしい。
彼女の周辺には、粉々になった水晶の欠片の残骸が散らばっている。
「リリィ、大丈夫か?」
ジェイドが駆け寄る。
「怪我はないか?」
「あ…は、はい…」
声をやっとのことで絞り出す。
「スティア様の、おかげで……」
「私の事はいいわ」
ぶっきらぼうに言い放ち、彼女もまたリリィの側へ寄る。
「一体何が起こったわけ?」
「わ、分かりません……」
リリィは今まで見せたことのない表情を見せた。
その表情は暗く、重く。
彼女自身、この事態に理解が追いつかない状態だった。
「けど……」
「けど?」
おうむ返しにスティアが問う。
「こんな事は初めてです……今まで占いをしてきて、一度だってなかったのに」
リリィは涙目になっていた。
どうやら相当なショックだったのだろう。
立ち上がる気力すらない。
「相手の事が全て見えない内に、しかも水晶玉が割れてしまうなんて……」
声がかすかに震えていた。
「ねぇ?」
リリィに聞こえないよう注意しながら、スティアは小さな声でジェイドに訊ねた。
「今のって、もしかして私に原因があったりする?」
「さぁ……まだ何とも言えないけど、100%違うとも断言出来ないな」
「そうよね」
言うと、しばし考え……
「あの事、彼女にも言った方がいいかしら?」
「そうだな。何が原因か分かるキッカケにもなるかもしれないしな」
「言っても危険はない?」
「うーん……」
そう。
彼女がこの世界の住人ではないーーであろうーーという事を知ってるのは、現時点ではまだジェイドのみ。
信じる信じないは別として、そう易々と人に話してしまってもいいものなのだろうか。
「まぁ相手がリリィなら大丈夫だろ」
「そうなの?」
「彼女は曲がりなりにも占術師だ。隠しててもその内バレる」
「そ、そうね……」
キッパリと言い切るジェイドに、多少の不安はあったものの、全てを打ち明けることにした。
小さく深呼吸すると、リリィの方を向く。
「ねぇ、リリィ?」
「は、はい……」
既に彼女の目には溢れんばかりの涙。
はぁー、と溜め息を吐く。
「信じられないだろうけど、落ち着いて聞いてくれる?」
そして、スティアは重い口を開いた。