〜術師という名の生業は誰しも[2]〜
スティアは絶句した。
まるで彼女の周りだけ、時が止まったかのようにも感じた。
世界の住人全て?
産まれた時から?
あらゆる仕組み?
刻まれている?
例外はいない?
ジェイドの言葉が頭の中で反芻する。
「…………」
言葉が出てこない。
彼の言葉に理解が追いついていないのだ。
(ーーあり得ないわ……)
愕然とした。
知識や記憶というものは本来、人が生きていく過程や、他の人間との関わりをもって初めて身に付いていくものである。
それもなく、この世に生を受けた時には既に、この世の全ての知識やあらゆる仕組みを知っていると?
産まれたばかりで、言葉もままならない赤子まで?
それも、ただの一人の例外もなく万人に共通しているなどと……
信じられなかった。
「信じられないのも無理はない」
ジェイドは静かに言う。
「だけど、これがこの世界全土に共通する律法なんだ」
「……そう」
それだけを声にするのが精一杯だった。
そのまま口を紡いだ。
(何だか……)
どうやら、この世界そのものが大きな謎に包まれているようだ。
(……とんでもないとこに来ちゃったみたいね)
心が締め付けられる思いだった。
何から考えていいのかも分からない。
考えなくてはならない事がたくさんありすぎて、頭の中を何かがグルグルと駆け回ってる感じだ。
自然と彼女の中に焦燥感が生まれてくる。
自分はここにいて大丈夫だろうか?
何も知らないことで、逆に危険なことにならないだろうか?
「それはそうと……」
ふと何かを思い出したかのように、ジェイドが口を開いた。
「君、これからどうするつもりなんだ?」
「どうするって言われても……」
彼の言葉に、嫌でも無理矢理現実に戻された気分がする。
スティアはとりあえずの言葉をつむぎ出した。
「元の世界に還るわよ」
そんな方法などないに等しいが、今はこれしか出る言葉が見つからなかったのだ。
「って事は、少なくともそれまではこの世界で生活していくわけだよな?」
「まぁ、事実そうなるわね」
まるで他人事のように彼女は言う。
「ならやっぱり先に、軍登録は済ませておいた方がいいな」
「軍登録って、さっき貴方が言っていた、国に職業を登録するとかってやつよね?」
「そう」
いつもの笑みを浮かべながら彼は頷く。
「この世界で生きていくなら、軍登録は今後必ず必要になってくる。なら今の内に軍登録を済ましても無駄じゃない」
「今の内にって……まさか今から?」
「こういうのは早めの方がいいからな」
「ちょっと待って。今からって、外はもう真っ暗じゃない」
彼女の言う通り、だいぶ話し込んでいたせいか、ここに来た時より明らかに外は暗くなっていた。
だが、
「大丈夫」
ジェイドはにっこり笑うと、続けて言った。
「王都は年中無休だから♪」
「ーーよって汝を魔術師と定める上で、当初の条例に基づき、今後国家からの出動要請が出た場合は速やかに……」
あふ。
ジェイドに言われた通り王都まで軍登録に来たのはいいものの、先程から『認定証』を読み上げるという名目で延々と長話しを聞かされている。
時間も時間なわけで、いい加減スティアもあくびを堪えるのを止めにした。
ここに来る前。
一度は牢獄に容れられた所に、まさかもう一度自ら足を運ぶのは……と少し躊躇していたスティアだったが、ジェイド曰く、
『無罪放免になった俺達はもう用済みだから、心配ご無用♪』
……らしいが、彼の言葉に思わず、
ーーそういう問題?
と、突っ込みを入れてしまったものだったが、確かにそんな心配などこれっぽっちも必要ではなかった。
軍登録に必要な検定も名ばかりのもの。
自ら希望した生業の素質があるかどうかを見極められ……それで終わり。
あまりにもあっけなさ過ぎて、少々意表を突かれた気分にもなったが、それ以前に、面倒な事があまり好きではない彼女にとっては好都合な事だった。
しかし……
(何でたかだか認定証を読み上げるのに、こんなに時間が掛かってるのよ……?)
何を言われているかなど、もはや覚えているわけでも耳に入ってきてるわけでもないが、さすがに飽きてきた。
検定よりこちらの方が、明らかに時間が長い!
心なしか、認定証を読み上げている神官も眠そうに見えるのは気のせいだろうか……
「ーー以上により、汝をここに魔術師と定め、認定する」
「はぁ、どうも……」
差し出された認定証という名の紙切れ一枚を、さも面倒臭そうに両手で受け取ると、一礼もままならぬ内にきびすを返した。
(……やっと終わった……)
あふ。
目尻にうっすらと溜まっている涙を指で拭うと、スティアはあくびを噛み締めながらさっさとその場を後にした。