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創世のクレシア  作者: 奏愛
第2章
11/17

〜術師という名の生業は誰しも[1]〜


いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。

黄昏時の世界は、月明かりだけではもはや人の顔の判別がつきにくい。

それ故、街頭の明かりは煌々と街全体を包み、人々の行く手を照らしていた。

「……なるほどな」

もう後数刻もすれば、世界は完全に漆黒の闇に支配される。

されど、闇が光を駆逐する前に人は更なる光を生み出し、次々と灯し出す。

人の住まう所に、完全なる闇の世界はないに等しい。

それゆえ、混沌という言葉を使うことも既になくなってきていた。

技術の進化は自然の律法のバランスを崩してるとも言えるが、命ある者が生きてゆく為にはいた仕方がないのかもしれない。


さて。

ここは王都の中心部から外れた市街地。

その一角にある『Pub』ーーいわゆる酒場と食堂を兼ねて経営してる場所に、スティアと青年はいた。

「まさかとは思ったが……」

店の奥側に位置する隅の席に着いた早々、スティアはこれまでの経緯を手短に説明していた。

内容が内容だった為、この席は誰にも聞かれる事なく、邪魔される事なく話す事が出来る。

「本当にこの世界の住人じゃなかったなんてな」

「ええ。でもまだ私自身半信半疑なんだけど……」

いきなりこんな事を話して信じてもらえるかどうか不安だったが、その予想はものの見事に裏切られた。

彼女の話す内容を、青年は一字一句聞き逃す事がない程、真剣に耳を傾けてくれていた。

「私の知らない街や単語、言葉、風習があるのは事実よ。ただ……」

そう言って溜め息一つ。

「ただ?」

「暦が同じなのよ。私がいた世界と」

「まさか……」

おうむ返しに青年は半否定した。

「あら、これは本当よ? あのごろつきに確かめたから多分間違いはないわ」

ごろつきに確かめた、という事自体がいささか不安要素ではあったが、そこに嘘を交える必要などないだろう。

「ふむ……」

彼は腕を組み、天井を仰いだ。

「暦は同じでも全く見覚えのない世界で……君は別の世界から来たかもしれない、って事か」

「だから半信半疑だって言ってるじゃない」

再度溜め息を吐くと、テーブルの上に頬杖を付いた。

「こんな御伽話みたいな出来事……頭が痛くなってくるわ」

「でも君がこの世界の住人じゃないって事は、ほぼ確かみたいだけどな」

「えっ?」

青年は顔を元に戻すと、スティアの方に向き直る。

「俺の事、君は“剣士”って言っただろ?つまりーー」


この世界の生業を表す言葉には、王族や神官(プリースト)など特殊な場合を除き、全て『術師』という言葉が付くというのだ。

様々な生業があるが、全てにおいてそれで統一されてるらしい。

もちろん、スティアのいた世界にはないものだ。

聞きなれない言葉に、しばし言葉を失う。

「ーーあぁ、そういえば自己紹介がまだだったな」

彼はふっと笑うと手を差し出してきた。

「俺の名はジェイド。生業は見ての通り剣術師さ。剣士、じゃなくてね。君は?」

「スティア・シェトゥールよ。私の世界じゃ魔導師って言っていたけど、この世界では魔術師って言った方がいいのかしら?」

言いながら彼ーージェイドの手を握り返す。

「魔術師ね……って、それにしても長い名前だな」

「……?」

「君って、元の世界じゃ中流階級の貴族か何かだったのか?」

「そんなわけないじゃない」

絡み合っていた手を離すと、背もたれに寄り掛かるスティア。

「貴族が世界を叉に掛けて旅してるなんて聞いた事ないわ。私も、ただの一般庶民よ」

「そうか。ならこの世界では自分の名だけで名乗るといい」

「名だけ?」

「姓を名乗れるのは、中流階級以上の人間だけだから」

「そう。覚えておくわ」

小さく頷くのを見ると、ジェイドはテーブルの上に半身乗り出した。

「……って事は軍登録はまだなんだよな?」

「何よそれ?」

「あぁ、すまん。軍登録っていうのは、王国から正式に生業を認められる上、国に自分の職業を登録する制度の事だよ」

「登録って……何でそんな事する必要があるのよ?」

面倒臭い、といった面持ちで彼女は問う。

どうやら彼女の世界ではそういった規定がないようだ。

「王国に登録しておけば何かあった時に便利だし、時々国からの出動要請が出る場合があるからね」

「出動要請?」

その言葉に思わず眉間にしわを寄せる。

「ちょっと待ってよ。王国には軍がいるじゃない。マセラマ、とか何とかってやつ」

「確かにな」

彼はほんの少しだけ苦笑した。


ジェイドによるとー

王国に属する特務部隊と呼ばれている、いわゆるマセラマ軍兵はそれぞれ別の区域に各々駐屯地を持ち、そこの区域を守護したり取り締まったりしている。

各部隊の駐屯地及び規定範囲外で起きた事件などは、また別の部隊が関わって事を解決に導くのだ。

また、この特務部隊に限り、三人一組での行動が国家体制で義務付けられているらしい。

この他に特殊機兵というのが設けられているが、それはまた別の話である。

「ただ特別な事件なんかが起きて、彼らだけじゃどうしても手に負えなくなった時にだけ発令する条例なんだ」

そう言うと、グラスの中身をぐいっと飲み干す。

「いろんな生業の人達がいるからさ。もろもろ対応出来るんだよ」

「……何だかややこしいわね」

彼女にしてみれば、更に頭が痛くなる内容である。

「まぁ、詳しい事なんかはこれから少しずつ教えていくよ」

「そうしてもらえると助かるわ」

はぁ……

今日一体何度目になるか分からない重い溜め息。

あまり吐きたくはないが、こんな現状になってしまっては吐きたくもなる。

正直。

心にもやが掛かっているのは分かっていた。

最大の疑問は、今もなお彼女の胸の内を占領していた。

――何故この世界に自分がいるのか。

――何故この世界に来てしまったのか。

事の発端は、朱鈴の森で見つけた空間の裂け目から始まった。

あの森に何故あんなものがあったのかは知らないが、彼女が今すべき事は元の世界に還る事。

だがそれまでは、少なからずこの世界で過ごさなければならない。

面倒臭い事この上ないが、今は仕方のない事だ。

不幸中の幸いか、文字もある程度同じもので、言葉も普通に通じるみたいなので、その辺の苦労はないだろう。

唯一の救いはそれだけだが。


「それにしても……」

スティアはふと頭によぎった疑問を口にする。

「やけに詳しいのね」

「何が?」

「生活水準に関する事柄はいいとしても、何で国家の内面に関わるような事まで知ってるのよ?」

「ああ」

問われて、しかし困った様子はなく、さも当然であるかの如く言葉を紡ぐ。

「それは仕方ないよ」

「仕方ないって?」

「知っていて当たり前、って言った方がいいのかな」

「…………?」

彼女は首を傾げた。

知っていて当たり前とは一体どういう事なのだろう。

一般市民だと自己主張する彼が、そんな簡単に国家内情を知る事が出来るのだろうか?

否。

国とて『守秘義務』というのがある。

国家の機密事項が、そう容易く外部に漏れる事なんてまずあり得ないと思うのだが。

「つまりーー」

スティアがあれこれと思考を巡らしているのを悟ってか、ジェイドは淡々と、だがハッキリと言った。

「この世界の住人は全て、この世に生を授かった時から、この世のありとあらゆる仕組みが頭の中に刻まれているんだ。誰一人として、例外なく」




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