〜転機から、疑問へ〜
「良かった。ちゃんと出してもらえ――」
「これは一体どういう事?」
間髪入れずスティアは青年に問い詰めた。
手を腰に当て、ずずぃっと顔を近付ける。
「どうして貴方がここにいるのよ?」
「俺が君を解放するって約束したからね」
「ええ、聞いたわ」
溜め息を吐きながら、肩をひょいと竦める。
「それで大体何でこんなに早く釈放なわけ?」
「それは俺達が何も悪い事をしてないからだろ?」
言ってにっこりと笑う。
「それはそうかもしれないけど……」
「そこは否定しないんだな」
「当たり前じゃない」
「なるほどな」
そう言って取り出したのは、スティアの荷物……
「……………………」
の、残り。
「これ君のだろ?」
「何で貴方が私の荷物を持っているのよ?」
「さっきの軍兵に渡されたんだ」
「さっきのって……」
見回すと、つい今しがたまでいた兵士の姿が見えない。
自分の職場へと戻ったのだろうか、いつの間にいなくなっていた。
「どうりで全部ないと思ったら……」
だが、今の彼女にはそんな事どうでもいい事だった。
「……で?」
受け取った荷物を手早く元の位置へ戻すと、青年の方へ向き直った。
「聞いた話じゃ、上層部の方に直訴されたらしいじゃない」
「そうみたいだな」
「貴方、何か知ってるんじゃないの?」
「別に何も?」
「貴方が直訴した、とか?」
「まさかっ……」
微笑を浮かべ、慌てた様子で手の平を左右に振り、否定する。
「一般市民の俺が、上層部に直訴なんて出来るはずないだろ?」
「そうかしら?」
ジト目で彼を見つめたのも束の間、一つ小さな息を吐くと口を開いた。
「そうね。貴方が何かを隠してるにしても、たかが剣士の分際で、そんな大それた事が出来るはずもないわね」
「え?」
青年が疑問の声を発した。
「今、何て?」
「え……?」
「今、俺の事何て言った?」
「何てって……たかが剣士ってーー」
「どういう事だ?」
まるで独り言のように呟いた後、彼は手をあごに当て、何やら考え始めてしまった。
「…………?」
スティアは何が何だか分からず首を傾げる。
今の言葉の何が引っかかるというのだろう。
特に変な事は言ってないはずなのだが……
「ちょっと……?」
彼女の呼び掛けに、青年はハッと我に返る。
「あ、ああ……すまない」
だか彼はとりわけ取り乱すこともなく、いつもの笑みを浮かべた。
「少し戸惑っただけだ。気にしないでくれ」
「……どうしたの?」
「いや……この世界ではあり得ない事が君の口から出たもんだから、少しばかり驚いたんだ」
「だから何だっていうのよ?」
青年の言っている事の意味が分からず、先程よりわずかだが口調が強くなるスティア。
そこには軽く苛立ちも入っていた。
自分の知らないところで物事が進んでいくのを、彼女はあまり好きではなかった。
そんな彼女に押されてか、青年は意を決してゆっくりと口を開いた。
「君は……君は本当にこの世界の住人なのか?」
「…………!!?」
意外な言葉だった。
いや。
もしかしたら彼女自身、無意識の内に予想していたのかもしれない。
朱鈴の森からここに至るまでの経緯を考えれば、少なくとも……嫌でも想像くらいはしてしまうだろう。
ーーここは元居た世界ではない、と。
驚きの表情を隠せないスティアに、彼は優しく微笑んだ。
「まぁ、こんな所で立ち話もなんだから、とりあえずどこかに場所を移そうか」
言って手を差し伸べてくる青年に、スティアはただ黙って頷くしかなかった。