愛する姉上様2
【オルフェウス学院の校門前】
「おーい、花園涼太」
〈校門を入ろうとして振り返る涼太。小走りに近寄る〉
「やだ、星ちゃん。フルネームで呼ばないでよ」
「おはよう」
〈校門を入り、桜舞い散る並木道を歩く2人〉
「昨日は、お姉様に沢山甘えた?」
昨日は姉上と食事しながら…
【城咲家のダイニング】
「美味しい…星君お料理の腕上げたわね」
「1人で居れば、こうなるよ」
「寂しかった?」
「子供じゃないんだから、平気だよ」
「高校生は、まだ子供よ…そう言われると、なんだかわたくしの方が寂しくなるわね~」
【オルフェウス学院並木道】
「それで、それで?ねえ、演奏旅行のお話聞いたの?」
「いや、まだ聞いてないよ。食事が終わったら直ぐにレッスンを始めたし」
「いつでも聞けるものね…」
「コラ星ちゃん。花園君。遅刻するわよ」
「葵ちゃん」
「あ、私、今日岡崎先生の授業でした」
「そうか、そうか。星ちゃん。近いうち遊びに行くからね」
【星の教室】
「星。早くカフェに行こうぜ、腹減ったー」
背中から声がする。
橘健人だ。
「授業中にお弁当食べてただろ」
「だからもう無い。カフェに急げー」
〈強引に星の腕を引っ張って、教室を出る健人〉
【校舎玄関】
〈2人が外に出ると〉
「ミュー、ミュー」
「???」
「どうした?」
「今猫の声がした」
声のする方に近づくと、花壇の花のかげから、子猫がヨチヨチと出て来て、僕の靴に擦り擦り甘えた。
片手に収まるぐらい小さい猫だ。
「まだ、生後1カ月ぐらいかな?」
「野良猫か?近くに親とか居ないのかな?」
2人で探してみたけど、居ないみたいだ。
雨が降り出した…
「先にカフェに行っててくれ」
「良いのかよ?」
「お腹空いてるんだろ?」
【音楽院の校舎】
今日は、姉上は来てないし…
僕は弦楽科に向かった。
〈教室の前。ヴァイオリンの音。曲はモーツァルトのヴァイオリンソナタ28番〉
生徒は居ないな…
「あら、星ちゃん」
「葵ちゃんにお願いが有るんだ」
僕は、上着の中で温めていた子猫を出した。
「あら、可愛い…寝ちゃってるわね」
そして、子猫を見つけた時の事を話した。
「雨が降ってるし、放っておいたら死んじゃうかも知れないもんね」
帰りまで葵ちゃんに預かってもらう事にしたんだ。
「今日、陽ちゃんと合わせに行くから。もうすぐデュオコンサートなのよ」
「へー…そうなんだ。聞いて無かった」
姉上に聞いても、またいつもの「言って無かったかしら~」か「これから話そうと思ってたのよ~」だな…
葵ちゃんは、姉上と幼馴染みで親友なんだ。
オルフェウス学院には、大小の音楽ホールが有るんだけど、学内のコンクールや、プロの音楽家のコンサートも有って、誰でも聞く事が出来るんだ。
【カフェ】
僕がカフェに着くと、健人はもう食べ終わっていた。
「何食べようかな?」
ここは、会社の社食みたいにセルフになっている。
僕は適当に頼んで席に運んで食べ始めた。
「ダメですよー偏ったメニューですねー」
僕の背中の方から、頭を覗かせてそう言う女の子。
「君は…」
「ああん、忘れられてるー…ピアノ科1年の朝美晴香です」
「ごめん、名前までは覚えてなかった」
「あハハ、そ、そうですよね」
「今日は、天から降って来ないんだね」
「いや、ここ、室内だから木は無いし」
「足は、もう大丈夫?」
「まだ少し痛いけど、大丈夫です」
「そうか、良かった」
「お弁当のおかずで何が一番好きですか?」
「卵焼き」
「当たり前過ぎー。でも、お弁当だと、中がトロ~ってわけいかないし、結構大変なのよねー」
(うーん、甘いのと辛いのと、どっちが好みだろ?)
何かブツブツ言って、自分の世界に入っちゃってるぞ…
「あのぉ、この前のお礼に、明日お弁当作って来ますね」
【城咲家の玄関】
家に帰ると、姉上は僕の顔を見るより先に子猫を見て言った。
「まあ、可愛い」
この時季はノミが居るので、ノミ取りシャンプーで洗った。
【リビング】
姉上が、哺乳瓶で猫用ミルクを飲ませると、膝の上で眠ってしまった。
〈陽の膝の上で眠る子猫。優しく微笑む陽〉
「名前何にしたの?」
と、葵ちゃんが聞く。
「アマデウス」
いよいよご対面だ。
うちには2匹の猫が居るんだ。
茶トラのフレデリックは8才。
ギジトラの黒いのは、ニコロ1才。
フレデリックは、フレデリック・フランソワ・ショパンのフレデリック。
ニコロは、ニコロ・パガニーニのニコロ。
この子は、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトのアマデウス。
「ピアニストの家には、チンチラとかヒマラヤンが似合うんじゃないか」なんて良く言われるけど、フレデリックは、貰った猫で、ニコロは保護した猫。
そしてまた、アマデウスを保護。
放っておけないよね、こんな小さな子。
ペットショップで売られている猫は、普通に考えると、誰かが買って行って大事に育てられると思うけど、野良猫や捨て猫は過酷だ。
子猫の時カラスに襲われたり、雄猫の子殺しも有るし、中々親から離れて生きて行くのは難しい。
親と一緒に居たって、命を落とす子猫は沢山居るんだ。
「私がアマデウスを抱けば良いのよね?」
「うん。お姉様がフレデリックで、僕がニコロね」
先輩猫と初めて合わせる時は、飼い主が先輩猫を抱いた方が良いんだ。
「お前達が大事だよ。この子と仲良くしてね」って。
そして、2人(?)と会わせた。
甘えん坊でヤンチャだけど、怖がりのフレデリックは、最初は遠巻きに見ていた。
優しい性格のニコロがアマデウスを嘗めてやると、フレデリックも恐る恐る近づいて一緒に嘗め始めた。
「上手くいったわね」
「仲良くするのよ~」
ニコロが来た時も、フレデリックは怖がって棚の上に上がって、2週間も下りて来なかったんだ。
今回は、大丈夫みたいだね。
だいぶ慣れたみたいで、自分の尻尾で遊んでやっている。