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ごほん、とソフィアの咳払いの後、続けられた話はこうだった。
星外へ射出され、ハプスシリーズ最後の宇宙望遠鏡であるラストも他の衛星たちと同じように惑星軌道上を漂う運命にあるはずだった。が、そうはならなかった。
当時の出来事を表すならば、予測できた事故。宇宙天気予報は既に実現化されて、事故の可能性もある程度予測されてはいたのである。ラストが打ち上げられる数年内には必ず、『太陽フレア』が起こると、危機を提唱した学者も少なくはなかった。
ただ当時は宇宙産業をようやく誰しも認めるようになった時代。遠く離れた恒星のほんのわずかな爆発が、その影響が必ずしも地球にまで影響を及ぼすとは多くの人間は理解できなかったのである。
それも以前に発生した太陽フレアは、ラスト打ち上げの十四、五年前。その時は太陽フレアの余波が地球の外側をほんの少し霞めただけで、磁気嵐が人工衛星などに与える影響は皆無だったため、楽観視されていた。
当時は魔術師がまだ多く残存し、中途半端に魔導技術が機械に応用されていたことも、人民から危機意識を無駄に削る要因となった。魔術は下火とはいえ、当時着実に人の生活に根差していた。只の電子機械よりも魔導を取り入れた機械は頑健、頑丈、永久機関だ! などと依然もてはやされもした時代である。特に航空機・宇宙望遠鏡などは当時の先進技術。高々、遠方の星によって塵芥になるなど誰が思おうか。
そうして、取るべき対策をすべからく無視した結果が三百と十年前。『太陽フレア』は、地球に磁気嵐を巻き起こした。ハプスシリーズラストの打ち上げから四〇時間後のことである。
結果を言うなれば、これによりシステムダウンしたラストは軌道を外れ、重力に従って地球へと落下した。
「まるで意図したかのように、ラストはルプラス研究宮へ墜落しました。この研究宮の周辺をご覧になりましたか? 現在の施設を含め、爆発的な衝撃により一帯が大規模なクレーターとなっていたはずです」
言われて、ジルは地形を思い出した。
拠点にした町から畑と水田。更にその外は、ソフィアの言うとおり、確かに一段と低い地面の中に荒地が広がっていた。窪地の端からでも、アンプランル宮のギラギラは望遠鏡でないと分からないほど遠くにあった。あれが望遠鏡墜落の跡であったとは。ジルの予想を超えて、なんともスケールの大きいことである。
エルヴンがつまらなさそうに、組んでいた腕と足を組み換えた。
ソフィアの調子でゆっくり進めるのが、面倒なのだろう。ミズガルズの史学にも明るい彼は、彼にとっては今更感満載の話に、退屈を隠さなかった。
「一から百までダラダラ時間をつぶすつもりはないぞ。ソフィア、俺の質問に答えていけ。すべての返事は十五秒以内にまとめて、即座に返答しろ」
「エルヴン卿ったら、何て横暴……」
「そんで、そこのアホ娘は暫く黙っていろ。煩い、気が散る。だが、絶対動くな」
指さされ、ジルは、んな?!と、眦を釣り上げる。が、下手に機嫌を損ねても二の舞なので、ぷーとふくれっ面をするに留めた。
荷物から取り出したウェハースを齧りながら、大人しく二人のやり取りを眺める。携帯食にありがちなパサパサした食感はチョコ味。美味しくない。手持ちで美味しそうな干し肉やクッキーの類もあるが、それらはエルヴン用なので手が付けれない。しかたなく、二本目もウェハースに手を伸ばす。
ジルの目の前で、二人の会話は淡々と進められていった。エヴァノアから大方の事を聞き及んでいるのいうのは嘘ではなかったようだ。
殆どの質問は、是か否で答えれるように確認の意味を込めてのものだった。そうでない質問は、ソフィアが正しく十五秒以内で全て答えている。
「やっぱり、人間ではないか」
ぼそりと、ジルは呟いた。
魔導人形の中でもソフィアは人間により添う目的を持っている。ラスト墜落までは、各ブースに一人はいた受付兼、学芸員だそうだ。ゆえに、落胆、喜び、不機嫌を人間と同じ、あるいはそれ以上に大げさに体現している気がした。仕草のあとすぐに無表情に戻るので、大げさな感情表現は何ともわざとらしく映る。より悪く言えば、プログラム感丸出し。
ソフィアの仕草を見るにつけ、人間との差異が、少しずつジルにも分かるようになった。
ジルには家族同然の存在に、まるで人形といった鉄面皮の女性がいるが、ソフィアと比べると、
「表情筋は乏しいけど、カールの方がやっぱり人間って感じがするなぁ」
勿論、カール・アプサラスは全き人間。ジルの呟きは、当の本人も気にしていることなので、彼女への土産話にはソフィアに対する率直なレビューは省こう。
「アンプランル宮内の機能はどうなっている? ラストまでつながっているのか?」
おっと、大分話が進んでしまったようだ。ジルは慌てて聞き耳を立てた。
ソフィアは大きな瞳を伏せた。オペレーティングノイズがほんの少し、耳障りなほどに主張した後、鳴りを潜めた。何かとの通信を行ったようだ。
「多数の崩壊がありますが、ラストまでの案内は可能です」
「崩壊とは? 時間による風化という意味か。どの程度の支障だ」
「転送装置の破壊と、魔導装置の暴走です」
いったん言葉を切り、ソフィアが俯いた。課された時間制限のためか、数秒待ってから、言葉を継ぎたすという手法をとるようだ。
再度、顔をあげて補足が入る。
「ラストまでの転送装置は、モデル:ソフィアが破壊しました」
「それは、どういうことだ?」
数瞬のにらみ合いの後、エルヴンは考えるように顎に手を添えた。
想定外の答えに、訝しんでいる。
ジルも少なからず、違和感を覚えて、ソフィアを見つめた。
ソフィアは先ほど、自身の使命を何と言っていたか。明らかに矛盾する行動をとってはいまいか。
「ラストを安全に隔離するためです。ソフィアも共にいます」
「隔離はしたが、監視も継続していると。しかし、お前たちはそもそもアンプランル研究宮の破壊行為が禁止されているのではなかったか?」
そうだそうだと、ジルも頷く。
ソフィアは困ったような顔を作り、曖昧にごまかすような笑みを浮かべた。ちょっと人間ぽい。
惜しいことには、手振りで肘から下をブンブンと大きく振っての否定のポーズ。どうも、今の感情を体現するポーズが思いつかず、既定のプログラムから近そうなものを引っ張って行っているようだ。
「モデル:ソフィアにも個体差があります。ですが、」
数秒おいて、
「私達ソフィアは同意して、それを行いました」
数秒おいて、
「もういい、普通に喋れ」
ちっと、エルヴンが折れた。
自由な発言権を勝ち取ったソフィアは嬉しそうだ。まぁ、すぐ無表情に戻るのだけど。
「転送装置を何故破壊した? ラストはもともとパッキングされている。隔離も同然の筈だ。ラストが逃げる手段を徹底的に潰すためではないだろう」
「ラストは現在も停止しています。私たちはラストが自分の足で逃走するとは想定していません。しかし、研究宮の外から侵入を試みる者には、転送装置の破壊は有効でした。また、侵入を防ぐために、多少の妨害行為を行った結果、アンプランル研究宮内及びその周辺は損傷を受けました。外部の様子はわかりませんが、内部には依然、修復できない爪痕が多々あり、危険区域としています」
……。
ジルは無言で挙手をした。
「なんだ?」
刺さる様な視線に負けず、ジルは指を二本たてた。質問二つ、の意味でだ。
呆れたとばかりに、エルヴンがフンと鼻を鳴らす。
「写真を撮れだと? お前は全くどういう神経を」
「ピースサインじゃなくて!」
どういう神経をしとると言いたいのはこっちだ。馬鹿魔術師め。
ソフィアの方が勘が良く気づいてくれた。何か? とジルを促すように、お腹に手を組む。只、ソフィアはジルに近づいたりはせず、かなりの距離をとっていたし、若干身構えていた。
警戒させるようなことはしたっけか? と己の過去の行動を顧みないのがジルの良いところだ。
気にしないで、思いついたことを口にあげた。
「質問が二つ。一つ、皆さんはラストをまるで生きているというか、人間のように扱っている節があるんですが、どういうことでしょうか。宇宙望遠鏡という機械じゃないんですか?
二つ目、外部に敵というのは、具体的に存在している者と捉えていいんでしょうか。仮想敵でなく?」
ソフィアとエルヴンは顔を見合わせた。視線で何かを会話しているようにも見える。
え、何でしょうか。この蚊帳の外感……。
ソフィアは一しきりエルヴンを見つめた後で、首を四十五度傾けた。
「ラストは人間ですよ」
当然です、とばかりに言われても、ジルにはさっぱりだ。
「宇宙望遠鏡でしょう?」
「ええ、望遠鏡の役割もありますが、それ以前に彼女は人間ですよ」
うんん?!
理解が出来ないジルを見て、ソフィアも困惑気味だ。
「後世には伝わっていないのですね。エルヴン、貴方は知っているようですが、多くの人間は知らないのですか? ジルが特別頭が悪いのですか?」
悪気がない人形の言葉だったからジルは怒らなかった。ソフィアが生身であれば、笑顔で踵を踏んでいたかもしれない。ちょっと、ソフィアさん口が悪いなぁ。
エルヴンが大きく息を吐いた。
「ラストの墜落後、百年間は文明が衰退していたんだ。宇宙を目指す技術も風習もその間に廃れた。その様子だと、本当に外部とアンプランル側のやり取りはなかったんだな」
「そうです。ラストを監視し守る私達には外部の変化に気付く余裕はありませんでした。しかし、風習がなくなったのは喜ばしい。エルヴン、エヴァノアは何人代替わりをしましたか? もう彼女たちは空で孤独を抱える必要はないのですか?」
「数は知らぬ。だが、今のエヴァノアは地上で生きて地上で死ぬ」
「それは、良かった。私たちは同じ被害が生まれるのを望んではいません。ジル、」
呼んでから、はたとソフィアは動作を停止する。考えた後、エルヴンに伺いを立てるように上目を使った。
「ジルには、面倒だから言わなかっただけだ。別にタブーではない」
では、とソフィアはエントランスの内側へと二人を導いた。
精霊のオブジェなど、展示品を左右にして、進んだ先は開けた空き地。そこだけ、ぽっかりと何もなかった。
「天井と床に仕掛けがあるのです」
説明するソフィアは少し得意げだ。
「最先端、といってもお客様からすれば三百年昔の魔導技術ですが、」
そこだけは、ちょっと残念そうに区切って、いわゆる立体映像ですと付け加えられた。
ブワァン、と起動音。次の瞬間には一斉に光が瞬き、像を結んだ。
映し出されたのは妙齢の女性。ベージュスーツに身を包んだ、パッツン前髪ストレート。
「ソフィア?」
そっくり同じ顔が、映像の隣に並ぶ。こっちは本物のソフィアだ。
ちらつきがあるものの、肉感やスーツの素材が分かるくらいにはリアルな映像ソフィアと並ぶと、ジルは混乱しそうになった。
本物のソフィアは映像ソフィアを紹介するように、片手を上向けた。
「彼女はソフィア。モデル:ソフィアの原型です。そして彼女の生前はまだ、エヴァノアと名乗る風習はありませんでしたが、清らなる母の一人でした」
「おい、そこは全く話に関係ないだろう」
エルヴンが横から突っ込みをいれる。
「数百年ぶりのお客様なので、張り切ってお仕事をさせていただこうかと思いましたのに、」
映像ソフィアは消えて、しょぼんとするソフィアだけが残った。
気を取り直して、また結ばれた映像は別の若い女性。
黒い髪を束ねた三つ編みに、豊満な肉体。胸元で絞りを入れただけのゆったりしたドレスをきている。服でスタイルがぼかされているとはいえ、大きく張った胸と腹の部分が目立つ。
「彼女も清らなる母、この時代にはもうエヴァノアと名乗っていました。当時は妊娠中で、すでに臨月でした。子供の名はアイオーン、彼の名も代々、エヴァノアの実子に名づけられる名として受け継がれていきます」
「そこも、全く関係ない」
と、こぼすエルヴンにジルは同意することは出来なかった。
ジルは初めて、エヴァノアを見たのである。
「この人たちが?」
目を見開いて呟く。存外に普通の人間なのだと、軽い驚きと納得とが頭で一巡りした。
次々流されていくエヴァノアという女性たちの、ヴィジョン。目を見張る美女も確かにいるし才覚溢れる顔や、素晴らしい体格のスポーツ選手らしい女性もちらほら。
これまで、噂話やエルヴンやカールからの又聞きなど曖昧な情報で、勝手に想像していただけだった未知の女性。むしろ、ジルは存在に疑問を持っていたが、こうして突きつけられる過去というのは、真実味を持って、ジルにエヴァノアの存在を強く意識させた。
やがて、映像の中で、女性の背後にロケットと望遠鏡が描かれた。
シルバーブロンドの髪を短く切った女性だ。腹は膨らんでいない。
「彼女も勿論エヴァノアです。しかし、彼女は自身の名前の方が有名になりました。ハプス・ハールウィン。ハプス宇宙望遠鏡シリーズは、彼女が始めとなって提案した世界初の宇宙望遠鏡です」
映像が切り替わる。
何らかの結晶で覆われた棺のような物体。その内部は頭部に当る部分だけが見えるように、透明なレンズか何かが四角く切り取られて嵌められている。
ジルは息を呑んだ。
白い頭。ハプスだ。
「ジル、彼女は死んではいません」
ソフィアが先回りして、安心させるように答えた。
「魔導技術は人工的な仮死状態を可能にしました。彼女は眠っているのです。このようにパッキングされ、望遠鏡と一体化して今も軌道上で眠っているのです」
優しく悼むかのように、ソフィアは続けた。またオペレーティングノイズが耳障りに大きくなった。
きっとジルの動揺をモニターして、ソフィアは取るべき行動を修正、判断を下しているのだろう。
ジルは信じられないというように頭を振った。
エルヴンは何も言わない。本当なのかと彼の服を掴んだジルに返されたのは舌打ちだけ。
「ハプス以降、エヴァノアとしての代は暫く期間を開けますが、ハプスシリーズには必ずエヴァノアあるいは近親者・賛同者から立候補が上がりました。彼らは、皆パッキングされ宇宙を漂う事となりました。そして、最後のラスト。残念ですが彼女の映像は保持されていないため、この場で見せることは出来ません。」
「ラストもエヴァノアなんですか?」
「そうです。ラストは望遠鏡と共に墜落しました。磁気嵐は、パッキングされた内部の生命維持装置にまで影響しなかったために、またパッキングの際の結晶が大気圏突入・墜落後の衝撃を極端に抑えることが出来たために、彼女はほぼ無傷で地球に生還しました。彼女もまた死にませんでした。現在も眠ったまま。この地で私たちが、見守り続けるなか、眠っているのです」