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「嘘……、」

 声がこだまする。地上から伝い落ちた水滴がピチャリ、ピチャリ。

 ジルは目を瞬かせた。

 カンテラを片手にエルヴンが急かすので立ち止りはしなかったものの、はぁぁと思いがけず口にしながら周囲をくるりと一望した。

 洞窟というには明らかに人為的に整備された通路。ジルの両手よりも広く馬車でも通れそうな横幅に、高いアーチ型の天井。所々ひび割れから染み出した水が壁を伝う。

 地面には鉄の轍がまっすぐ前後に伸びて、カンテラの光の届かない向こう側まで続いているのだろうか。

「は~、モグラってそういう意味だったんですね」

 つまりはメトロ。地中をかける電化鉄道路線のことをエルヴンは指していたのだと、ようやく思い至る。


 早朝、鶏も泣かないほど早くに町を出たジル達は、直接アンプラル研究宮遺跡を目指すことはせず、なぜか遠ざかるように川をくだり下流の観光都市へと移動していた。

 蒸し暑い夏季とはいえ、朝は冷える。放射冷却でひんやりした大気に肌寒さを感じながら、ジルの頭の中は疑問符でいっぱいだった。ただ、師がずんずん進んでいくので、着いていくしかない。

 リュックの上からたすき掛けのボストンバッグ一つのジル、対してエルヴンは手ぶら。あえて言うなら、今日つけている香りは金木犀だろうか。

 なんて不平等な労働環境、とは言うまい。

 ジル達が拠点にした町とは違い、観光客向けに華やかでだだっ広い道路は今だけは閑散としていた。道のど真ん中を歩くのはちょっとした優越感を感じる。

 やがて、周囲に古い街並みが残る旧区画までやってきたとき、エルヴンは立ち止った。

 看板にはミガ旧市役所前の文字。今は建物を改装してコーヒーハウスとして再利用しているようだ。もちろん明け方から営業してはおらず、CLOSEの札が掲げられている。

 蔦が這う雰囲気溢れる洋館の前で、エルヴンはジルに向かって手を上向けた。

「地図」

 言われてガイドブックを渡すと叩かれた。

「理不尽だ……」

 ご所望は昔の古地図らしい、最初からそう言ってくれなきゃ分からないではないか。

 リュックを漁って見つけた、かさついた紙束とあたりをエルヴンは見比べる。優に三百年は前の黄ばんだ紙束には、ジルには分からない文字で綴られていたので、手伝うこともできない。一応周囲の見張りくらいはしておこうと気を張ってはみたものの、この辺りは居住の制限があるため、人っこ一人も見かけない。朝も早い元気な老人に見つかるくらいは覚悟していたが、おかげでこそこそ隠れる必要もなく堂々と不審な行動がとれるのはありがたいと思うべきか心中複雑だ。

 いよいよすることもなく暇で仕方ない。ジルは洋館の外壁にもたれた。眠気を堪えきれず欠伸をする。

「おい」

 エルヴンがジロリと睨んだ。

 目ざとい師に、慌てて居住まいを正したが、彼はつかつか近づいて迫ってくる。

 はるか頭上から覗き込むように凄まれて、背中に嫌な汗が流れる。拳骨コースか?!

 しかし、エルヴンが気にしていたのは全然別の事だった。

「足をどかせろ」

「え?!あ、はい」

 言われるがままに体を横にスライドさせると、エルヴンがその場に片膝をついた。

 鉄製のマンホール。道路には同じような形の円い図柄がいくつもあったのでジルは気づけなかったが、そこだけエルヴンが叩くと明らかに硬質でくぐもる様な鈍い響きがあった。

 ジルはドキっとした。

 内部が空洞である証拠だ。

 下水道のマンホールとは違う。それならばミガ公国領のマークが刻まれている筈なのに、わざと地面に紛れるように扁平なプレートで作ってあった。目を凝らせば、元はバールか何かを引っかけて持ち上げるための隙間が溶接で塞がっているのが分かる。

 エルヴンがフンと鼻でわらった。手ごたえに上機嫌だ。

「降りるぞ」

「って、穴塞がってますけど、ぉおぉ? ……いや、そうですよね。うん、勿論そうするだろうなと思ってましたよ」

 乾いたように笑うジルの足元で、マンホールが数十センチほど浮き上がっていた。

 うちのボス、実に使い勝手のいい魔術をお持ちです。

 申し訳程度につけられた、いつ朽ちて崩れるかも分からない梯子を延々と降りつづけた先にたどり着いたのが、三百年前に封鎖された電気鉄道線。いわゆる地下鉄遺跡だった。


 魅入られるように呆けていたジルは、はっとしてエルヴンの裾を引っ張った。

「エルヴン卿、待ってこれ持ってくださいっ」

「ああ?」

 手渡したのは使い捨てカメラ。連射機能もフラッシュ機能もばっちりだが、一応カンテラの明かりを調整するのを忘れない。

「はい! 準備OKです。撮ってくださいー! 瞬きできないんで早くっ」

「おーまーえはぁぁ……」

「あとで交代して撮ってあげますから! あ、あの看板あれも一緒に写してくださーいっ!」

「遊びじゃねぇんだぞ!」

「だって、メトロですよ?! 教科書でしか見たことない現物がここに! それもこの先絶対にお目にかかれっこないような、何てすばらしい保存状態。ここで撮らなきゃいつ撮りますか?! 今でしょ!」

 別に鉄道オタではないが、ジルがはしゃいだのも無理からぬことだった。

 かつては世界中の地面の下に巡らされ、栄華を極めたメトロも今は昔。現在はすべて廃止されている。

 原因は定かではないが、ある日一斉にシステムが壊れ、飛行機も船も電車もラジオ放送もすべてが使い物にならなくなった時代があった。時期的には三百年前のミズガルズ王国へのハプス望遠鏡シリーズの墜落と重なる。ミガだけでなく世界中が困難に直面していたのだ。

 大変な時代もあったもんだなと思う。現代に生まれてジルはそれだけで幸せと言えなくもない。

 後にシステム自体は再構築に成功した。ただ、それまでに壊れてしまった車両は破棄せざるをえなかった。ライフライン復旧にかかるコストは甚大。どれを優先的に復活させようか世界中で話し合いが行われた。この時ばかりは人種も民族も領土問題も関係なく、互いの確執もそっちのけで先人たちは手を組んだ。いがみ合うのも馬鹿馬鹿しいほど圧倒的に文明的余裕が足りなかった。技術屋も魔術屋も資財も融通しあった。必要だと判断した結果だった。

 そうして彼らは以後百年間の文明的困窮時代、図らずも人類史唯一誰も紛争をおこさないという極めて規格外のクエストを達成したのだった。

 閑話休題。

 メトロは、国際的視野でもって復興計画から外された。

 理由はなんだっけか。ジルはおぼろげな記憶を呼び覚ました。人資を問わず輸送量では船に負け、利便性では海も山も越せず飛行機にも劣る。そんな理由からだった気がする。

「わざわざ地下に造るなんて馬鹿よねぇ? 上り降りに階段を使うなんて信じられない。きっと昔の人の脚ってとっても丈夫でとっても太ましかったのね」

 子供のころ授業で習ったとき、そう呟いて生徒に同意を求めた先生がいた。彼女が学校一ふくよかな体型をしていたので、クラス全員でざわめいたのが懐かしい。

 ともあれ、メトロは表舞台から姿を消した。

 制御システムも電圧変換機も壊れたといっても、素材は鉄でできた箱。線路も金属。資源は回収され優先事業に使いまわされる運命だった。

 今じゃ、博物館や教科書でしか存在を確認できない幻の遺物。

 もしジルがこれを旅行記に纏め……、いや写真を公開するだけでも注目を集めることだろう。名声欲と優越感に浸る妄想にとりつかれ、ジルは夢中で写真を撮った。

 ひとしきり満足し終えたジルは、次に疑問をもつ。

「あれミガって魔術王国でしたよね? 絨毯で空飛んでいるイメージだったんですけど鉄道も持ってたんですか」

「魔術師の俺が、箒とか絨毯で空を飛んだことがあったか?」

 並んで歩くエルヴンが、ちっと舌打ちした。大分歩いて、ちょうど拠点にしている町の真下あたりまで到達した頃合い。興奮から覚めて、そろそろ歩きづめの脚に疲労を感じる。

 自由に魔術で空を行き来できたら、こんなに足が、ぼってりむくむまい。

「ふーん、魔術にも苦手な分野があると」

 舌打ちが、二度連続する。挑発したわけではないが、痛くプライドを刺激されたらしい。

「いいか、出来ることとやらない事があるだけだ。移動技術にも魔導は応用された。最適化をした結果、当然の帰着を迎えたんだ。お前には只の電化路線にしか見えないんだろうが、ミズガルズの古き叡智の痕跡はいたるところにある」

 お前には見えないだけ、と繰り返し強調するところは怪しいな、とジルは思ったが敢えて藪は突かない。日頃虐げられているジルにも慈悲の心はある。にんまりしながら、お口をチャックして黙ってあげることにした。


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