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初作品になりますのでダメダメだと思います。
どうかご了承下さい。
読み手によっては恋じゃなく感じる人も恋のように感じる人も、居られると思います。
御自身の価値観と照らし合わせて読んでもらえたらと思ってます。
高校に入って直ぐ、バイトを始めた。
理由は大した事でもない。暇だったのだ。
中学で続けていた吹奏楽も部室を覗きに行くと、中学の頃とは雰囲気がすっかり違った。
私は、あの雰囲気あの音楽室あのメンバーの吹奏楽を望んだのだから、今更中途半端に知らない吹奏楽に飛び込むつもりもなかった。
ならばいっそ全く新しいことを始めようと思い立って、近所のスーパーの求人を見て電話したのが始まりだった。
話を聞くだけだと思っていたが、あれよあれよという間に面接が終了しており、研修が始まっていた。
初めての面接だったからその時は何も思わなかったが、今考えるとかなり強引にここに引き込まれたようにも思える。
人手不足なのだから仕方ないのだけれども。
最初は学校にも慣れなかったし、バイトの制服も馴染まなかった。
時間が淡々と流れ過ぎて、気付いた時にはもう季節が変わっていた。
5月から始めたバイトも、ある程度こなせるようになったし、高校の制服のネクタイも鏡なしで歩きながら巻けるようになっていた。
「あつーいね、」
雨上がりからか、じっとりとまとわり付く8月の暑さは首元の襟を緩めたくらいじゃ弱まりもしてくれなかった。
じりじりと鼻の奥を焦がす陽炎の香りに顔を顰め、もうぬるくなったペットボトルの中身を飲み干した。
「ほんとに。ああ海行きたい!」
「行こーよ。」
「行こー。」
この会話の流れで明確に行くと決定してないことは知っている。
行こう行こうと私達の間では言ってるだけのようなものなのだから。
「明日面接。だるいんだー。」
あーあとブランコを揺らすカナに驚いて目を向けた。
「なに、バイト始めるの?」
「そー、夏休みヒマだし。」
「夏休みって、何言ってんの、もう8月じゃん。」
「まだ2日じゃない。学校始まるまで3週間弱あるよ。」
「毎度毎度始めるのが遅いんだから…」
きいきいとブランコが揺れる。
隣の小学校のプールから笑い声が聞こえてきた。
「というか、出逢いを求めてっていうのもあるんだけどね。」
熱くなったスマホを持っていて手がじっとりと汗をかいていた。
にんまりと笑うカナは少し力強くブランコを漕いで、えいっと、すたっと降り立った。
ふわっときた微風でも暑さはぬぐいきれない。
「ないないない。出逢いなんてないよー。あるのは嫌な客と虚しい労働だけ。」
「アンタはスーパーでしょ。あたしはコンビニだから。」
ああイケメンなお客様が来たらどうしよう!と面接もまだのクセに、カナはすっかり働くつもりのようだ。
「うちだって、カッコイイ従業員が…」
私がそこで口をつぐんだのを見てカナは首を振った。
「いないじゃん。レジだって男の人はひとりしかいないし、その人もなんかパッとしないんでしょ。」
「バックヤードには、まあまあカッコイイ人もいるから!」
はいはいって感じに流されてフンとスマホに視線を戻した。
「…下柳さんだって、そこそこカッコイイし、」
「どうしたの?前はあんなに大したことないだのパッとしないだの散々言ってたくせに。」
なんだか、他の人に言われるとムカッとイラッとくるのだ。
自分は散々言うのに。
「なんとなく!」
「ええ~、好きになったとか?」
この暑苦しいのにこのうざ絡み。
ないから。と平淡な声で告げて、よっと腰を上げた。
重みがなくなったブランコがきいきいと小さく揺れ動いた。
「ほんと暑い。ね、スタバ行こーよ、新作飲みたい。」
「はー?カナがお金ないって言うからこのくそ暑い中公園に来たんじゃん!」
「いーじゃんいーじゃん、はい行こうっ。」
お昼にスタバに行ってからどうもお腹の調子が悪い。
冷たいもの飲んで冷たい冷房浴びて、今現在バイトで立ちっぱなしだから足から冷えたんだろう。
最悪だ。こんなことならトールサイズじゃなくてショートにしとくんだった。
あと1時間か。持つかな。と時計を見ていると、ああ、そろそろ下柳さんが来る時間だ。
あの人はいっつも時間ギリギリにバックヤードから駆け足で来る。
最近、話すようになった下柳さんは隣の県の大学に通っていて、1年前からここのバイトをしているらしい。
レジ打ち係の中の、たった1人の男の人だ。
だからといって気になっていた訳でもないし好きになる理由になるとも思えなかった。
そもそも、出逢いを期待しているのなら、こんなスーパーなんかでバイトだなんて選択ミスだったのだ。
あ、来た。今日もギリギリだな。
ぼやんとレジから店内を見ていると下柳さんが近付いていくる気配がした。どうやら、今日は私の前(隣)のレジらしい。
見られている視線は感じるが気付かないフリをする。
自分でも良く分からないが、ある程度してから目を合わせて、お疲れ様ですだとかこんばんはだとか挨拶を交わすのだ。
向こうからはしてこないことは知ってるし目が合わないとお互いにしない。
だから今日みたいにレジに誰も並ばない暇な日はよく喋るのだ。
ふ、と目が合い、「お疲れ様です」と会釈する。
いつものように下柳さんは「おつかれ」と返してくれた。
少しして一気に客が増えた。
各レジに3人ずつくらいの割合で並ばれている。
いつも通り、笑顔でありがとうございましたを言い終え、並んでいるお客様を最後の人まで接客し終えると一気に店内の人が減った。
「すごい、いきなりいっぱい来たねお客さん。」
「ほんとですね、いっぱい並ばれてすごく焦りました。」
くすくす笑い合って、ふと気付いた。
下柳さんは笑うと垂れ目。
なんだか、照れくさいような恥ずかしいような、急に訳のわからない感情に胸が詰まって首を縮めて視線を逸らした。
「夏休み、いつまで?」
「だいたい3週間後です。」
「夏休みって生活リズム狂うよなー。」
「大学生って夏休みあるんですか?」
「あるある~、春休みも長いし。大学生なんて、高校生に比べたら休みばっかだよ。」
「へえー、うらやましいです!大学生憧れます。」
「どこか、行くとこ決めてるの?」
「まだです。」
「まあまだ高1だもんなー、高1ってことは去年中3か。若いな。」
最後辺りは笑いながら言う下柳さんの言い方がなんだか面白くて笑みが溢れたとき、私と下柳さんの間にリーダーが申し訳なさそうに入ってきて人差し指を口に当てて「私語は慎んでね」と控えめに言った。
注意されたのが恥ずかしくって、私は慌てて下柳さんから店内に体を向けた。
リーダーがごめんねと戻って行くのをちらりと見送ると、またまた下柳さんと目が合って、下柳さんはにかっとはにかんで人差し指を口に当てた。
なんだか楽しくって思わずくすりと笑ってしまった。
いつの間にか、お腹の痛みなんて消え去っていた。
『なんだかんだで続いてんね、バイト。』
「まあまあ楽しいから。カナは?一昨日から働いてるんでしょ。」
『もう、ぜんっぜん楽しくない。研修中なんだけど、教えてくれてる教育係的な人がすっごく怖い。』
「出逢いは?」
『覚えないとダメなことが多過ぎてそれどころじゃないわ。』
はーーーっと長ーい溜息のカナは結構疲れているようだ。
「あ、ゴメンお母さんが呼んでる。ご飯行ってきます。」
お母さんの私を呼ぶ声に適当な返事をしてから、スマホの向こうでぶつぶつ言ってるカナにすまんすまんと適当に謝って通話を切った。
「あ、明日の朝ご飯ない。今日スーパーでパン買うの忘れてた。」
ご飯を食べ終わってスマホをいじっていた私は、お母さんのぼやき声を聞いた。
「私、スーパーで買ってこようか?」
「え、いいの?頼んだっ!」
家から徒歩5分のスーパー(バイト先)に向かう。
いつも、バイト帰りに頼まれた買い物で寄ったり、とお使いはわりと嫌いじゃない。
毎回、なんとなく下柳さんのレジに並ぶ。
下柳さんも、そこまで頻繁でもないが、何かを買いに来たときはわりと私のレジに並んでくれるのだ。
なんだか、買い物を頼まれるのが嬉しく感じていた。
それが下柳さんのレジに並べるからなのか頼られることが嬉しいからなのかは曖昧なんだけれども。
「私お兄ちゃんという存在に憧れているからかもしれない。」
「なにそれ。」
中学からの親友(向こうがどう思ってるかは置いといて)が眉をひそめた。
「最近、バイト先の先輩と喋りたいとか何を喋ろうとか考えてる気がする。」
「ああ、…下柳さん?」
「そう、きっと、私はお兄ちゃんという存在が欲しかったからなんだ。」
「ふうん…」
「ねえもっと真剣に話聞いてよウエダー。」
ウエダはテキストに向かいながらこちらを見ない。
「うん。今私これやってるじゃん?いきなりそんな話されても。」
冷たい奴め。
いいよーだと私も数学の課題を解き始めた。
「…恋愛的な好きとかではなく?」
「違う、と思う。」
「ふうん。」
薄情な奴め。
恋愛的な好きの場合、どうなるのだろう。
告白?
考えられない。
でももう既にこんなこと考えている時点で自分でも気持が怪しくなってきた。
好きなのは好きなんだろう。
どの「好き」なのか自信がない。
下柳さんは、私のことどう思っているのだろう。
以前に、バイト中におばさんと喋っていて、そのおばさんが下柳さんと目が合ったらしく、私のことを「ほんと可愛いねこの子」と笑いながら言った。
下柳さんも微笑みながら「可愛いっすね」って答えていた。
今思い出すと、なんだか口元が緩んでしまう。
どういう「可愛い」だったんだろうか、問いただしてやりたい。
珍しくバイトが終わる時間が同じだった。
シフト確認を終わらせた下柳さんがバックヤードへ向かってから私もシフト確認を終わらせ、バックヤードの方を向いた。
下柳さんが、待ってくれていた。
普通におばさん達と終わる時間が被ることはあっても待っていてもらったことも待ってもらったことも一緒にバックヤードに戻ることもなかった。
少しどぎまぎしながら横まで小走りで寄り、肩を並べて歩いた。
「今日は少し暇でしたね。」
「ラクしたな。」
「でも忙しい方が時間を忘れられて早く終わるし好きです。」
「ああ、なるほどね。」
バックヤードに着いてタイムカードを切って。
タイムカードを切るのも待ってもらっててかなり恥ずかしかった。
そのまま2人で階段を上がり、それぞれ更衣室に入った。
お互い、まだ話したいなとか名残惜しんだような気がする。私だけかもだけど。
こんな風に誰かのことばかり考えるのは初めてかもしれない。
話したいのに、変なこと言って幻滅されたくもない。
それならいっそのこと無駄に喋らなきゃいいのかもしれない。
でも、それは、なんだか、嫌。
「それは…、恋と呼ばずしてなんと言うのか。」
「憧憬?」
「違うでしょ。」
「でも、別に付き合いたいとは思わないの。ただもっと喋りたいとか思うだけで。」
「手を繋ぎたいとか、一緒にどこかに出かけたいとかは?」
「ない。手を繋ぐとか何だか違うし地味に嫌だし。どこか出かけるなんて会話続くとは思えない。」
どこか、にはウエダと出かけたいよ。そう言うとウエダはふうんと鼻を鳴らした。
照れてる。可愛い奴め。
「まあ、恋だとしたら応援するねー。」
やる気のない応援だ。ウエダらしい。
「ありがと。」
その言葉が彼女に届いたかは分からないが、気にせずに目の前のケーキを崩しにかかった。
私は、見た。
見てしまった。
『…もしもし。』
「ウエダ、下柳さんには、彼女がいました。」
『…ふうん、そう。』
「………」
『本人が言ったの?』
「…デートしててるとこ見た。」
『…ショック?』
「うん。でもこれが兄を取られて悲しんでる妹の気持ちなのか、彼女がいたことに嘆いている恋心なのかが分からない。」
『………』
「うえだあ、」
『いい加減、認めたら?』
「………」
『あんたいっつも下柳の話ばっかり。』
下柳て。
敬称くらいつけなさいよ。
「…まだ、分かんない…、」
『あっそう。もういい。寝る。』
わ、ほんとに通話切りやがった。
少し怒っていたなワケの分からん奴め。
ほんとは分かってる。
ウエダはいつも淡白なフリして私のことを大事にしてくれてる。
私が高校の友達ばっかりと遊ぶようになってから1度彼女が拗ねたことがあった。
今回のウエダの怒りは、それによく似ている。
友達って難しい。
それとおんなじくらいに心強い。
下柳さんと可愛らしめの女の人が肩を並べて歩いていた。
下柳さんが何かに気付いた様子で彼女に何かを耳打ちして、彼女が一瞬きょとんとして、笑い出す。2人で、楽しそうだった。
そこまでしか見れなかった。
そこまで見たら充分だった。
あの2人をコイビトと呼ばずしてなんと言うのか。
ねっとりとした暑さの中に、親密な、爽やかな、穏やかな、軽やかな、楽しげな2人を見てしまった。
あんな下柳さんの笑顔初めて見た。なんて言わない。
やっぱり彼女に向ける笑顔は特別。なんて思わない。
いつも通りの少し垂れ目の笑顔で、いつも通りの仕草で、彼はそこにいたのだから。
ずるいよね。
自分に言い訳していたのかもしれない。
本当はレジが隣なのも待ってもらったことも可愛いって言われたこともいつも並んでもらえることも笑いかけてもらえることも全部ぜんぶ、嬉しかった。バイトに行くのが楽しかった。
夏休み。
私のよく分からないはっきりしない曖昧な「なにか」が終わった。
「あ、そう言えばさ、下柳さんって彼女いたよ。」
「え?いたの?見たの?」
「うん。夏休み終わる3日くらい前。」
「へえー、美人?」
「どっちかって言うと可愛い系?」
「ふーーん。ま、大学生なんてそんなもんでしょ。」
心底どうでも良さそうなカナはネクタイを緩めながら下敷きで首元に風を送っていた。
「あっつーい。早くクーラー直んないの。」
「もーすぐ直るでしょ。」
「今すぐつけてほしいわ。」
ぱたぱた。ぱたぱた。
下敷き程度で送られる微風なんて、この茹だる暑さも消化不良の塊も、吹き飛ばしてはくれなかった。
もうすぐ、9月になる。
最後まで読んで頂けて凄く嬉しいです。
本当にありがとうございます。