⑧好きな猫一匹守ることもできない……!
俺の叫びも虚しく、シズネは自由落下する。
『私も舐めてたみたいね』
俺のいるフロアに落ちてきたシズネは体勢を直してうまく着地した。
しかし、そこに間髪いれず電撃が走る。
『くっ!』
今、もろに喰らったよね!?
「大丈夫!? シズネ?」
シズネは荒れた息を落ちつけさせながら、俺を一瞥した。
「これくらい、もちろんどうってことないわよ」
声に余裕はない。それだけ相手も強いということなのだろう。
『私は昔ブリクサム隊という王国の精鋭部隊に所属していた。隊長も務めたことだってある』
『それがどうしたの?』
『化け猫風情とはレベルが違うということだよ!』
ブリエスさんの言葉を思い出す。確か、水は雷に弱いんだ。これって相性最悪ってことだよね?
『雷の速さには毎度困ったものよね』
シズネは前方へ跳躍するとライアンに接近戦を仕掛けた。
あ、剣か。
今わかったけど、薄い半透明の水の剣をシズネは作っていたんだ。だから扉とかケージとかを切ってたんだ。
いやいやいや、水で鉄とかが切れちゃうのっておかしいからね。ウォーターカッターみたいな凝縮された圧力のある水でもないし……。
両手に薄い水の剣を握り、軽く振る。
俺の目に狂いがなければ、シズネは確かに軽く振った。
だが、その剣先は一瞬で加速し、避けようと飛び退くライアンの胸部をかすめた。スーツのネクタイが半分に切れ、ワイシャツに血が滲んだ。
『どうもおかしい』
『そうかしら?』
『剣の軌道は大したことのないものだった。なのに私は避けられなかった』
『単純にあなたが遅いだけじゃなくて?』
うーん、なんであんな華奢な身体のシズネから、あんなスピードの剣撃が生まれるんだろう?
もしかして……実はものすごいマッチョなのか!?
『加速……か』
「加速よ」
「加速?」
シズネは魔物の言葉で俺に言う、ちょっと不機嫌な感じで。
「トラジ今さっきものすごく失礼なこと考えたでしょ?」
「い、いえいえ、そんなことは……」
「私の特殊能力なの。私の魔力が通ったものを加速させる能力なのよ」
「反則じゃんソレ」
ふふっと笑うシズネに対して、ライアンは怒った形相をする。
『私に傷をつけるとは……』
ライアンはスーツの内ポケットからメリケンサックを二つ取り出し、手にはめた。
『接近戦、上等じゃないか』
今度はライアンから仕掛ける。
ガタイの良いライアンから繰り出される拳は、その見た目とは裏腹にとてもコンパクトで一撃が鋭い。
それを難なく避けるシズネもさすがだ。
シズネが次の一撃を放った瞬間だった。
『ううううううっ!』
シズネの苦しそうなうめき声がフロアに響いた。
シズネの剣が相手のメリケンによって止められた瞬間の出来事。
どういうこと?
『これが、私の力だよ!』
ドヤ顔で右の拳をシズネのボディに一発入れる。
エグい音と共にバチバチバチとシズネの身体を電気が走る。
『ぐふっ』
その殴られた勢いでシズネは軽く10メートルは飛ばされ、仰向けに倒れた。
「シズネ!!」
やばい!
このままじゃ、シズネがやられちゃう!?
『迂闊だったな化け猫? 私は帯電でき、それを両手から放出することができる』
俺はとっさにライアンの目の前まで走り寄る。
『だから普段は電気を通さないゴム手袋を付けているのだよ。魔物のような特殊能力ではないが、努力によって培った力なのだよ』
ライアンには俺なんて目に入ってないらしく、シズネに向かっての歩みを止めることはなかった。
『これで終わりにしよう』
あれ……なんか目が……回る?
ライアンの足元にたどり着く前に目の前が暗転した。
あぁ……お腹すいたから……。
シズネを……助け……なきゃ。
意識はなんとか保ててるが動けずその場で丸まる。
情けない!
好きな猫一匹守ることもできない……!
「にゃてぇ!!」
『ぬっ!?』
ライアンは俺に気付かず……なんと俺につまずいた。
その時おもいっきし蹴られて変な声出た。
そのままはライアンはシズネの元にたどり着く前に、前のめりに倒れて膝をついた。
『な、なんだ? 何につまずいたのだ?』
ミシミシミシと嫌な音がする。
ドドドドと音が鳴ったと思ったら、ちょうど俺とシズネの間、ライアンのいる床だけが崩れ落ちたのだ。
『なんだと!?』
足元を失ったライアンは体勢を崩したまま床のガレキと共に自由落下していく。
シズネが撃ってた水鉄砲(命名トラジ)で床が脆くなってたんだ。
その間にシズネは起き上がる。床の下に向けてなにやら詠唱を始めた。そして詠唱の最後に――
『水狼槍!』
と唱えるや否や、これは重いとひと目でわかるほど圧縮された水の槍が幾本も出現し、ライアンが落ちて行った穴に向けて放たれた。十分な加速を得て……。
ゴゴゴーン
轟音の次に訪れたのは静寂だった。
勝った……?
「トラジ、今のうちに逃げるわよ」
「え?」
動けないっす俺。
シズネはよろっとした歩調で俺に寄り、俺を抱き上げた。
そしてそのまま自分で開けた天井へ跳躍し屋上に着地する。次の跳躍で外へと脱出した。
「ぁ……りが……とう」
跳躍して空中にいる時、シズネがなにか呟いた。
だけど風切音でよく聞こえない。
「え、なに?」
「な、なんでもないわよ!」
シズネは着地と同時に俺を放り投げ、うつむいたままそそくさと歩きだした。
俺はぐへぇっと床にだらしなく着地する。
「ちょっと待って! 俺を一緒に連れてって!」
「私は人探しをしてるのよ。独りでいいの」
「いや、俺が一匹じゃきついというか……シズネが一緒だと心強いし、人探しなら俺も手伝うから」
一度立ち止まり、一瞬こちらを見たシズネの顔は少し赤くなっていた。
「か、勝手にすれば? ついてくるのは勝手だけど、守ってなんてあげないんだからね?」
「シズネ……怒ってるの?」
「怒ってないわよ!」
うつむいたままは変わらず、ズカズカと足早に歩いていく。
「シズネ!」
「なによ!」
一歩も歩かない俺の方へと完全に振り向く。
「あの、歩けないんで抱っこしてください」
「なに言ってるのよ。ちゃんと自分で歩きなさい」
「いや、空腹がもう……限界で……」
「……しょ、しょうがないわね」
倉庫で食糧を食べる時間をくれなかったことに対して責任を感じているのか、はたまた俺のおかげで勝てたと本当に思っているのか、シズネは優しく俺を抱きあげた。
こうして俺はシズネと共に赤髪の男探しの旅をすることになった。
自分のことはなにもわからないまま……。
「そういえば、なんでライアンって俺につまずいたんだろ?」
「魔力のないトラジが目に入らなかったんでしょうね。普通は魔力の流れを感じるものだし」
「勝利が目前とか思って油断してたのかな」
「べ、別にトラジにつまずかなくても私は勝ってたわよ」
「えー! それはむり――ぐふっ」
抱っこされててボディーブローは避けれない……よ。